(あ、)
商品を陳列していた棚の向こうに、人が立った。
別に気にすることでもないけど、なんとなくそれは知ってる人のような気がした。
なんとなく、知ってる人のような気がした。
……なんとなく、多分。

あたしは明日づけで発売されるDVDを陳列させる手を止めて、顔を上にあげた。
微妙に棚と棚の隙間から見えたのは、なんとなく通りの知り合いだった。
っていうか、結構親しい上にあたしの好きな人だったりした。







     真夜中の珍事







やー…フツーは嬉しがるべきなんだろかね。
無表情のままあたしはぽりぽりと痒くもないのにほっぺたを掻いた。
嬉しいと思いたい反面、あたしはどうしてこんなところのバイト選んだんだろうかと思い悩んだ。
や、単に自給がよくって選んだだけなんだけどね!
棚の向こうで商品を吟味してるらしいその人。
あたしは彼に声をかけるべきだろうか?
いや、でもそうされたら困るのはあたしも彼も同じだろうて。
なんてったって、彼が吟味してじっくりと見つめているらしい棚の陳列物は、いわゆるアダルトビデオなのだから。
だからあたしは黙って息を潜めて気配まで押し殺して物音を立てないように細心の注意を払いつつ再度商品の陳列に取り掛かった。
商品の陳列以外は別にしなくてもいい行動だったんだけどね。
あたしイチオー店員なわけだし。

「すいませーん」とレジの方から上がった声にあたしは「はーい」と答えて、ダンボールに詰まったままの商品をそのままにかけてった。
お客様を待たせない。それは我が店のモットーであり、マニュアルに厳しく載せられています。
ダラダラやってるの見つかったら減給ですのよ、ヲホホ。
かけゆく棚の向こうで、聞き慣れた声だなぁとか思ってこっそりあたしを見つけて帰ってくれたらいいなぁとか思いながらあたしを呼んだ若いおねぇさんに「お待たせしました」と笑った。
珍しい、こんな時間に若い女の人とは!
真夜中に近い時間帯は、大抵学生か会社帰りのエロそーなオヤジが寄ってくるぐらいなんだ。
差し出された商品から、手早く防犯ケースを取り外してバーコードを当てた。
「2814円のお会計になりまぁす」
おねぇさんのキレイな手がお財布を辿る。
あたしはチラ、と防犯カメラが映し出している画面を見る。
あの棚の向こう側は、よく被害にあうせいかバッチリ映るように設置されてるんだよね。
「あの、1万円からでもいいですか?」
「構いませんよ〜」
慌てて顔を真正面へ戻してにっこり、営業スマイル。
受け取った万札に、レジを打って「お先に7000円からお返しさせて頂きます」と夏目を7枚渡した。
ごめんなさい、おねぇさん。
5000円札切らしちゃってるのよ。
「残り186円とレシートのお返しになりまぁす」と小銭を渡して、袋に詰めた商品を丁寧に渡した。
「ありがとうございましたぁ」
背を向けて帰っていくおねぇさんを一瞬見送って、それからあたしはレジの真後ろにある防犯カメラの映像を見た。
相変わらずあの棚の向こうで彼はいる様子だった。
割と性能のいい防犯カメラのせいか、ブレも乱れもなくバッチリキレイに映ってた。

真上からビンゴに映されていることなど彼は知っているのだろうか。
というか、別に悪いことしてると思ってないから気にしていないだろうけど。
でも、見てる人はいるんだよ、マジで。
というか、あたしは今、世にも貴重な現場に居合わせているのかもしれない。
それはフツーの人にとっても。
フツーに恋する女の子にとっても。
彼が手に取ったDVDのラベルをじっと目で追う。
(……美人教師の特別授業・2だって。2ってとこがミソだね!あはは!)
キレイ系のおねーさんがDVDの顔を飾る。
なんともいやらしげなそれ。
ホラ、貴重な体験。
好きな人がこーゆーの真剣に目利きしてるのって、見たくても見れないよね。
ってか、フツー見ないよね。
(あ、巨乳家庭教師のなんたらかんたらってのに手を伸ばした!迷ってるんだ!!)
あたしはバカみたく自分の乳に手を当てて、自分のそれがデカイかどうか一瞬真剣に悩んでしまった。
や、好きなのかなぁって思ってサ。
標準ぐらいだとは思うけど、さすがに彼が手に持つ巨乳カテキョには負ける。
(というか、さっきからあの人が見てるのって教師とかそういうのが多い気が……年上好き?)
(やー、ムリ!いくらなんでも愛の力でもあたしは年上にはなれない!!)

