家が隣同士だった。
幼なじみだった。
生まれる前から両親たちは仲良かった。
だから記憶にないほど小さいときから一緒に過ごした。
血は繋がらないきょうだいのようなもの。
あたしはそう思ってた。

「おはよーございまーす!」
玄関のチャイムを鳴らす前に扉を開く。
それはもう小さなときからの当たり前。
ここの家ではあたしの声が、チャイムの音のようなものになってしまってるから。
ちゃん、毎朝毎朝ごめんねぇ」
「ううん、もう日課だから!」
タタタ、と軽快な足音で持って2階へあがる。

「ジローちゃん!」
バン、と開けた扉はジローちゃんの部屋のドア。
開けたその先にはいつもの光景、日常茶飯事。
制服のボタンをかけかけたまま、ベッドに寄りかかって…居眠り。
「ジローちゃんってば!」
ペチペチ頬を叩いてやって、眠りの淵から戻って来るのを促して。
「ん〜・・・」
それでも唸っただけでまた寝息をたててしまうあたり、結構な熟睡の域に入っていると思う。

「ジローちゃん、起 き て !今日は朝練なんでしょ?」
「ん〜・・・ん」
耳元で大きく怒鳴って、それからやっと眉をしかめる。
ごしごし目元を擦って大あくび。
それを視界の端に捉えたあたしはジローちゃんのカバンとブレザーをつかんで、ついでにジローちゃんの手も掴む。
「おはよ〜、
まだ眠気をたっぷり含んだ、のっそりボケボケした声で言うジローちゃんは、きっと今笑ってる。
「おはよ、ジローちゃん、はやくボタンしめてパンかじってらっしゃい」
下りきった階段下でジローちゃんの背中を押す。
は〜いとリビングへ消えた背中を見てから玄関に下りて靴をはく。
とんとん、と整えさせて振り向いたらジローちゃんがやってくるから。

「今日って朝練あった〜?」
「あったよ、バッチリ!ジローちゃん絶対につれて来いって跡部が言ったもん」
ほら、はやくはやくって、手招きして促す。
「ふ〜ん」
「もう、バス乗り遅れちゃうよ!」
それでものたのたと、ジローちゃんは一向に歩く速さを変えないから、またジローちゃんの手を引っ張って玄関から出て行った。
「行ってきま〜す!」
走ってギリギリ滑り込んだバス。
心地よい揺れに目を瞑るジローちゃんをなんどもたしなめて、氷帝の前まで揺られて乗っていく。
降りた校門の前で忍足と向日に会って、テニスコートまで一緒に歩いた。
ほとんど寝てしまってたジローちゃんを、忍足に抱えてもらって。

「遅い」
行ったテニスコートの前で、跡部が腕を組んで迎えに出てた。
「遅いて・・・いっつもこの時間やん、朝練」
「そうだよー、頭だいじょーぶか?」
反論する2人を睨んだ跡部は、すぐテニスコートへ戻っていった。
「うーわー、跡部こわーっ!」
「ま、しゃーないんちゃう?もーすぐ都大会やもん」
「まーな」
ひとりとふたり分のふたつの影が、部室へ消えた。


都大会とか、試合とか、テニスに関すること、あたしはよくわからない。
あたしはマネージャーでもなんでもないから。
だけどジローちゃんががんばるって言うから、できるかぎり応援する。
ジローちゃんとあたしはきょうだいみたいなものだ。
なにがあっても裏切らない家族のような。
あたしはあたしたちの間にはきょうだいのような繋がりがあるのだと信じていた。


まだ開いてもいない昇降口。
テニスコートのフェンスにへばりついて時間が経つのを待った。





     きょうだいのようできょうだいでないものたち





、お昼一緒に食べよ〜」
ふたりぶんのお弁当を机の上に出していたあたしは、その声に振り返ってジローちゃんに笑いかける。
ジローちゃんはえへへと笑ってふたり分のパックジュースを持ってあたしの元へやってきた。
今日はあたしのお母さんの作ったお弁当。
昨日はジローちゃんのお母さんだった。
子供のお弁当って、いちいち作るの大変なんだって。
だけど面倒くさいからって買い弁させるのは、成長期なのにって思う親心。
仲の良い両親、もとい母親たちは結託して1日ごとに交代して2人分作るということに決めたらしい。
そんな日常は小学校にあがる前からの当たり前。
中学に上がりたてのころはなにかとからかわれたりしたけど、今じゃもう周りの人たちですらすっかり日常として捉えてしまってる。

、あたしたちも一緒に食べていーい?」
「いいよー」
ごとごと机をくっつけて、ひとかたまりの場所を作る。
だいたい10人くらいが座るから。
教室の半分くらいを占拠して。
ジローちゃんについてくるテニス部の人たち。
そんなテニス部の人たちにお目当ての人がいるらしいあたしの女友達。
かたまってお弁当を広げるんだ。

「うっわ〜、おいC〜!」
開けたお弁当をさっそくほおばったジローちゃんの第一声。
溢れんばかりににこにこ笑って。
「今日は出し巻き卵にしてたからね」
のママって料理上手なんだよね〜」
えへへ、と笑って2個目の出し巻き卵にフォークを突き刺す。
「ね、ね、、あたしとおかず交換しよ」
「ん、そのミートボールちょうだい」
「じゃぁ、あたしたまごやき!」
「あ、ダメダメ〜!」
あたしのお弁当に手を伸ばすユイに、慌ててジローちゃんがさえぎった。
「なによ」
「それはオレがもらうの!だからユイちゃんは他の!!」
「やーよ、あたしだって狙ってたんだから!だいたい芥川君は同じのあるでしょ!」
ムー、とあたしのお弁当を前に睨みあうふたり。
あたしはそれを見てちゅう、とパックジュースを飲み込んだ。

