キャットアンドガール






このごろふらりとスリザリンの談話室をそうとうな頻度で抜け出すを見かける。
去年はそんなことはなかったし、一昨年だってもちろんそうだ。
今年の新学期始まってそうたたないうちからそれは始まった。
どこ行くのかと尋ねてみれば、「ちょっとね」だとか「まぁまぁ・・・」だとか曖昧な言葉を返すだけで彼女は行ってしまう。
彼女と同室のパーキンソンに尋ねてみたら、彼女も彼女で知らないというし、ましてや話そうとしないという情報まで頂戴した。
またドラコの目を盗んで結構な頻度で談話室を抜け出し厨房へ足を運んでいるグラップとゴイルからは、彼女がグリフィンドール寮の方へ向かっていったという情報を聞いた。
(ん?もちろん彼らにはそんな恥さらしな真似はよせとたしなめておいたさ)

今日もまた、ふらりとはスリザリン談話室から抜け出してゆこうとする。
そして門限ギリギリにここに戻ってくるのだろう・・・とても、幸せそうな顔をして。

「おい、

談話室を抜け出そうとするを呼び止めてドラコは彼女のもとへ近づいていった。
はたじろぎ慌て、ぎこちない笑みを張り付かせて「なぁに」と言った。

「お前・・・どこへ行くつもりだ?」
「えー・・・ちょっとそこまで・・・」

あさっての方向に目をやりながらは答える。
ドラコは目を薄めてまるでなにもかも見通しているんだぞとでも言いたげな表情でを見た。
はあさっての方向やら全然見当違いな方向を見て決してドラコの視線と目を合わせようとしない。

「そこまで、なんだ?」
「えーと・・・散歩?」
首を傾げてドラコを見、それでも視線は合わさずしてにっこり笑う・・・ぎこちなさは拭えないけれど。
「だったら、ご一緒してもよろしいかな」
「わー!ダメダメ、絶対ムリ!!」
即座にダメだとのたまって、大きく首と手を降るに、ドラコは少なからずカチンとした。
いけないいけない、口に出してはいけない。
真の紳士であるならば、こうしてすぐに怒ったりなんだりしてはいけないのだと、ドラコは自分に言い聞かせた。
だがだが、だけれども。

この女はなにを隠しているのか。
そして、なにをしているのか。

はじめは気にも止めなかったけれど、グリフィンドールという単語が耳に入った以上、無視するわけにはいかない。
というか気になる。
これはもはやある種の使命感だ。
グリフィンドールを憎め、蔑め、罵倒しろ!
白い肌に白銀髪を持ち合わせる者に似合わずとして、流れる厳かで誇り高い清らかなる血は熱く燃え滾る。
(グリフィンドールにかかればもはや紳士などという言葉はどこかへ通り過ぎてしまったかもしれない)

「ダメはともかく無理とはなんだ。失礼な奴だな」
「やー、ごめん。ホント無理だから、勘弁してって!」

ドラコにつかまれた手を必死に振り払おうとしているだけれど、それはかなわない。
まだ、2、3年前ならそれも叶ったかもしれないのに。
今やドラコマルフォイは華奢な身体つきとはいえ立派に成長しているのだ、男なのだ。
そしてしょせんはどうやったって非力な女の子なんだ。

どうして振り払えることができまようか。

「どこへ行くんだ?散歩じゃないんだろ?」
じりじりと距離が近づく、は焦ったような困ったような顔をしてドラコを見る。
もしかしたら半ば予想はついているのかもしれない、ドラコが・・・この後・・・なにを言おうとしているかということも。


「グリフィンドールの誰かと逢引でもしているのか?」


「なっ・・・!」
な、の後に続く言葉はなんでそれを知っているの、だとかそういう言葉だとドラコは勝手に予想した。
あながち間違ってはいないはずだ。
いや、むしろ正解ととっていいはずだ。

グリフィンドールという単語がスリザリン談話室によく響いた。
スリザリンの談話室はことほか静かであるから、きっとそこにいた誰もが今振り向いていることだろう。
さぁ、言え、言うんだ。
返答によってはみんなのへの明日からの態度が変わるだろう、きっと。

「ポッターか?ウィーズリーか?それとも―――ロングボトムだとか言わないよな?」

ドラコは意地悪く笑って言った。
は唇を噛み締めてドラコを睨みつける。
ドラコのにやにやした嫌な笑いは止まらない、むしろ拍車がかかっているようにさえは思えた。



「あたしはっ!」

は力任せに声をあげる。
ドラコの耳にキンキン響いてゆけばいいと思ったからだ、きっと。

「ハーマイオニーのっ!」

ドラコは嫌そうに眉をしかめる。
それがの大声のせいなのかの言葉のせいかなのかはまだわからない。

「クルックシャンクスに会いに行ってたのよっ!」

キーンと耳に響きまくってくれた声に、ドラコはくらくらと頭を揺らした。
「はぁ?」とでも言いそうな顔は忌々しげにを見る。
それでもまだドラコはの手を離そうとしない。

「あの不細工な猫に会いに行ってただと?」
「ぶ、不細工ですって!?」憤慨して自分の手をつかんでいたドラコの手を勢いよく振り払う。
さっきはびくともしなかったそれだけれど、どうやら憤慨してしまったにとってはまだまだ力及ぶ範囲のものだったらしい。

「クルックシャンクスはたしかに見た目はそんなに美しいとも取れませんけどね、可愛いんだから!賢いんだから!さわり心地いいんだから!!」
まるでヒステリックを起こしたように憤慨して暴れ出すに、ドラコは慌てて一歩ひいて「落ち着けよ」と淡白につぶやいた。
自分がやったことを高い棚にあげて知らん振りするのは彼の専売特許だ。

