その優しさをすべての人に与えるなら  3






「せんせい、せんせーい」
くすくす笑いの女の子二人が手を上げた。
グリフィンドールとスリザリンの合同授業は少しやりにくかったけれど、これもまた勉強と思い、力を入れた。
ものを教えるということはなんとも労力のいることだ――――教えられているときはそんなこと気付きもしなかったのに。

「なんだい」
言ってごらんという意味でにこりと笑えば、彼女、パーバティパチルは隣のラベンダーブラウンと一緒に立ち上がって少しにやにやしながらこう言った――――「先生は、先生と付き合ってるんですか?」――――なるほど、昔から女の子たちはこの手の話が好きだったなと思いながら。
「授業中には不適切な質問だね」
苦笑しながら指摘すると、だってみんな気になってるんですとブラウンが言う。そしてその言葉に合わせてクラスにいる女の子のほとんどがこくこくと頷くものだからルーピンはしまいには嘆息して「そうだね」とと自分がどのような関係であるかを説明しなくてはならなくなった。

「彼女は僕の親友だよ――――、学生時代からのね」に同じことを聞いても同じ答えが返ってくるだろうし、もしも疑うのだったらスネイプ先生にも聞いてみなさい、彼も私たちのことは知っているはずだから。と付け加え、さっさと杖の振り方を教えることにする。
どうにもこのような話は昔から苦手だった――――、その話が自分にふりかかればふりかかるほどに。
「さあ、杖をかまえて。余計なことを考えていると失敗してしまうよ」

はルーピンにとってかけがえのない友で、唯一無二の存在だった。今も昔も変わりなく。
それはにとってもきっと同じである。同じでなくてはいけない。
友達や親友という言葉でくくるのはとても安心できる境界線だったからだ。彼らは同じ人間でありながらも陰と陽で分けられている――――そう、男と女というもので。
生物の中でこれほど複雑にできあがってる種族もそうはいない。動物は繁殖するために陰陽わけられ、交尾し、種族を繁栄させていく――――大昔から変わらず生きるための基本としてそれ遺伝子はどんな動物にも備わっている、人間だってそうだ。
男と女、寄り添って伴侶を伴い、繁栄させていく。
他の動物と異なるのは、そこに感情があるかないかだ。だからこそ、人は異性間にも友情を形成することができる。
たったひとりを愛する愛とは異なる、家族や友人に向ける愛を分け隔てて接することができるのは人間だけだ。
人は自らの母や娘を女として囲うことはしないのだから。

けれども本能で人間はそれを嗅ぎ分け、知っている。
友を恋に転化させるブレーキは存在しないも同然だ――――本能で当たり前なのだと感じているから。
だから本当に異性間で友情が成立することができる人間はどこか本能という心理から逸脱しているのだ――――私のように。
ルーピンは杖をぎこちなく振る生徒たちをぐるりと見回した。いくばくか不自然さが残るにしても着実に確実に習得していける範囲のものだと知ると安心して教壇へ向かう。
そう、私は普通の人間から逸脱した存在だ。
それは本来ブーレキを無視する本能をさらに包み込んで絶対のストッパーとなっていた。

私は恋をしない、誰かを愛さない――――そして誰とも平行に優しく、親しくいるのだ。
そうする限り、誰も同じものを返してくれるのだから。







「私とルーピン先生の関係、ですって?」
は吟詠魔法教師にあるまじき素っ頓狂な声をあげて生徒に目を向けた――――にやにや笑いを隠さない、ハッフルパフのハンナアボットに。
「そうです。先生とルーピン先生がまるで恋人同士のように親しげに見えるんです」
楽器の音色だけが響いていた静かな教室はその楽器の音色さえすべて止めている。楽器を奏でる者たちの手は止まり、興味津々と言わんばかりにハンナとの間に視線を彷徨わせているのだから。
ああ、これじゃあ授業になんないじゃないの。と思い、は半ば諦めたようにその手にしていた銀のハープから手を離した。
「私とルーピン先生は恋人同士じゃなくて、友達同士なのよ」
これはやルーピンにとって至極当たり前のこの回答なのだけれど、でもそれでも生徒たちは納得ではないとでも言わんばかりの表情でを見る。まるで大人はみんな嘘つきだから信じられないとでも言うのか、それとも男と女の間に友情だなんて存在しないと思っているのか、どちらか。

「男の人とずっと友達なんて、おかしいですよ」
誰かがぽそりと呟いた。それが誰だかわからないけど、でもドキリと胸を刺すような言葉だった。何故ドキリとしたのか、その意味さえも眉を顰めてしまうほどで、はなんだかよくわかってはいなかった。
「大人になれば、わかるときがくるわよ」
「えー、なんですか、それ」
ハンナがぷくりと頬を膨らませた。はくすくすと苦笑して、もう一度その手にハープを抱える。

「ルーピンは私を親友と思っているし、彼がそう思う限りは私はそれ以外のなにものでもないの」

はて、言ってみてからこれはおかしいのではないかと少しばかり感じる、けれどそれを無視しては言葉を続けた。
「さ、琴を奏でる手が止まっていてはセイレーンの歌を得られないわよ、続けて」
まるで、ルーピンの思いが少しでも動きを見せるのを、待っているような。そんな。

惑わすように、部屋中セイレーンの歌がぎこちなく飛び交う。
見上げた窓、白昼の空には欠けた月が白くあった。
満月は、まだ遠い。






 
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2004/12/11   アラナミ