あたしは風紀委員だったりする。
別に好きでやってるわけでもない。
たまたま風邪ひいて休んでる間、勝手に風紀委員にされていた。
どうせなら図書委員とか美化委員とかサボッてもわからない委員会だったらよかったのに。
最初は随分恨めしく思ったけど、今は別にどうでもいい。
というか、むしろよかったかもしれないと思ってる。
あたしは現金な女だと思った。





     あたしを繋ぎとめるあなた





「服装、髪型、違反。遅刻者は生徒手帳を出して…ってか、うちの学校はオートバイの通学は認めていません」
「生徒手帳持ってない」
「じゃ、クラスと名前と出席番号」
「1年7組、桜木花道」
「嘘おっしゃい!水戸洋平!」
「なんだ、わかってんじゃん」
「毎日毎日名前挙げられるからね、あんたブラックリストよ。外的特徴まであげられてるわよ」
「あっはっは!」
「笑い事じゃないし」
ちゃんこそ、毎日マジメに風紀委員出てるな」
「ショセン1年デスカラ」

カリカリと備え付けのボールペンで風紀名簿にチェックを入れる。
その間おとなしく水戸洋平は待っている。
「さっさと教室に行きなさいよ」と言っても、彼は聞かない。
あたしが校門を閉めて職員室に名簿を届けて、それからやっと教室に行くそぶりを見せる。
そう、そういうそぶりを見せるだけ。
彼は自分の教室になんて行かずに、そのまま屋上へ足を運ぶから。
風紀委員のあたしを気遣っているのか、なんなのか、あたしは知らない。
ただあたしが言えるのは、そのほんの少しの時間が好きだということだけだった。


「ごくろう、
教室に戻ると、ホームルーム中だったらしく、担任がプリント片手になにかの説明をしてた。
風紀委員のあたしは、ホームルームに遅れてしまうことが多々ある。
それはそれで先生も重々承知しているからなにも言わない。
なにも言わないどころか、必ず一言なにか声をかけてくれる。
「いいえ」
はじめはどう返せばいいか迷ったりしたけど、今はもう軽く相槌を打って自席へ戻る。
机の上に無造作に置かれただけのプリントを手にとって目だけ走らせた。
「()」
つんつん、と背中を突かれる。
後ろを振り向けば、中学時代からの親友のが小さく笑って話し掛けてきた。
「(また水戸に時間取らされてたでしょ!もーやんなっちゃうわよね〜)」
「(ん、まぁね)」
そんなにも、軽い相槌を打つ。
素行が悪くて、いわゆる"不良"の部類に入る彼は、先生たちやほとんどの生徒たちに毛嫌いされていた。
も、そのほとんどの生徒の部類に入る。
「(だいたいなんであーいう奴らがウチの学校入れたかわかんないわよ〜)」
「(頭はいいんじゃない?)」
素行は悪いかもしれないけど。
ケンカとかしてるのを見かけるけど。
サボッてたりタバコ吸ってたりするのを見かけるけど、でも、悪い人じゃないって思えるんだけどな。
「(それがさらにムカツク!!)」
「(……………)」
あたしは同意もなにもできなくて、ただ苦笑して見せた。
はそんなあたしを見て、ちょっと口を尖らせるとため息をついた。
「(って、絶対誰かの悪口とか陰口に同意しないよね)」
そゆとこ好きだよって微笑まれて、あたしのほっぺたはちょっと赤くなった。
「(……そんなことないよ)」

ボソッと小さな声で言ったそれは、ホームルームの終わりを告げるチャイムに掻き消された。
委員長の号令とともにガタガタと言う椅子から立ち上がる音。
「礼!」と聞こえた瞬間ざわつく教室。
たいして頭もさげずにあたしはガタン、と椅子に座り込んだ。
次の授業の準備をしようともしないで、あたしは自分のほっぺたに手をあてた。
熱い。
に言われたからじゃない。
それはあくまでキッカケだ。
だってあたしは思い出してしまったから。
前に…はじめて風紀委員で校門に出たとき、水戸洋平に。
桜木と水戸洋平、高宮と野間と大楠。
5人いっせいに捕まえて、ひとりひとり名前とか記入してる間、始終文句を言いっぱなしだったっけ。
以外に話しやすくて気さくな人たちで、適当に相槌とか打ってたつもりだったんだけど。
それでも微妙に気付いたらしい桜木と水戸洋平はあたしにそれを指摘した。
付け加えて、「ちゃんだっけ?そういうとこ結構好きだよ」といわれた。
ナンバなやつめ!と思った反面どうしてか顔が赤くなってしまったけど。
自分の思いを反してそうなってしまった現象だ。
あたしに止められるはずもない。
今だって、思い出すだけで顔が熱くなる。
それがどいうった類のものか、あたしはよく知っていた。
だけどそれに名前をつけられずにいた。
そうしてしまうには、あたしは臆病だったせいだと思う。