「あー、なんだ。というか猫をペットにしている者なら、スリザリンにも数名いるはずだが?」
「うちの寮生の猫はプライド高いから触らしてくんないもん!」

もん!と語尾が談話室に響いた。弾かれるようには扉の向こうへ消え、ドラコはそこに残された。
もう一度の腕に手を伸ばそうとしていた彼の手は、手持ち無沙汰に宙に浮いている。

「まったく・・・」

まるで誤魔化すようにその手をそのまま額に当て、困ったような顔をして見せてから彼女を追いかけるように談話室を出て行った。
騒がしさの根源であったふたりがいなくなり、スリザリンの談話室は静けさを取り戻す。
そしてスリザリンの彼らは再び何事もなかったかのように自らの指や手、口を動かし始めた。







「わー、かわいいねぇ」
うっとりと恍惚そうな顔をして、はクルックシャンクスに手を伸ばした。
ずんぐりしたふとっちょの身体のわりに彼女は素早いし、なにより賢い。
はじめはスリザリンということでハーマイオニーに警戒されていたに、彼女もならってなかなか触らしてくれなかったくらいだ。
だけど今はこの弾力ある毛並みに触れることを彼女は許してくれる。

、紅茶でも飲んでいきなさいよ」
クルックシャンクスと戯れるに、話し掛けたのはハーマイオニーだ。
とハーマイオニーはいつの間にか―――といってもがクルックシャンクスにさわりにきている間に―――親しい友人という間柄に変わっていった。
熱いダージリンティーはふたつのカップから湯気を立てて彼女を待っていたし、テーブルの上にはビスケットも用意されていた。
「うん」
にっこりとは笑う。
そして今日もまた女の子のおしゃべりをたくさんして帰っていくのだろう・・・いつも通りなら。

「おい、そこにいるんだろう!?」
グリフィンドールの賑やかな談話室に突如響いた声は、そこで楽しくなにかをしている誰もを不快にさえしてしまうかもしれないようなものだった。
だって、その声の主は―――あの、ドラコマルフォイなわけであるのだから。
ハリーとロンはまっさきに嫌そうな顔をしたし、その他の人たちはその声が名指したに一斉に視線を向けた。

「えーあー、えーっと・・・」
にこやかな笑顔でクルックシャンクスを撫でていた手も、その顔も、一気に固まってしまってはどうしたらいいのかと思った。
蛇に睨まれた蛙のような・・・いや、はスリザリンであるから蛇なのではないだろうか。
!!」

「ご、ごめんね!また今度!!」
居たたまれなくなったはそれだけ言って一目散にグリフィンドールの談話室から出て行った。
あのまま無視するにしてもきっとドラコは諦めないだろうし、なんらかの手を打ってでもあそこに入ったか、を追い立てるかしただろう。
もしも万が一諦めたとしてもあんな視線を一斉に向けられた後、そこに残ってハーマイオニーとおしゃべりするなどという勇気と神経は持ち合わせていない。


ああ、もう、本当に。


「なんなのよ、ドラコマルフォイ!!」
談話室の前で満足そうに立つ彼に向かっては大きく声を上げた。
・・・そんなことに動じる彼ではないけれども。

「スリザリンの暗黙の了解はわかっているはずだろう―――。今後ここには来ないように―――……もっとも、潜入捜査をしていたのだと言うならば、話は別だが」
意地悪くドラコは言い、そして嫌な笑いをし、の手を取って廊下を歩き出した。
「そんなんじゃないもん・・・」
はむっつりと頬を膨らませ、ドラコの手を払い、足をとめた。
「・・・・・・・・・」
ドラコは再びの手に自らの手を重ねて歩き出す。
だけどはまたそれを振り払って立ち止まる。
「お前なぁ・・・・・・」
「・・・ないもん・・・」

拗ねたように怒ったようには下を見、決してドラコを見ようとしない。
手は絡まり、すぐに振り払われ、歩き出すこともままならず、ふたりはそこに立ち尽くしたまま。

「わかったわかった、お前は猫を触りにきただけだった、そうだろう?」
苛々としながら、ドラコはめんどくさそうにそう言った。
はこっくりと頷いたので、ドラコはなんでだか少しだけ安心して、もういちどの手を取った。
今度は歩き出そうとはしない。

「お前が猫を触りたいというなら、僕が手配してやる。なにがいい?ベンガル、バーマン、ブリティシュショートヘアー、キムリック、マンチカン、ラグドール、スコティッシュフォールド、シンガプーラ、ソマリ・・・」
次から次へと出てくる高級猫の選種に、は目をまんまるにしてドラコを見た。
口から出る猫の種類はまだまだ止まらない。

「さぁ、どれがいい」
あらかたの種類は言い尽くしたであろうくらいの種類を彼は口にして、それから得意そうにを見た。
は不思議で不思議でしょうがなかったのだが。
「・・・なんであんたそこまでしてくれるわけ?」
「お前がむやみやたらグリフィンドールに近づくくらいならこれくらい喜んでしてやるさ」
の疑問もさらりと答え、ドラコはさぁ選ぶんだと、にそれを強要した。
ああ、なんかもうどうでもいいような気がしてきたぞと、は「・・・ラグドール」と呟き、ドラコの顔を満足そうな顔に変えて差し上げた。

「よし、2、3日中にはお前の元にやってくるだろうから、待ってろ」

ずんずんとどこか楽しそうに歩いているドラコにひっぱられ、はスリザリンへと帰っていった。








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あー、なんか続きそう。
久しぶりにハリポタで書いた気がする・・・

2004/5/29  アラナミ