スタンドバイミー






「こんばんわ、先生」
夜の帳をすり抜けて、は毎夜やってくる。
寮を抜け出し、暗い廊下を通り、誰の目も触れることなく彼の―――闇の魔術に対する防衛術の教師が与えられている、個室へ。
……」
リーマスルーピンは静かに開いたドアの方へと視線をよこした。
咎めたりなどはしない。たとえそれが教師としてあるまじき行為だとしても、だ。
彼女がこうして尋ねてきてくれるのは嬉しいことだったし、なにより彼女を自らの恋人としてしまったことはもうすでに教師にあってはならないことだ。
もしも彼が責任を求められたら、逃げることなく腹をくくり、殉じて罰を受ける覚悟もある。
けれど決して彼女を放さないし、自ら離れるなんてことはしない。
愛しているからね。

「はやく入りなさい」
夜は決して温かくもなく、適度に涼しいわけではない。
彼女に風邪をひかせるのは忍びないだろう?
「おじゃまします」
ふわりと風が揺れた、そしてフローラルな香りが鼻先を掠めた。
彼女の使っている石鹸の香りだ…確かめたことはないけれど。

「いつもどおり、ミルクをたっぷり、砂糖がふたつでよかったかな」
杖を振ってカップをふたつ出す、やかんはあんまりだという彼女のために揃えたシンプルな白のペアティーセットだ。
カップの中は熱い紅茶がそそがれて大きく湯気がたっている。
素晴らしくなめらかで優しい色のロイヤルミルクティーだ。
「ええ。先生はやっぱり、おさとうたっぷりなのね?」にこにこと笑いながらは紅茶に口をつけた。
「気をつけて」向けられた笑顔が返事の代わりだ。
もっとも、もしも彼女が火傷を負ったとしても、私自ら治療にかかるけれど。
いつまで経っても恥ずかしがりなのその唇に触れる口実があれば、なんでもよかった。
(でもやっぱり彼女が熱かったり痛かったりするのは嫌だ)

「今日の変身術の授業で、アニメーガスのことについて勉強したの」
マクゴナガル先生もアニメーガスだったのね、と言いながらは差し出されたチョコに手を伸ばした。
甘いお菓子と紅茶をもって、私たちは毎夜おしゃべりの時間を楽しむ。
生徒は生徒、先生は先生…とやはり過ごす時間は限られ分けられているものだから、当然その日その日の互いの行動を把握しているわけもなく、こうして茶会など設けて話さないと知るどころか言葉を交わす時間もなく一日が終わってしまうこともあるのだから。
「そうかい」
リーマスはこの時間がとても好きだった。
自分のために今日あった出来事を話してくれる
ゆるやかで穏やかな時間だ。
一日の中で一番落ち着く、安らぎの時間。
とても短く、とても充実した、茶会。




とろんとまぶたの落ちかけたの目を見て、リーマスは小さく微笑し、「もうそろそろおやすみなさい」と告げた。
「まだ、眠くないわ」
嘘である。その目や、声を聞いてしまったら、しっかりとわかってしまうのに……。
「ダメだよ、明日も授業あるのだから、今日が終わってしまう前におやすみなさい」
リーマスは軽く杖を振り、ティーセットを消し去った。
茶会はもうお開き、さあ完全に眠くなってしまう前にお帰りなさい、そう言っているようだった。

「もっと話したい…一緒にいたいのに」
は小さくむくれ、上目遣いに強請るようにリーマスを見た。
これはこれは随分挑戦的だなぁとリーマスは思った。思っただけだ。
まだ若い、彼女と同い年くらいの少年であるならば、口に出すどころか行動にすら表してしまったんではないのだろうかと思う。
だけど自分は男である前に教師で、大人だった。
がそれを無意識にやっているのも知っていたし、いわゆる"そういう"意味などこれっぽっちもないとわかっていたのでリーマスは彼女の額に軽くくちづけて「ダメだよ」と呟いた。

「…子供扱いしないで」
だけどリーマスのした行動はをたしなめるどころかますますむくれさせてしまったらしい。
しかも、今のところ彼女が一番気にしている、年の差という鬼門をつついてしまったらしい。
「そんなことないよ」
「うそつき」
ああ、は完全に拗ねてしまったようだよ。
くるりとリーマスには背を向け、視線は完全にあさっての方だ。
(だけど意識はきっとこちらに全集中しているにちがいない)
「してないよ、
本当だよと近づいて、背中に手をまわす。
頬にキスを落とし、「愛してる」と言って彼女の唇にくちづけた。
愛してるというには軽すぎる、フレンチなキスだっだけれど。

