臆病チキン







 「もしも好きだと言ってくれたなら、ずっと貴方の傍にいる」とか、「もしも愛してると言ってくれたなら、私のすべてを貴方にあげる」なんて、まだ相手の気持ちすら確認する前に欲深なオトメゴコロとやらは勝手に大妄想を繰り広げるのよ。自意識過剰も結構なものね、笑っちゃうわ。なんて月夜を見上げてちょっとばかりポエトリーな青春のダイアリーを閉じるのよ。ああ、恥ずかしい、ちゃんと鍵のついた引き出しにしまわないと。もしまかり間違って自分以外の誰かに見られたら死ぬ、死ぬわ、恥ずかしさで憤死できるっつーの!!(はやくしまわなくっちゃ!!)なんてね、でも恐ろしいことにこの魔法使いたちの国では世にも恐ろしい鍵開けの呪文が存在するのよ、えーっとなんだったっけ…アバカム?いやいやゲームのやりすぎよ、なんだったかしらね、レパロは修復呪文…アロホモレ?アラヘモロ?あーあー…アロホモラ!!そうよ、これよ鍵開け呪文!!……でもこれってプライベートもなにもないわよねえ、泥棒し放題!!なんて入学当時は思っていたものだけれど、そういう矛盾としたことを許している魔法社会ではないので、その呪文に対する妨害呪文というものだってちゃんと存在しているのだ。まあ、だから安心よねった思っても、そんな妨害呪文だなんて高等な技、私が出来るはずもなく、ましてや人の日記読むほど詮索好きだったり私を出し抜こうだなんて思っている人、いないわよ。きっと。
 なんていうのは私の大きな間違いだったんだけど。



 「お前はもうちょっと頭を使え。それでもスリザリンか」などと心底呆れたような冷たい冷たい氷のような(そして色もアイスブルー!!の)目でそいつはこちらを睨み、私の一人部屋の机の横に立っていたのです。その手に、青春を赤裸々につづったマイダイアリーを開いて持って。


「ぎゃーーーーッ!!!」


 これはもうあれよ、なんていうの。恥ずかしさとしては放課後に好きな子のたてぶえ吹いているのを見つかったような、そんな気分よ!!穴があったら入りたいみたいな気分よ、最悪よ、なによ。ちょっとばかり人より愚鈍な私にしては神速の域に達したんじゃないかってくらい早かったわ、そいつの手から日記帳を取り上げるのは。


「な、な、な、なによ、あんた!!!な、な、な…!!!」
「趣味が悪い。あんな男のどこがいいんだ」
「ぎゃー、読んだの!?読んだのね、いったいどこまで……っていうかせんせー、マルフォイ君が女子寮に…!」
 「馬鹿め、スネイプ教授が僕とお前どちらの言葉を信じるか考えてからそういうことは言うんだな。ちなみに僕は全部読ませてもらったぞ。あんなポエトリーな日記読むのもたいへ」「ぎゃーーー!!!!」なんて思わず勢いあまって思いっきり持っていた日記帳をマルフォイの頭に叩きつけてしまった。しまったと思ったときにはもう遅く、逃げようと思ったときには捕まっているもんだ、うん。
 例に漏れなく白い腕が(ちくしょう重たいものなんか持ったことないんだろう、お坊ちゃまめ!!)私の腕を掴んでいて、振り払おうにもお坊ちゃま腕の癖に力だけは十二分にありやがって!!私の顔といえばこのあとに待ち受けるものがなんなのだろうという恐怖で血の気が引いていってしまっている。うわあん、私はこのままマルフォイの怒りを目の当たりにし、なんだかすごい権力とお金の力を持っているマルフォイのお父上によくも大事な跡取り息子の頭を小汚い日記帳なんかで叩きおって!!ってきっとアズガバンに送られちゃうんだわ!!うわあん、酷い、酷いわマルフォイめ!!!


 これから待ち受けるお先真っ暗の人生に思いを馳せたら、は無性に悲しくなってじんわり熱くなったまぶたに、さらにもっと悲壮な気持ちが拍車になってのしかかった。あんな恥ずかしい日記なんて書くんじゃなかった。


「泣くのか」
「泣かないわよっ!!」


 泣きたいけど、とは言わない。叩いてしまったマルフォイの頭は、少し髪乱れて銀糸をきらきらさせていた。ちくしょう、きれいな男の子なんてだい嫌いだ。


「ぼくは、」


 突っぱねたような声がして、どうしてだかの頭にはきっと今、マルフォイはこんな顔をして喋っているんだろうなあ・なんていう表情やらしぐさやらが思い浮かんでしまった。なんで。…なんでだろうな。
 不思議に思っている頭の中をよそにして、マルフォイはどんどん話を進めていく。そりゃそうだ、だってなにかを考えている私の頭の中なんて、他の誰にも知り得ないから。


「ぼくは、……好きだと言ってくれたなら、ずっとお前の傍にいてやってもいいし、愛してると言ってくれたなら、ぼくのすべてをお前にやってもいい、さ」


 それはの目玉が転がり落ちるほどの衝撃で、驚愕だった。だって、どうして・だ。どうして?
 いつもちょっと皮肉めいて笑っている口元は、今は無口に閉ざされたまま。痛いくらいに向けられる視線に、居たたまれないような気持ちになる。はそっと、逃げ出したくなる。


「もう一度言うが、あんな男のどこがいいんだ」
 優しいからか、見目がいいからか、背が高いからか、クィディッチの選手だからか、マルフォイの言葉はどんどん続いて、いつもより雄弁だった。そしていつもより真剣だった。


「優しいのがいいならお前に優しくしてやるし、見目だったら劣るはずがない、それに人並以下の背丈のお前からしてみればぼくだって充分背が高いはずだし、ぼくだってクィデッイチの選手だ、シーカーだ、なあ」


 苦しい恋をしている・と、言う。私も、マルフォイも、届かない月を見ているようなものだった。いとしいのに、つらくてさみしい。さみしい、さみしい。思いが届かなくて、さみしい。
 ぽたぽた頬を伝って流れていく涙が、思ったよりも熱くてはとても不思議に思った。泣いているのに、なぜだか不思議なくらい心は凪いでいて、それもまた奇妙だった。心と身体が切り離された感覚。おかしい・と、ただそれだけしかいえない。



「お前だけだ、優しくしてやるのは」



 嗚呼。
 白いきれいなマルフォイの手が、そっと伸びての涙をすくっていった。涙は次から次へと溢れていくのに、それを拭う指も追いかけて、止まらない。止まらない、止まらないよ。






 欲しいのは、たったひとりからの言葉。答えられない私は、とてもずるくて臆病なの。







2007/3/29 アラナミ