自己中心的この世界











 そっとまわりを見渡す。教室全体、まん前の黒板に先生、先生の話を聞いている生徒たちの背中。そんな、見渡す限りに見渡せる一番後ろのこの席が、はとても好きだった。
 なんていうのだろうか、簡単に言えば人間観察っていうのかな。っていってもあらたまってまじまじと誰かをみているというわけじゃないんだけど。授業を聞いているほんの少しの間、ふと思いつくように顔を上げるその一瞬、先生と黒板から一番遠いこの席でみんなが授業に集中しているその背中を見つめるという行為は、この教室から自分という意識を切り離されているような感じがして、とても不思議で、妙に好きだった。
 自分はここにいるのに、こんなふうに見ている自分を誰も知らない。ひっそり誰も知らない自分だけの秘密を持つような、べつにそれは大したものでもないけれど、それでもほっと口元がほころぶような、そんな気持ちになるのだ。そんな気持ちのまま羽ペンを羊皮紙に戻して文字を綴るのは気分がよかった。


「ねーえ、。クィディッチの練習見に行かない?」
 にっこりと極上の笑顔で笑ったパンジーは私の周りをくるりと回って手を取り、颯爽と歩き出した。そこに私の意見は存在しないのか、とも思うけど、それはどうせ無駄なことなのだ。だってどんなにイヤだって言っても、はたまた無視してしまったとしても・だ、パンジーはその舌で饒舌に言いくるめていつのまにかにイエスを言わせているのだから。だったら無駄な労力は消費しないほうが楽なのよね、なんて十代前半とは思えない言葉を胸に抱く。ああもうババくさいったら!そんなんだから好きな人のひとりもできないのよって言われるんだ。


「好きねえ」
「当たり前じゃない」


 そうだ、には好きな人なんていうものは影も形も心のなかに存在してないけど、そのの手を取って競技場へ向かうパンジーの顔は恋する乙女、まさにそのもの。マルフォイが好きなのよってパンジーはあけっぴろげに言ったわ、この間、寮の部屋でルームメイトたちとそういう話になったときに。なんて大胆で強い人なんだろうって思った。マルフォイのことが好きだっていう子は、きっとあの中にもいた筈なのに、それでもパンジーは胸を張って言い張った。牽制と警告の宣言?そして自信満々に笑った、とても艶やかで可愛い笑顔で。


「わー、飛んでるわねえ」
 目を細めてパンジーは空を仰いだ。その視線の先は箒で空を飛ぶスリザリンの選手たちがいて、細かくたったひとつのものを見つけ出そうとパンジーは視線を右往左往させた。はその動きがぴたりと止まる瞬間を待つ。止まったその先に、パンジーが求める人物、マルフォイがいることを知っているから。ぴたりと、なにかを見つけたように一瞬止まったパンジーの目線を辿って、その先のマルフォイを私も捉えた。ああ、私には到底できそうにない動き―――やっぱりシーカーというのは伊達ではないのだ―――で飛んでいる。
「すごいねぇ」
 賞賛をそのままに言葉にすれば、まるで自分のことを褒められたかのようにパンジーは誇らしげに笑った。
「もちろんよ」
 あ、すごい。かっこよくて、可愛い。
「ドラコー、今度こそポッターの鼻をへし折って頂戴よ!!!」
 ああ、そんなこと。グリフィンドールの誰かに聞かれたら、なんて言われるか!!いつものだったら、ちょっと、パンジー!!なんてたしなめていたかもしれないのに、この、恋しているパンジーには、そんな野暮な言葉は出てこなかった。すごい、可愛い。かっこいい。自信を持って恋してるその姿に、思えばは見惚れていたのだった。




 ふ、とはまた競技場を見渡すような不思議な感覚を覚える。ぽっかり切り離され、遠くにいるような、パンジーは隣にいるというのに、は空を飛び交う選手たちを目の前にしているというのに。感覚が研ぎ澄まされる感じで、風が気持ちいいとか、空が高いとか、そういうことしか目に入らない。




 私は、ここにいるのに、遠くから私を見ている、そんな気分。











「……いているのか。…………おい……おい、お前!!!」
「………………………えっ!?」
 パチン・と、はじけるように意識が自分へと引き戻される。えーと、私は、さっきまでクィディッチを見ていて、パンジーの後について行って、えーと、それから。それから。…どうしたんだっけ?
 ぐるぐる回る情景に、意識は全然ついて行っていない。目に入るのは寮に続く扉だ。開いた扉が、絵画が、早く中に入れと促すが、ちっとも動かないに痺れを切らして鼻先で扉を乱暴に閉めた。ああ、そうだ。はパンジーに連れられて、選手たちの控え室の前で一緒にマルフォイを待って、そして寮へ戻ろうとしていたんだっけ。


「……なんだ、お前は。折角話しかけてやってるのに、ろくに返事もしないで」
「えーと、ごめんなさい。私…とても失礼だったわね…」
 素直に頭を下げて礼を欠いたことを詫びれば、少しばかり刺があったものの「気にするな、次から気をつけてくれ」と言われた。ああ、この人は紳士なんだな・と、思う。子供っぽい文句や不平を言う男の子はこの世代にはそれこそたくさんいるけれど、相手を淑女とし、そして自分を紳士と見る人はとても少ないのだ。それでも他寮に比べれば、スリザリンはことほかにそういう人たちは多いけれど。


「で、ぼくの質問には答えてもらえるのか?」
「ええと…ごめんなさい。もしよろしかったら、もう一度質問を聞かせてもらえるかしら?」
「………いつもなにをそんなに呆けるほどに、考えているんだ」
 ……これが質問?首をかしげて相手を見る。そういえば、誰と話しているかなんて、意識しててなかったから、は視線をその相手の顔へとやっと向けるのだった。透き通る白い肌、アイスブルーの目、その肌と目に良く似合うプラチナブロンド――――ドラコマルフォイ。
「自分のこととか…パンジーのこととか…貴方のこととか…いろいろ・よ?」
「ふぅん」
 ふうん・と、上げた口端に、誇らしげな―――それはパンジーのものと似た―――笑みをのせて、マルフォイは目を細めた。はまたそれに、見惚れる。自分にはないもの、満ち溢れる自信のようなもの。恋をしているからか、みんな。どうしてそんなに誇らしげに強く、なにかを想えるのか。それを持たない自分は、世界から切り離されているようで、ぽっかりと、なにか喪失感にも似た焦燥のようなものを感じてしまうのだ。―――それでも、そこに近づこうとは思わなかったなのだけれど。


「あー…その、だな。……来週の日曜…は、予定とか…約束とかは、あるか?」
「…いいえ?誰とも約束はしていないけれど」
「よし、じゃあ日曜、11時、広間の石像の前で!!」
 指先を掠め取って、マルフォイは軽くくちづけた。約束のしるし・とはわかっても、は驚いて一瞬目を見開いてしまった。切り離されたように遠くから自分を見つめる余裕などなく、ましてや客観的にもなれず。




「約束だ」
 誇らしげに笑うその顔に、はまた見惚れた。もう、いつまで経っても意識はずっと留まって、離れていかなかった。あの感覚があんな好きだったって、そう思っていたのに―――。
「約束、ね」


 そうしては笑った。







2007/4/1 アラナミ