引 越 し の ラ ラ ラ







晴れ渡る快晴、南からは暖かな春を予感させる風が吹きます。
桜のつぼみは春を待ち焦がれつつ膨らんでゆきます。
道行く人の顔もどこかやわらかいような気がします。

そしてあたしは今日、引越しをします。



長く慣れしたんだこの部屋。
知り尽くしてしまった立てつけの悪いドアの開け方。
しみついた部屋のにおいなのか、それともあたしのにおいなのか。
ときおり混じって香るのは、彼の吸うタバコのにおい。

今日はそんなあたしの部屋を引き払って、新しい部屋へと移り住む日なのです。




引越し屋さんにはなにも頼まなかった。
今まで使ってた家具は思い切って全部捨ててしまったの。
すべて、なにもかも、新しく変えて、新しいあたしと明日を生きるために。

まるでなにかあったみたいだって?
うん、みんなにそう言われたわ。
なにもなかったわよ。
正確に言えばね、これからあるの。

これからあたしが移り住むあたしの部屋は、あたしだけの部屋じゃない。
あたしと、サンジと、ふたりの部屋。
ふたり別々に行き来していた部屋を、ひとつにまとめてしまおうと、そう思ったから。
言い出したのはサンジ。
でも、あたしは戸惑いもなにも感じず、まるでそうすることが自然みたいに「うん」って言っていた。

だからあたしは明日から、新しい生活を、サンジと始めるわけなのであります。



あらかじめ捨てた家具に、大方の荷物はもうすでにサンジの部屋に送ってあって。
今日は、こまごまとした部屋に散らばる最後のものを片付けてて整理して運んでしまう日。
それが終われば、完全にここの部屋とはサヨナラをするわけなのです。
…ちょっぴりさみしいけどね。
でもとても嬉しいんだけどね。



「なぁに、笑ってんだ?」
「サンジ!」

浮き踊る心に、軽く手を弾ませて小物を整理していた手を止める。
あたしの後ろには彼が立っていた。
あたしの後ろに彼がいた。
そう、そうだわ、今日手伝いに来るって、言ってたものね。

「チャイムくらい鳴らしてよ、もう」
「ノックはしたぜ、ちゃん?」
片手に食材の詰まった紙袋を抱えて、サンジは悪戯に笑う。
こういう笑いをするとき、そしてあたしをちゃんづけで呼ぶとき、サンジは確信犯にあらかじめそうすることを決めていてする。
前にもね、あったのよ。
チャイムは鳴らさず小さくあたしに気付かれないようにノックして、あたしの部屋に上がりこむ。
準備する前の無防備なあたしの顔を見ようとするために。
もっとも、あたしはそれを知っていてあえてカギをかけないままでいるのだけれど。

「それ、お昼の材料?」
せまい1LDKのアパートで、少し足を伸ばしてサンジの元へ。
いつもの彼からしては随分と軽めな袋の中身を見てみる。
「簡単なモンだけどガマンしてくれよ」
付け加えて、夜は豪華にするけどなと、サンジはまぶしく笑った。
あたしもそのまぶしさを返すようにサンジに笑った。
そして自然にキスをした。



いらないものといるものをわけるという作業は、思いのほか大変で。
ついつい必要もないのに取っておいてしまう人がいるけれど、見事その部類に入るあたしはこの引越し作業に四苦八苦していた。
、こういうのは思い切ってやった方がいーんだぜ?」
「わかってるもん」
わかってるといいながらも、手にしたものを捨てるか捨てまいか悩んでいるあたしがいることは確かで。
なんどもなんどもサンジを苦笑させた。

やっと半分終えて、一息つけば後ろのキッチンからいいにおいが漂う。
「もうお昼?」
「あー、もうすぐできっから、皿とか出してくれよ」
「うん、ちょっと待ってね!」

2枚のお皿と、2つのコップ。
そしてスプーンを出して。

「お待たせ!特製えびピラフと特製愛のドリンク、すべて調味料は愛でございます、お姫様」
「わー、おいしそう!」
「おいしそうだけじゃなく、おいしいからな」
「ん、サンジは料理の腕はすごいもんね」
「は、ってなんだよ、は、って」
「うふふ」

この部屋でサンジがあたしのために料理を作るのはこれが最後です。
この部屋でサンジと一緒にごはんを食べるのはこれが最後です。
だけどこれからずっとサンジはあたしのためにごはんを作ります。
そしてあたしはこれからずっとサンジのためにごはんを作ります。
そうしてそうして、あたしたちはずっと一緒にごはんを食べてゆきます。

「あとどんくらい?」
「送りきんなかった本詰めてー、掃除機かけてー、窓拭いてー、んー…そんなもん?」
「掃除なんて次来るヤツにまかしちまえばいいのに」
「あら、ダメよ」
どうしてと、サンジはあたしに目を向ける。
空になったサンジのお皿に続いて、あたしのお皿も空になる。
あたしはドリンクに手を伸ばす。
サンジはタバコに手を伸ばす。
「今まで暮らしてたこの部屋に、ありがとうってキレイにしてあげるんだから」
「あはは、らしいなぁ」

この部屋で好きと言いました。
この部屋でキスをしました。
この部屋で、ふたり繋がりました。
暑い日も寒い日も暖かな日も、ふたりここで笑いあった思い出があります。
ケンカもしました。
泣いたりもしました。
仲直りしたのもここでした。
この部屋で紡いだそのすべての思い出を、この部屋は見守っていてくれました。






「忘れもんないか?」
「うん、平気。それよりサンジこそそんなに荷物もって大丈夫?」
「バーカ、オレをみくびんなって」
軽々とダンボールを持ち上げて笑うサンジ。
咥えタバコの笑顔が素敵。

もうここに来ることはありません。
もうここで暮らすこともありません。

グッバイマイルーム。

あたしはここで過ごした思い出たちをダンボールひと箱分もってゆきます。
大切にガムテープで閉じて持ってゆきます。



「ありがとう」



誰に言うでもなくただ共に過ごして暮らした貴方へ。
あたしはガムテープひとつ残して愛する人と一緒にこれからの帰路へついた。





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パラレル 同棲のための引越しのお話。
今度結婚する(てゆうかした)友達に捧ぐ。

ウチの親はカタイ人なんで、同棲とかでき婚とか全否定な人です。
あたしはいいと思うのにナー…別に。
世間体とかって、結局周りの人が勝手に決めちゃうしさ、大事なのはそれを決めた本人達の気持ちだと思うのです。
同棲から結婚へふんだ友達に、ウチの親の目は厳しい…
そういうのおかしいんだっつの!
と、本人に向かって言えないことをここで言ってみました。


2004/2/11    アラナミ