ずっと子供のままでいたい。
大人になんてなりたくない。





           






私は子供よ。
永遠に幼いまま、大人になどならず、自由に生きるの。
社会とか、対人関係とか、そんなものにがんじからめになってる大人なんて嫌だもの。
私は子供のままでいるの。
陽気で、無邪気で、残酷でいたいのよ




……ずっとそう、思い続けてきたわ。




でもね、思うだけじゃ叶えることは出来ない。
時の流れと変化に怯える。
私がはじめに恐れを抱いたのは、身体の変化。
身長が伸びる。
体重が増える。
でもまだ私は少女のまま、子供のままだわ。
焦りを感じながらも、私は私でいることを望む。


次に、胸が膨らんできたわ。
女になる。
大丈夫、それでも私は少女のまま。


じわりじわりと近づく恐怖。
大人へと近づいていく身体の変化。
ホグワーツに来てからもうずっと感じているものだわ。
大丈夫、子供だって成長するもの。


自分自身に言い聞かせる。





「私は子供よ」





やがて下腹部から這い出て伝った鮮血に顔を歪めた。
じんわりと、鈍い痛みが私を襲う。


初潮……。


知識はあった、けど認めたくなかった。
これは大人へ近づいている証。
自由でなくなる鎖。




嫌、嫌よ!!




そのまま血を流し続けて、私は自分のベッドを真っ赤に染めた。
下腹部を中心にそれはベタベタ張り付いて気持ちが悪い。
夜が明けるころ、それは変色し、茶色くなって固まった。
鼻をつく血の匂いに、ルームメイトが顔をしかめたっけ。
無理矢理保健室へ連れて行かれたわ。


うんざりする話を聞かされた。
女になったのだと。
大人になったのだと。
祝うべきことなのだと。



冗談じゃない。
私は女なんかにならなくていい。
大人なんて絶対に嫌。
祝うなんてもってのほかだわ!






私は子供のままでいたいのよ!!





































それでも……

どんなに否定しても……

時は非情に過ぎていった……

もうすぐ、17になる……


今年でホグワーツにいられるのも最後になる。
私はここを卒業し、大人になる。
大人だと認められてしまう。




嫌よ……




私はホグワーツで1番高いところへ上った。
建物の1番てっぺん。
誰もここに来ないから、私だけの特等席。
ホグワーツ中を見渡せる場所。


「……ここから飛び降りたら、私は飛べるかな?」
そして永遠に子供のまま、自由を手に入れられるのかしら。



珊瑚礁に囲まれた海。

砂浜に卵を埋める海がめ。

優雅に片足を折るフラミンゴ。

私だけの洞窟。

秘密のやぶの冒険。

子連れの狼たち。

インディアンのキャンプ。

不思議な川。

星との会話。

岩の上に座る人魚のラグーン。

入り江に止まる1隻の海賊船。

地下の家とあの小さな家。

永遠の少年(ピーターパン)と、可愛い妖精(ティンカーベル)



私は心の中に地図を書き上げていた。
私だけの世界。
そこに行きたい。
迎えに来て欲しい、なのに。




誰も妖精の粉なんかふりかけてくれない。










私は緩やかな風を身体に受け止め、まっすぐ景色を見つめた。
ここをまっすぐ飛んでいったら、私だけの世界へ行ける?
計り知れないほどの距離を飛びぬけて……私だけのネバーランドへ。


足を踏み出そうとした、そのときよ。







「飛び降りるつもりなの?」


どこからともなくそれはやってきた。
私の目の前を浮遊して、私をじっと見据えているわ。
吊り上った眉と紅い瞳で、興味深気に私を見据えてる。


「ピーターパン?」


「なにを馬鹿げたことを……見て分からないのか?」


その言葉で、私は視線を目の前の彼に傾ける。
ホグワーツの制服着ている。
ネクタイが緑だから、きっとスリザリン生ね。


……でも、この人本当に生徒?
生徒にこんなことできるものなの?
だって…


「どうして箒がなくても飛べるの?」


まるであの、ピーターパンのように、
翼がなくても、見えない自由の翼を持っている彼のように、
ふわふわと、目の前のこの人は飛んでいた。


「力があれば、誰だって出来る」


「私も飛べる?」
彼に向かって私は手を伸ばす。


「力があれば、な」
伸ばした私の手を彼が取り、私が踏み出した一歩は空中で受け止められた。



浮いてる……。



「貴方、誰?」
「俺を知らない?同じスリザリン寮にいて、同じ学年にも関わらずか?」
嘲るように彼は笑う。
だけど私はちっとも不快に感じなかった。


「私の中には私のことしかないもの」
当たり前でしょう?
私は子供なんだから、私のことしか考えていないのよ。


「へぇ……面白い奴。だが、名前くらい聞いたことあるだろう?トム・M・リドル」
彼……リドルの名前は、たしかにここで生活していた間に聞いたことがあるような気がする。
耳に覚えはある、だけど今聞いた名前はほとんど初めて耳にしたような気がした。


