ここに、一枚の写真がある。
私たちは笑っている。
手を振り、微笑み、笑いあい、手を取り合い、お互いを信じて、お互いを敬い、時に怒り、時に涙し、子供であった時の多くの時間を共有し、過ごしてきた証だ。

鷲色の髪の小柄な男の子。
隣に輝かしい笑顔でいる黒髪の。
挟んで向こう、金髪のふっくらした男の子がいて、その隣に私。
そして真ん中にひどいくせっ毛の彼と、赤毛で緑色の目を持つ可愛い彼女がいて。



この写真は幸せだった頃のまま時を止め、未来に手を振り続ける。






 メモリアルワールド





写真の中のこの子達は私に手を振るけれど、笑いかけるけれど、  言葉を交わすことはできない。
なぞった指先に、くすぐったそうに笑ったり、逃げたりするけれど、  なにかを伝え合うことはできない。

それは当たり前のことなのだけれども。
(だってこの四角い枠の中に入っているのは"彼ら"ではない、"彼らの記憶"だ)

私は今を生きる現実の人間で、決して記憶の人ではない。
記憶の私は記憶の彼らと共に写真の中に納まって笑っている。



「根をつめるのは、身体に毒だよ」
ふわりとした気配が部屋にもたらされた。
変わらぬ優しさを持って成長した私と同じ、現実のものである彼は甘いかおりを漂わせてやってきた。
そして次に温かな紅茶の香りが、鼻先を掠める。

「リーマス」
「君はなんでも一気に片そうとするから、少し息を抜くことを考えなくてはいけないよ」
「……………そうね」
私は静かに羊皮紙を滑らしていた羽ペンを止めて置いた。
つらつらと何メートル、何十メートルと重なった羊皮紙は、机の上に収まらずに床に落ちてたゆたっている。

「お茶をしよう」
リーマスは指先で促して右側へ私を向かせる。
用意周到に用意されたテーブルに、紅茶も茶菓子もなにもかもが待ち構えて座るものだけをゆっくりと誘っている。
「ええ」

こうしてふたりだけでお茶を交わすようになってしまってから、いったいどれほど経ったのだろうか。
「今度はどんな話を?」
リーマスはチョコレートをほおばり、それから私に向かってゆっくりと聞いた。
"世界で一番ふざけた本"あれは傑作だった、とリーマスは微笑んだ。
あれは昔の話だ。学生のとき書き連ねた日記を元にして書いた、どこまでもふざけたばかげた話……だけどなによりいとおしい。
リーマスは変わらず柔らかく微笑んで、だけど確実に時間と共に経過して変わっていった笑顔を見せた。

変わりたくなどなかった。
あのまま時を止めてしまいたかった。
だけど私も時間を流れ、変化し続けている。

「今度は…思い出を追い求めている女の子の話よ…シリアスで、ダークで、ネガティブだわ」
「それは………随分な話だね」
リーマスは困ったように苦笑した、きっと、わかってる。
わかってないはずがない、だって彼はこんなにも同じ時を共有してきた。

「………いつか、ポジティブに考えてゆけるようにしていくつもりだわ」

温かな紅茶に口をつけた。
流れ込むそれはまるで私に命の息吹を吹き込むような神聖さとぬくもりを抱かせていったような気がした。




私はまだ、捕えられている。
過去から動き出せないでいるし、思い出と記憶に縋りついて嗚咽している。



好きだった。
あの戯けた毎日が、人たちが、みんな。
好きで好きでたまらなかった。



たとえ時が流れ続けても、同じ時を生きれるのならばそれでよかった。
途絶えて消えてしまったものを、私は追いかける勇気がない。
立ち止まって後ろを見つめた。
戻らない時に手を伸ばし続けた。

その手に、手を絡めて私を連れてったのはだぁれ。

ただひとり、残されたわけではなかった。
一緒に、時を共有する人……これからも。


は充分、ポジティブだと思うよ」
リーマスは変わらず昔のように笑う。
私はまだ、ぎこちなくしか笑えない。

いつか、いつかきっと。


戯る時間を取り戻すように、笑えたらいいと、思う。






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これ2周年企画で書いたけど気に入んなくてお蔵入りした奴です。
アッハ

2004/7/19 アラナミ