知らないわけじゃないよ。
なにも、かもを。


「遅刻!服装!髪型!!も〜!今日で何週連続だと思ってんの!」
「でもこの頃無欠席だぜ!ちゃん!」
「それは当たり前!」
「中学時代の俺にとっちゃ奇跡的だよ!」
「……よくうちの学校受かったねぇ」
「詰め込みと暗記だけは得意なんだよ!」

カリカリと備え付けのボールペンで風紀名簿にチェックを入れる。
その間おとなしく水戸洋平は待っているのは変わらない。
「さっさと教室に行きなさいよ」と言っていたけど、言ったって行くためしがないから、それは自然に消えてしまった。
いつのまにか一緒に昇降口をくぐるのが当たり前になってしまった。
階段を上ってあたしたちは右と左に分かれる。
水戸洋平は必ずあたしの背中を見送って、それから左の自分の教室には向かわず階段をさらに上へ上っていくんだ。
だからあたしは立ち止まって水戸洋平を見上げることにした。
「…どうしたん?ちゃん」
「ね、オートバイ後ろ乗せてよ」
困ったように首を傾げた水戸洋平は苦笑して、「いいぜ」と言った。
あたしは「今からだよ」とムリヤリ手を引っ張って階段を駆けおりた。
驚く水戸洋平の顔に、あたしは笑った。


「信じらんねぇ〜、仮にも優等生のちゃんが」
「いーじゃないたまには」
ムリヤリ後ろに乗っかったあたしは、なかば抱きつくような形で水戸洋平にしがみついてた。
ぴったりと密着した水戸洋平の背中とあたしの胸。
心臓の音が伝わりやしないかとヒヤヒヤする。
「ねー、あたしが和光中だってあんた知ってた?」
「んー、まぁ、ちょっとは」
さしてスピードは出てないけど、風を切る音のせいか微妙にお互いの声は聞きにくい。
お腹から出す声に振動する身体がくすぐったかった。

あたしは知っている。
知っているというよりは、聞いたことがある。
中学のとき、フラフラしてたあんたが、湘北を受けた理由。

「ねー、ねー、知ってる?水戸って好きな子と同じトコ受けるんだって!」
「ふぅん」
「超ウケる!しかもそこって湘北らしいよ〜ムリムリ!絶対ムリだって」
「ふぅん(あたしと同じトコだ…)」
「あいつら勉強とかサボッてたのに、イマサラだよね〜」
「あ、。そこ間違えてるよ」
「え!どこどこ?」


ポテトチップと午後ティーを糧に受験勉強してたあたしたちの息抜き会話にあんたは登場しました。
あんたの名前があたしに刻みこまれたのはその日が初めてでした。
そういうロマンティックなことに弱いあたしは少なからず心の中であんたを応援していましたよ。
「そういやちゃん、合格発表のとき泣いてたっしょ」
「う!……うん」
サン困らせてたじゃん!」
「……………」
実は合格発表のときにあたしが泣いたのは、自分のためじゃなかったんだよ。
心の中でひそりとあんたを応援していたあたしは、あんたが桜木と一緒に「うっしゃ!」とか言ってる姿を見て感極まってしまったんです。
赤点ばっかなあの人たちが!
先生困らせてばっかのあの人たちが!
好きな子のために!!

でもね、あたしはさらに知ってしまったのです。
水戸洋平の好きな子が誰かということを。


「ねー、どこ行くの?」
「海」
「……寒いよ?」
「青春って感じでいーじゃん」
「はぁ……」
うねりゆく道。
ガードレールがいくつもそのうねりに加わっている。
午前中に制服姿の学生がオートバイにふたり乗りってのはかなり目立ってるような気がする。
赤信号に止まったとき、道端のオバサンがひそひそこっちを見ては話していた。
ちょっとムカッときたあたしは、水戸洋平の背中にさらにキツク抱きついた。
赤信号が青信号に変わる。
「ちょっと、痛いんだけどちゃん」
「ねぇ!フラレるって痛いよね!!」
聞こえるだろうにあたしは大きく水戸洋平の背中に向かって怒鳴ってた。
自分に言い聞かせるみたいに。
自分に深くこの言葉が届くように。

「なに、フラレたの?」
「そうよ!あたしはフラレたの!!告白もする前からバッチリ失恋しちゃったのー!」
「そっか、俺と一緒じゃん」
なんて水戸洋平は言うものだから、あたしは余計に悲しくなった。
あたしはあの気持ちを決して認めたくなかった。
気持ち的にわかっていたけど、頭でわかってしまったらきっともっとひどく泣くのだろうから絶対に認めたくなかったんだ。
だけどね、あたしは水戸洋平のなんでもないような、それでもたくさんの意味の詰まった言葉にタガを外してしまったのです。

あたしは水戸洋平が好きでした。
水戸洋平と話す機会のある風紀委員になってよかったと思ってました。
水戸洋平と友達のようになれて嬉しかったのです。
きっとこんなにも近づくことができるなんて思ってもいませんでした。