「さぁ……わからないわ」
素直に私がそう告げたら、高らかにリドルが笑った。
可笑しそうに、心底面白そうに笑った。


「面白い奴……気に入ったよ、お前、名前は?」

「そう、ファミリーネームは………いいか。必要ないだろ」
リドルの空いていた方の腕に、捕まる。
抱きすくめられて耳元で囁かれた。


、俺のものになれ」
耳元で囁いたリドルの唇が、首筋に降りてくる。


「嫌よ、私は私だけのものだもの。私の自由は私のものよ」
私は誰にも束縛されない子供でいるの。
陽気で、無邪気で、残酷な子供のままで……。


私の言葉に、リドルは不機嫌そうに顔を歪める。


「でも……私のためにネバーランドを作ってくれたら、貴方のものになってあげる」
「ネバーランド?あのマグルが書いた寓話に出てくるやつか……」
「そうよ、ねぇ作って。夢の島を……ずっと子供でいられる夢の島を作って」
子供が強請るように、私はリドルの首に腕を巻きつけて、触れるだけのキスをした。
じっとリドルの顔を見れば、満足そうに口端を上げた。


「いいよ、作ってやる。その代わりお前は俺のものだ」
「うん」
ありがとうのキスを頬に送る。


「約束よ」
小指を出して、約束を絶対にするの。
また可笑しそうにリドルが笑った。
けれど、リドルはちゃんと指を重ねて約束を交わした。


「約束、な」
































あれから幾年が経った?
子供時代などとっくに終わってる。
それでも私は私のまま、リドルが夢の島を作るのを待ち続けていたわ。


ねぇ……リドル、貴方は今一体どこにいるの?
私のために夢の島を作ってくれるんでしょう?
貴方は一体どこにいるというの?


帰ってこない人をここで待ち続けるのはうんざりするわ。
ねぇ、約束破るんだったら私、貴方のものにはなれないよ?


気だるげに寝っ転がったベッドの上で、私はなにもする気が起きないままずっとそこに横たわる。
待つも待たないのも私の自由。
虚ろに意識を眠りに飛ばそうとしたとき、それは来た。





『……もうすぐだ……もうすぐマグルもなにもかもを追い出した、お前が望んだ夢の島が手に入る……』


どこからともなくリドルの声が聞こえてた。
リドルの気配が私の身体を覆うように被さってきた。
唇に触れただけの熱が私の意識を呼び戻す。
私はその両腕をリドルの首に回そうとした。
けれどそれは空を切ってなんの感触もなかった。


「……リドル?」


『身体を手に入れたら、迎えに来る……』


消える気配と共に、私は身体を起こした。
ここには誰もいない。
だけども確かにリドルはここにいた。


フッ…と、私は自嘲する。
リドルのことだ、どうせまた新しい魔術でも使ったのだろう。
サラザール・スリザリンの血を引く男だ、考えられないこともない。


私は久しくこの部屋から出、身なりを整えるため、リドルに与えられた部屋に向かう。
小さな私の箱庭。
無限に与えられたたくさんの玩具、洋服、絵本……溢れるほどに詰まった部屋。


伸ばしっぱなしだった髪を整えるため、鋏を持って鏡の前に行く。
なにも混ざっていない透き通るようなキレイな銀髪(プラチナプロンド)
鏡に映る私は、少女のまま、あの頃のままで笑ってる。


そう、子供時代などとっくに過ぎた。
私はずっと少女のままだけど。


「あとはリドルが夢の島を作ってくれれば完成なんだから」
なにもかも、私が望んだ通りのままに。
ネバーランドも、永遠に子供であることも、ピーターパンがいることも。


私はお気に入りの"ティンカーベル"を持って、さっき居た寝室へ戻る。
ぐにゃりと気力なく"ティンカーベル"の身体が折れた。


「もう、この間までは元気だったのに……新しいの作らなきゃ」
生き生きとしていない妖精なんて要らない。
私はその場に"ティンカーベル"を放り投げた。
ぐしゃっ、と嫌な音が廊下に響く。
青い液体が赤い絨毯を穢して、なんの形ともとれない肉塊がそこに出来上がった。


「あははは、きったなーい」
私はくすくす笑うと、また歩き始めた。


「リドル早く帰ってこないかなぁ……」
ギィ……と重たいドアを開けて、寝室へ入る。
窓の傍に椅子を持ってきて、私はそこに腰掛けた。


「あら……?庭に子供がいるわ」
小さい子と、少し大きい子。
懐かしい、グリフィンドールの制服を着ている。


「なんでこんなところに?」
じっとその様子を見ていると、やがてそこにフードを被った者が現れた。


誰……?