「ふたつあるから1個ずつね」
ハイ、とふたりのお弁当箱にひとつずつのせていく。
ありがと、とユイは笑ってあたしのお弁当箱にミーとボールをのせてくれた。
だけどジローちゃんはどこか腑に落ちないような表情であたしを見る。
「どうしたの?」
たまごやき食べれないじゃん」
なるほど、と思う。
ジローちゃんは子供っぽい。
あたしにとって手のかかる弟みたいなものだった。
だけどジローちゃんは優しい子だ。
ちゃんと誰かのことを考えられる子だから。

「じゃぁ、ジローちゃんはそのたまごやきあたしと半分ずつね?」
ジローちゃんのお弁当箱にのっていたたまごやきを半分にわける。
ひとつはジローちゃん。
もうひとつはあたし。
だけどきっとジローちゃんはまだ腑に落ちないような顔をするから、あたしは言わなくちゃならない。
「明日のおかず、1個ちょーだいね?」
「うんっ!」
そうしてやっと嬉しそうな顔をしてたまごやきをほお張る。
ジローちゃんの「お〜いC〜!」って声があたしの心の栄養源になるよ。

「ねぇ、今度の試合オレシングルス2になったんだよ!跡部の次だよ!」
「本当?すごいじゃん、ジローちゃん!」
「うん、オレすっごくうれC!でねでね、にお願いがあるんだ〜」
なに?って聞いたら、ジローちゃんにはめずらしく真剣な顔。
改まった態度で向き合って頭までさげてきた。
「次の青学との試合、見に来て!」
「う、うん。もちろん見に行くよ?」
そんなジローちゃんの態度に驚きつつも、返事をする。
あたしの返事は決まってる。
もちろん行くから。
お願いされなくたって、いつも見に行ってるから。

「本当?」
「本当だって、あたしいつもジローちゃんの試合見に行ってるじゃん」
きょうだいみたく仲のいい、だいすきなジローちゃんの試合だよ。
見に行かないはずがないんだから。
「だから、ちゃんと行くよ?」
「う〜れC〜!」
まるで子供のように喜ぶジローちゃんが手を取って回りだす。
おはしが床に転がって、クラスにいたみんなが笑ってあたしたちを見た。
あたしもジローちゃんも笑って調子に乗ってもっとぐるぐるまわった。
目がまわりそうになるくらいまわったら、世界がぐるぐるしてちょっぴり酔った。

楽しかったよ、このときは。
だけどあたしはしばらくたって確実にジローちゃんに悩まされる。
きょうだいのようなあたしたち。
それが大きな障害物になってあたしたちの間に立ちふさがった。

青学との試合の日。
たっぷりの睡眠はジローちゃんのコンディションを良く整えてくれる。
だけどジローちゃんは負けちゃって。
あの不二周助に負けちゃって。
青学の天才って呼ばれる人に負けちゃった。
でもどこか嬉しそうなジローちゃん。
強い人と試合できることに喜びを感じるジローちゃんに、きっと勝ち負けは関係ないんだ。
ごくろうさまってタオルで汗を拭いてあげる。
無邪気な笑顔であたしを見る。
あたしの手から奪い取ったタオルを頭にかぶってにしし、と笑う。
まだ汗ふけてないよ、とタオルに手を伸ばす両手。
ジローちゃんにつかまった。
「あのね、、聞いて?」
うつむきかげんのジローちゃんの表情は、タオルと少なからず見下ろしがちの立ち膝のあたしには見ることができない。

「オレ、が好き」
・・・あたしもジローちゃんが好きだよ?って言ったら、そういう好きじゃないよって言われた。
「オレ、が好き。おんなのことして、いちばん好き」
・・・黙っていても、ジローちゃんの言葉はまだつづく。
のことぎゅって抱きしめたいし、ちゅってしたいんだ。そういうふうにが好きだよ」
なにもいえずにきゅっと結ばれたあたしの唇。
見下ろしてるだけじゃなくて、本当にあたしもうつむいてしまう。
は?」

「・・・わからないよ」
「なんで?」
「だって・・・」
「だって?」
「だって・・・あたしたち、きょうだいみたいじゃない・・・」
「でも、オレたちきょうだいじゃないよ?」
「でも・・・わかんないよ」
「どうして?」
「だって・・・ジローちゃんって、弟みたいに思ってたもん・・・」
「オレ、のことずっと前から好きだって思ってたよ」
「だって・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

きっと今、あたしは泣きそうな顔をしてる。
あたしの手をつかんでいたジローちゃんの手が離される。
「こまらせてごめんね」
深くうつむいたあたしには、ジローちゃんの顔が見えない。
氷帝テニス部のユニフォームが反転する。
顔をあげたらジローちゃんは忍足のところへ駆けてった。

・・・こたえられなくてごめんね。


だってあたしたちはきょうだいみたいなものだ。

・・・だからわからないよ。









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芥川慈郎…彼もまた難しい。
でも続いてしまいそうだ。
というか今続きを書いていたりする。
幼なじみってけっこう難しい関係じゃ〜ん☆とか思って。

2003/3/29         アラナミ