ぐっと込み上げる涙とか気持ちとか嗚咽とか息とかをすべて飲み込んで、あたしは水戸洋平の大きな背中に顔を埋めた。
「泣いてもいいけど、鼻水つけないでくれよ」と言ったデリカシーの欠片もない発言にかなりムッとしたけど、あたしは黙って鼻をすすった。
「……まだ泣いてないよ」
「……傷心者同士、思い切って飛んで新しい人生歩んでみる?」
とわけのわからないことを言った水戸洋平の手の先を見れば、白いガードレール。
死のうって言うのか。
そして新しくやり直そうって。





「バッカじゃないの?」
「…………え?」
なにその驚いた声。
きっと顔はもっと間抜けな顔だわよ。
仮にも好きな人だけど、構わないってば。
「だーかーらー!バッカじゃないのって言ったの!!」
「は、はぁ………」
「失恋したから死ぬなんてバカよ!バカ!!えーい、もう海なんてどーでもいーからホラ!そこのファミレス入る!」
ムリヤリブレーキ踏ませて入り込んだガラガラのファミレス。
お昼時にも早いし、朝ごはんには遅すぎる時間帯。
コーラとオレンジを頼んで、それからあたしはガードレールと命の大切さについて水戸洋平に2時間ほど説教たれました。
しまいには恋の在り方までも話の足を伸ばしてしまった。

「と、いうことでわかったか水戸洋平!」
「はぁ……(ちゃん…俺が悪かったから戻って来てくれ)」
「返事は"はい"!」
「はい……」
「略奪愛だよ!告白もせずに失恋なんて辛すぎる!頑張れ水戸洋平!」
「はい……(なんでちゃんは俺の名前全部で呼ぶんだろ…)」
「あたしも頑張って言うから!言うよ!言っちゃうよ!!?」
「はい……(ちゃん、もはや別キャラだ…)」

「あたしは水戸洋平が好きだよ!!」
「はい……………」
「「(………っえ!?)」」
熱くなっていたあたしは、あたし自身から発せられた爆弾発言にみるみる顔を真っ赤にさせた。
目を真ん丸くさせた水戸洋平もびっくりした様子であたしを見ていた。
むしろ呆けてた。
うーわー、勢いってすごいかも、と冷静に考えてる自分がいる反面、ものすごく焦ってる自分もいる。
ゆでだこよりもっと赤いあたしの顔は、終わりがないくらいにどんどん体温が上昇して赤くなっていく。
は、恥ずかしすぎてくらくらする!
「あ、あたし帰る!!」
慌てて立ち上がって逃げようとしたら、隣のテーブルに足というか太ももをぶつけて、ついでにそのテーブルの端に乗せられていたメニューとかいろいろなものを床に落っことしてしまった。
(は、恥ずかしい!!!しかも痛いし!)

「あははははははは!」
上から聞こえた水戸洋平の笑い声に、あたしはさらに居たたまれなくなってしまう。
じわりと涙が滲む。
「俺はね、略奪愛なんかしないぜ」
伸びた水戸洋平の男らしい腕は、床に散らばったメニューをテーブルに戻して、それからあたしを捕まえた。
(……フツウ女の子の方が先なんじゃ……?)
水戸洋平の手には伝票が握られてて、もう片方の手はあたしの片手が握られていた。
やめてよ、やめてよ、ドキドキしちゃうよ。
「………のこと好きなくせに」
「なんだ、知ってたんだ」
あどけなく笑った水戸洋平は、伝票を出してそれから店員のおねーさんに夏目さんを1枚出して「釣りはいらねぇ」って言った。
おねーさんは困った顔して「足りませんよ」って言った。
「……カッコ悪ぅ」
水戸洋平は少し顔を赤らめて慌ててポケットからもう1枚夏目さんを出した。
やっと会計を済ませて出たファミレス。
お昼はとうに過ぎていた。

「あのさ、ちゃん」
「なに」
ふたたびオートバイの後ろに乗る。
水戸洋平はまた海に行くか、とか言い出したけど、あたしは学校に帰るのだと言い張った。
(だってカバン教室に置いてきちゃったもの)
風を切る帰り道。
行きと同じうねり道。
「あのさぁ、ちゃん」
「なぁに」
密着した背中と胸、もうドキドキが伝わってしまっても構わないという気分にさせた。
「合格発表の日、さんの隣で泣いてるちゃんのこと、可愛いって思った」
「!」

ひときわ大きい曲がり道。
ガードレールすれすれを走り抜ける。
あたしの心臓は破裂しそうに高鳴ったよ。








---------------------------------------

やっちまったよ水戸洋平!
桜木の方が好きなんだけどね。
水戸洋平、やつは無免許運転だ。

オマケ話として。
学校帰ったら先生に叱られます。
……それだけかよ!!

2003/5/1    アラナミ