フードを被った奴が杖を振ると、シュッと緑の閃光が走った。
途端、少し大きかった方の子供が倒れた。
今度は小さい子を引きずって……墓石に縛りつけた。
なにか話してるみたいだけど、声は聞こえない。


蛇が………集まってる。
縛り付けられた子を……ううん、あの子の前に置かれた黒い包みを囲ってるみたい。
そしてフードを被った奴が石鍋を持ってきて、火にかけた。
パチパチと火の粉が散っているのが遠目でもわかる。


「ワームテール?」
火加減を見ていたフードを被った奴の輪郭が、火に照らし出されてくっきりとわかる。
ワームテールだ。
私がここにいる間、私の言うことを忠実に聞き、また世話をした男。
リドルに言いつけられたとか言ってたわ。


目の前で繰り広げられる儀式めいたもの。
不思議と恐怖はなく、むしろ恍惚とした喜びがあった。
だってあれはリドル。
さっきリドルが言った”身体を手に入れたら、迎えに来る”という言葉、あれはこれのことを言っているのでしょ?
身体を手に入れたら、私の元へ帰ってくるんでしょ?
苦しみにのたうちまわるワームテールさえ、私の喜びを沸き立たせるにしかならない。
次々と姿現しする魔法使いに、私は笑いを零す。


「はやく、はやく来てよね。私ずっと待ってたんだから」
苦しむワームテールを見て、高らかに笑うリドル。
やっぱりリドルはピーターパンよ。
私と同じ子供。
不思議なものをいっぱい持っている。
そしてこの世界を夢の島へ変えてくれる。
陽気で、無邪気で、残酷なの。
大好きよ。


「あ〜あ、逃げちゃった」
移動(ポート)キーでどこかへ行く子供。
死体となった子供も抱えて。


「あと少しだったのに、つっまんなーい」
ぷぅ、と頬を膨らませて私はベッドの上にダイブする。
間もなくギィ…と、重いドアの開く音。


「お帰りなさい、リドル」
「ただいま……」
不機嫌そうに顔を歪めて、私が寝っころがっているベッドに腰をおろした。


「逃げられちゃったね、でも次にやればいいじゃない」
「……まぁ、な……それよりここを出て行くぞ」
「なんで?」
「ここの空気は嫌いだからだ」
「ふぅん……でもちょっと待ってよ」
立ち上がったリドルのローブの裾を掴んで、こっちに手繰り寄せる。


「慰めてあげる」


満面の笑みで私は言った。
ベッドに私とリドルの身体が沈む。


「珍しいな………」
「楽しいイベントを見せてくれたし、もう少しで作り上げられるんでしょう?」
ふふふ…と笑って、リドルの唇に自分の唇を合わす。
仰向けに横たわるリドルの上に乗って、私はそれをお気に入りの玩具のように丁寧に舌を這わせた。


……」
「もう挿れてもいい?」
硬く天を仰ぐそれを、私は前戯もなしに飲み込んでいく。


「あっ……ぁんっ…んっ……」
ずっ、ずっ…と、膣の中に侵入し、擦れる音がいやらしく聞こえる。
熱い、熱いリドルのそれは、久しぶりに私の中を満たしていく。


「キツイ……な」
「あっ……はぁっ、んんっ……ん」
ぴったりと私の中に納まる。
私は一息ついてから腰を揺らし始めた。
冷たいリドルの手が私の腰にまわり、さらに大きく腰を揺さぶられる。


息も絶え絶えに次々と漏れる喘ぎ声と、肌と肌がぶつかる音。
快感にまみえた意識の遠くで、私は考えていた。










リドルは私との約束を果たしてくれるの。
リドルが憎んだ世界を、夢の島へ変えてくれる。
世界を玩具にする。
それが悪いことだなんて、私は思わない。
もちろん、リドルも。
世界は子供たちのためにある箱庭だわ。
世界を作り上げていくのが子供たちなら、壊すのだって子供たち。
作るのも、壊すのも、私たちは永遠に子供なのだから、なにしたっていいじゃない。






ネバーランドよ……






私の夢を叶えてくれるリドルの腕の中(ここ)こそネバーランドなのだと、気付くのはそう遠くない未来。
時間は充分にある。
それこそ、思えば永遠とも言える時間が手に入る。


ずっと子供のまま、大人になんかならないで。
貴方と生きるこの世界こそ、私が夢見たネバーランド。





貴方の手が私を捕らえたあの瞬間、冒険は始まっていたの。











----------------------------------------

ピーターパン症候群のヒロインとリドルでシリアスダーク、それでいてエロ。

ピーターパンの原本読んできました。なかなか切ない。
永遠に年をとらないって切ない……この小説の続きは書くつもりはありませんが、すごい切なくなるんだろうことは書かずとも分かります。
夢は夢なんだ、どんなに切望したって、大人になってしまえば信じることの翼を失ってしまうんだ。
だから飛べない。
ネバーランドへ行けない。
子供であること、陽気で、無邪気で、残酷であること、それこそネバーランドにいる証なのだ。
その証を失えば、私たちはネバーランドからはじき出される。
こんなことを思いました。

ネバーランドはみんなの心の中にあるそうです。
私にもあるんだろう。あった?過去形かどうかはわからないけど。
ああ、空が飛びたいなぁ……(笑)

あ、最後の方激しく4巻ネタバレです。
これはただのリドルドリならず、リドル→ヴォルデモートと変化していく妙な夢です。
不思議にパラレルかと思いきや、原作と繋がってたり。
小説中に出てくる奇妙物体"ティンカーベル"青い血の生き物。
ユニコーンはたしか青い血だったけど……あれは多分なんかの合成妖精…です。


2002/12/7    アラナミ