悪意と悲劇











 あれから何年…いや、何十年と経ったのだろうか。時を刻む術を持たない部屋では、時間は曖昧で今がいつであるかなんてことは予想も出来ないことだった。呆ける頭に手を添えて、頭を振る。

「やっとお目覚めかい、いいご身分だこと」
 目覚めて一番初めに耳に入った甲高く嫌味ったらしい女の声に不快感を覚え、は眉を顰めた。淫らに肌蹴た胸元を晒し、長く縮れた髪を振り回し、ベラトリックスはベッドに足を乗せの顔を覗きこんだ。
「…相変わらず下品な女ね。足をどけて頂戴」
 不躾な態度には杖を振りたくなったが、久しぶりに起きたせいか杖をどこに置いたのかさっぱり検討もつかなくなっていた。横柄で傲慢なベラトリックスは舌打ちをすると蛇のような動きで足を下ろし、ベッドの上に腰掛けた。こちらに杖を向けて。
「随分なご挨拶ね? アンタご執心の闇の帝王様に気に入られてる私が気に食わないのね、ベラ」
 はくつくつと悪意と皮肉を込めて嘲り笑う。怒りを逆撫でしたのか、ベラトリックスは威勢良く杖を振っての鼻先寸前に赤い光を掠めさせた。
「口で敵わないと知ったらすぐに力で捻じ伏せようとするのも、相変わらずねぇ」
「黙れ」
「あんたに指図される覚えはないわ。大体、誰の許可を得てこの部屋に入り込んだのかしら。それともこれは闇の帝王様のご命令? 杖を向けて私を殺せって? だったら望むところだわ、ただここに閉じ込められているのはもううんざりなのよ!」

 鼻先に突きつけられたベラトリックスの杖を奪い取り、投げつけた。長い間アズカバンに収監されていたせいか、ベラトリックスの表情は狂気さを色濃く映し出していて、かつての美しい容姿は見る影もなくなっていた。はそれを鼻で笑って言及した。
「頬も瞼も痩せこけて醜いものね」
「…お前はちっぽけな子供のまま、二度と熟す事はないだろうがな」
 甲高い笑い声が部屋中に響き渡り、は唇を噛み締めた。
「…それがあんたの愛しい闇の帝王様の望みなんでしょうよ。人の心って面白いわよね、ベラ。あんたがどれだけあいつを切望しても、あいつは私を望んでいる。私があいつを望んでいなくても!」
 怒りで目の前が真っ赤になった。そう思っていたら、部屋は本当に真っ赤に燃え上がり、ベラトリックスを炎の中心へと囲んでいた。下品な叫び声を上げてベラトリックスは熱さにもがいているが、それに反する冷たさでは一瞥した。くっだらない、馬鹿みたい。子供の頃と同じで、いくつになっても人の感情に振り回されてはこんなに惨めな思いをしている。何十年と経ったにも関わらず、の姿はあの日のまま、大人になる寸前の未成熟な頃のまま、時が止まってしまった。それもこれも全てトムのせいなのだけれど。

 ガタン、と額縁が壁から落ちて、ガラスが割れる。肖像画の中の人たちが、慌てふためいて絵の中を走り回っているのが滑稽だった。
「熱い!あつい!!」
 ベラトリックスの叫び声が耳に入れど、の炎は弱まることなく一層強さを増す。いっそ飲み込んでやろうかと思ったとき、ぴたりと炎は止み、一陣の風が部屋を通り抜けた。
「我が副官を、あんまりいじめてくれぬな、
「ああ、我が君!」
 通り抜けた風の先に、そいつはいた。かつてトム・リドルと呼ばれた、現闇の帝王ヴォルデモート卿。燻っていた黒煙もきれいになくなり、先程まで燃えていたとは分からないくらいキレイに修復されたソファにトムは座った。その足元に跪くように近寄ったベラトリックスは、先程に杖を向けたとは思えないようなしおらしさでしなりを作り、猫なで声を上げている。
「馬鹿な女なのね」
 エレノアと一緒だと思えば、あっという間にの中から興味は失せて、もう視線すら向けることもない。ただベラトリックスはぎゃんぎゃんと噛み付いてきたが、耳には入ってこなかった。
「相変わらずだな」
 できることならこの声も、耳に入れたくなどなかったのだが、頭に直接響くようにトムの言葉は否応なしに入ってくるのだ。腹立たしい。
「ベラ、お前は出て行け」