「すいませーん、ちょっとこれジャマよー」
「あ、はーい」
呼ばれてそれからDVDを陳列してる途中だったやーと気付く。
駆け足でごめんなさいねーと思っていたけど片付けようとしたら、文句を言ったらしいオバサンがこれ見よがしにぶつくさ愚痴を言い始めたので、あたしは心の中でひたすらオバサンを罵倒した。
(うるさい、バカ。だいたいジャマって棚の下からちょみっとはみ出してるだけなのにジャマなんかい!)
「だいたい商品の並びからして----」
(そんなことアンタに言われる筋合いねぇやい。だいたいオバサン、持ってるビデオがタイタニックって、イマサラすぎるよ!)
「だからここは客も少ないのよ----」
(あー、はやく帰ってくんないかなー。ダルイ)
テキトーに相槌を打って、合間に時計に目をやった。
午後11時52分。
あたしの上がりは12時だった。
12時になったら奥で休憩してる真中さん(29歳、独身オス!)に声かけて終わりだ!
だからオバサンはやく帰れよ!!

「すいませーん」
「(ヨシ!)はーい!失礼しまーす」
止めどもなく愚痴り続けるオバサン(ストレス溜まってンのかな?)から逃れるべく天から授かったチャンスだ!と大袈裟にも思った。
あたしは迷いなく笑いながらぺこりとお辞儀して、それからレジに向かった。
(あ、あの後ろ姿は!!)
「い、いらっしゃいませ!」
慌てて滑り込んだレジ。
カウンターには"巨乳美人教師と秘密の放課後"というアダルティー性教育ビデオ。
(嘘嘘、ただのエロビです)
あたしを上から見下ろす彼、三井寿の目はこれでもかというくらい開いていた。
「こんばんわ、三井!」
「お、おまっ………!!」
どうやら舌も回らないほど気が動転している模様。
あーおもしろー!
もはやあたしは開き直っていつもよりテンション高く対応してるやもしれない。

「3129円デスヨー」
「あっ、うっ、えっとぉ」
なにをするでもない、というかなにもできないのか、三井は変に慌てふためいていた。
(うーわー、熱血バスケ青春野郎、そしてついこないだまで不良……がこんなんだよ。超笑える)
「買うの?買わないの?」
「……………………買う」
「あっそ」
(そうだね、特別奉仕価格2980円(税抜き)だもんねー。買わなきゃ損だよねー)
ポケットから出したしわくちゃの五千円札受け取って、おつりを返す時あたしはもののついでとでも言わんばかりに聞いてみた。
「三井って、彼女いないの?」
「……………………おぅ」
赤くなって呟く三井に、なんでそこで赤くなる!とも思った。
それすなわち、ひとりで抜いてるんですか?って意味だったのかもしれないって気付くのは2、3日経ってから。
とりあえず全然気付いてないあたしはケラケラ笑って商品を袋に入れた。
その笑いはもしかしなくても結構ひどいものだったかもしれないの気付くのも、やっぱり2、3日後。