 嗚呼、また始まるのか。はぎゅっと目を瞑ったが、これから起きることはどうにも避けられそうにない。部屋の閉ざされる音がして、それからトムの手がの首筋に這わされた。指先がの身体を弄び、熱く火照らせていく。
「あんたは幼女趣味なの?」
「ただ単に、あの頃のを一番愛しているだけだろう」
 皮肉もなにも通じないトムは、杖を向けないだけで酷く乱暴だ。一体どうしてがこんなことを望んだのだろうか、人の気持ちなんてお構いなしに、ただ自分が欲しいものを手に入れ続けているこの男の頭はいかれてる。服を破り下着を破り、あらぬ秘所に指を突っ込んでかき回す。
「ああっ」
「すごいな、のここは溢れんばかりに濡れていて」
 シーツを濡らして指を濡らして、まるでが淫乱みたいなことを言う。なんて酷い男だろう、の身体の時間を止め、何度も何度も弄んでは奪い取った。獣のように噛み付くくせに、命を成さないこの行為はただを屈服させるためにしているようにしか思えなかった。
「いや、やめて、いやぁ」
「そんなこと言っても、指を食らいついて離さないじゃないか、ホラ」
 膣を撫で上げる指が二本三本と増えていき、抜き差しされては声が漏れる。望まないにも関わらず、そういう風に仕立て上げたのはトムのくせに。

「あっ………」
 抜かれていく指に名残惜しげな声が漏れてしまったのも屈辱だった。を上から組み敷いているトムはにやりと笑って「ちゃんと入れてやる」と、の太ももを大きく広げ、秘所に陰茎をあてがった。ぬらりと陰部が擦れあって、それから容易く入り込む。
「あっ、」
 後はずん、と質量を持っての中を押し広げた。擦れて熱くなるのは中も身体も全部で、恥辱と快感がない交ぜになって始終を襲い掛かる。ベッドのスプリングが軋む音を感じながら、の目から涙が零れた。悔しいからなのか、それとも気持ちよすぎるせいなのか、分からない。の腰を打ち付けるトムの腰が、激しさを増していく。それに揺らされて震える乳房も、トムの手によって揉みしだかれ、乳首を弾かれた。
「ああっ…ん、」
 びくりと身体は弛緩し、は快感に打ち震えた。
「もういったのか?」
 一度動きを止めたトムはの乳首を口に含み、舌の上で転がした。敏感になっている身体はそれだけでおかしなくらい反応し、トムを喜ばせる。
「まだまだ、これからだろう?」
 くるりと反転された身体の向き。今度は本当に獣じみた体勢で、後ろからトムはピストン運動を繰り返す。
「あっ、あっ、あぁっ」
 感じすぎて大きく背中が反り返り、しなる。後ろから抱きしめられるように伸びた手が、胸を鷲づかんでなでまわす。奥の奥、深いところで擦りあってまた絶頂を迎えそうになるは、喘ぎ声とも叫び声ともつかない声を上げた。
「嗚呼、いい。、いい。お前のその声が、生きていることを実感させる」
 噛み付くようなキスをされ、は息が上がった。唇をむさぼる白い唇に思いっきり噛み付いて、赤を撒き散らす。
「悪い子だ」

 それでもトムは楽しそうに笑い、ずんずんと腰を打ちつけた。また、の身体が弛緩する、けれどトムは今度は止めることなくまだ打ちつけ続けた。涙どころか涎すら零して善がるの中に、熱い情熱を迸らせて。
 ずるり、と抜けば、陰茎は力なく糸を引いた。の秘所からはどちらとも分からぬ液体が零れ出し、シーツを汚す。

 肩で息をして身体中汗まみれのは、自分を組み敷くトムを激しく睨みつけた。
「ははは」
 これでもかというほど楽しげに顔を歪ませるトムに、唾を吐いてやりたい気分になる。それを知っているのだろう、トムの指はまた乱暴にの秘所をかき回し、を蹂躙しようとする。
「憎いだろう、悔しいだろう、。俺様を殺したいだろう!」
 狂気じみた笑い声と共に、重い質量がまたの中に侵入する。中にまだ残っていた精液と混ざり合って卑猥な水音がぐじゅぐじゅと響く。
「俺様に気に入られたのは悲劇だったな、けれど一生手離しはしない」

 あの日戯言だと笑い飛ばしたトムの言葉は真実となった。ずっと、の首は絞められたまま、服従することもなく睨み続けては蹂躙される。けれど服従してしまえばその時こそ、の存在意義はトムの中から消え失せるのだろう。
 ならば、いっそ。

「…………嗚呼トム、愛しているわ」
「下手な嘘はつくな」
 やっぱりトムにはすべてお見通しらしい。殺したいほど憎んでいることも、もういっそ殺してほしいことも、全部。再び再開された情事に身を委ね、は目を瞑った。とんでもない人に愛されてしまったと、嘆きながら。










2011/1/11 ナミコ