「あたしさー、もう上がりなんだ」
一緒に帰ろうよって言ったら、三井はすごく嫌な顔をした。
というか、気まずそうな顔をした。
ちょっと逡巡して、それから神妙そうな顔で「おぅ」って言った三井に、あたしは「ちょっと待ってて」とだけ言うと、「上がりまーす」と言って奥の部屋に入るべくドアを開けた。
そしたら真中さんはヘッドフォンでアダルトビデオ見てた。
しかもそれでも音が漏れてるあたり最大音量っぽい。
液晶画面の高校生らしき子を食い入るように見つめ、なんかハァハァとか言っててキモかった。
それでもオナッてなかったのはありがたかった……と思う。
目を細めたあたしはそろりとカバンを取ってエプロンを片付けて「オ ツ カ レ サ マ !」と大きく怒鳴った。
驚いたらしい真中さんは椅子から半分転げ落ちた。笑える。
けっこうかっこいい人なのになぁ、と呆れてドアから出たら、やっぱりけっこうどころでなくかっこいい三井がそわそわとあたしを待っていた。
(かっこいい人でマジメって、むっつりが多い。絶対多い!)

「じゃ、帰ろー!」
カランと鈴の鳴る店のドア(いまどき古臭いけど、そこが好き)。
所在なさげにそわそわ落ち着きのない三井が妙で変でおかしかった。
「………なんでそわそわしてんの」
「……してねーよ」
嘘付け。と心の中で鋭くツッコミを入れる。
三井の左手に持たれてるらしいエロビのせいだとは思うけどね。
(あー、わざと透明な袋にでも入れてやればよかったかも)
「………エロビ買うとこ見られたからって、ねぇ」
「うっせ!」
早ッ!今反応早かったよ!きっと図星だよ!
それに三井ってば口が滑ったとでも言わんばかりに口に手を当ててるし!
(バカ正直だ!)

「あー、まぁホラ。あたし誰にも言わないから安心してよ」
「……………………」
「三井もあたしがここでバイトしてるってせんせーにチクらなきゃいーんだし」
「……………………」
「ところで三井は巨乳と年上が好きなの?」
「(なんでそれを!)……………………」
「……あたしは巨乳でも年上でもないけど、まぁさみしいときは慰めてやらんでもないですので、あしからず」
「……………………ぁあ!?」
「あ、やっと反応した」
「……………………!!」
またポカンと口を開けて驚く三井をケラケラと笑っていたら、三井は薄く笑ってあたしを睨んだ(ように見えた)。
、お前元不良をからかうなよ……」
「えー、別に三井なんて恐くなーい」
そう言って高らかに笑うはずのあたしは、近くの公園の茂みに連れ込まれてそれはそれは濃厚なキッスをされた。
背には木、正面には三井。
ぅああああああ。















なんていうか、逃げる間も抵抗する暇もなく、せわしなく動く三井の指に滑り込まれて撫でられて触られてヤッてしまった。
いや、この場合ヤられてしまったと言ったほうがいいのか。
とりあえずムードもなくただ痛いだけな上に中出しされたあたしは、終わったあと息の荒い三井(ちょっと頬が上気してる)に「好きだ」と告られ、裏拳をお見舞いしてやった。
(な、泣くになけない!!)
なにをするんだ!とでも言わんばかりに、目をパチクリさせて三井はあたしを見た。
「馬ぁー鹿」
瞬間急速冷却とはまさにこのことか。
あたしの三井に対する淡い恋心なんて、すっ か り !!
ない。



だけど人間って不思議だ。
それでも腹いせのごとく付き合って貢がせてテキトーに弄んだろかと思ってたのにね。
やっぱりバスケに夢中な三井はかっこいいなぁって思っちゃうんだ。
(ああ、今度はちゃんと避妊してもらわなくちゃ)
ふとそんなことを思う自分。
今、あたしは苦虫を噛み潰したようなしかめっ面をしているに違いない。







---------------------------------------------

ご め ん な さ い !
全国の三井寿ファンの皆様方に ご め ん な さ い !

だぁってエロビわざわざ買ってうろたえるのってみっちーくら……ゲフン、ゴホン!!
それはそうとみっちーは巨乳と年上が好きそうですよね(殴)

2003/5/19     アラナミ