「本当ね?」
「ああ」
はじゃあいいわ、許してあげると笑い、リーマスの胸に顔をうずめた。
抱きしめられる心地よさを感じているらしい。
いや、でも、これは少しまずいのではないか。
胸の中の少女は普通の人よりも少し体温を高くして、ぴったりしリーマスに寄り添っている。
つまりあれだ、これは、子供特有の…いや、人特有の、眠くなると体温が高くなるという。

「ここで眠っちゃだめだってわかってる?」
「ん…いや。今日は先生と寝る」
甘えた声、大好きなものを抱きしめるような優しい懇願だ。
だけれどリーマスは困ったように笑い、「ダメだよ」と言う。
「どうして?」
「自分の部屋で寝なさい」
「また、子ども扱いする!」
問い掛けるを、たしなめるように言うから、はまた拗ねてしまうのだ。
わかっていて、それでもなお言わずにはいれないことだったのだけれど。
「子ども扱いなんて…」
「してるわ!!」
強くまっすぐとした目がリーマスを真正面から捉えた。
それは紛れもなく穢れをしらない子供であるがゆえに持てる真摯さで、純粋さだとリーマスは思った。
子ども扱いなどしていないというが、本当のところリーマスはやっぱりをどこか子ども扱いしてる。
恋人である前に大人と子供。
まだその相関から抜け出すことが出来ないでいるのだから、は神経質に過敏に反応するし、リーマスだっていつまでも直せないままでいる。

「……そうだね、しているかもね」
いっそ肯定してしまえば、彼女は潔く帰ってくれるだろうかと考えた。
もちろんそれはリーマスのひとりよがりで、自分勝手な想像でしかなかったのだけれど。
目の前のはショックを受けた、という顔を隠しもせずリーマスを見つめた。
いや、隠さないのではなく、隠せなかったのかもしれない。
子供であるというゆえに、子供扱いされる理不尽さ。
それはリーマスとを結びつける相関が、教師と生徒、そして大人と子供であるだけならば、こんなにも彼女の心を締め付けることはなかっただろうに。
「私、先生が好きよ」
「知っているよ」
ふたりを結びつけるものは恋人同士という甘い関係だ。
根底にあのような、大人と子供、教師と生徒、そんな関係はあって、でもふたりは恋人同士なのだ。
同等で、同じで、変わらない。そのはずなのに。
「ひどい」
の目に、少なからずの涙が滲んだのを見て、リーマスは少し心が痛んだ。
だけどリーマスはまだ、に告げることがある。

「ひどいのは、君のほうだ」
の頬に手をかけ、真剣に見つめる。
その瞳がすべて語ればいいと、思わせるくらいのもの。
は言葉が出なかった、あまりに彼が真剣だったからだ。
「君は私を、なんだと思っている?」
「せん……」
先生、といおうとしたの唇をその指で辿ってリーマスは塞いだ。
「先生じゃない、恋人だろう?」
はこくりと頷いた。
そしてそう言ったリーマスの目が一瞬、どこか寂しそうで切なそうだったのも見てしまっていた。

「そして私が君の恋人である前にひとりの人間で、ひとりの男だということを君にわかってもらいたい」

言いながらまぶたにキスをおとすリーマスはとても気障だった、だけど紳士だった。
肩にかけられた手は、背中にまわり、背骨にそって腰へむかう。
ゆっくりと抱き寄せられる、あたたかい。
「愛しているよ」
そしてその言葉に相応しい、深いまじわりを持ったキスをした。
唇を割って入った舌にははじめびくりと身を震わせた。
舌ははじめゆるゆると探るようにの口内を探っていった。だけどとても優しかった。
慣れないディープキスに呼吸を乱しながら、数分と時間はたち、だんだんとの緊張はほぐれ、落ち着いてきた。
ふいに恐る恐る反応を示すように、の舌がリーマスの舌と触れ合った。
まるで初めましてこんにちは、と挨拶するような。
だけどリーマスはそれを軽く返すことはせず、貪るように激しく、そのくちびるを吸い取り、口内を掻き乱した。
の苦しそうな声があがる。・・・熱い息も。


数分の格闘にも似た貪りあいは、本当にもうの腰が抜けてしまうくらいになってやっと解放された。
「君を、私のものにしたいと思うよ」すべて。
その言葉は濃厚なキスにぼけっとさせられていたの耳にもハッキリと伝わり、そして脳内にも素早く到達した。
「…つまり、それって―――」
みなを言うまでもなくの顔が真っ赤に染まる。
きっとリーマスの言いたいことは想像がついているのだろう。
だけどリーマスはキチンと自分のくちから伝え、理解し、そして知ってもらいたかった。
「君を抱きたい。もちろんそれは、抱きしめたいとか、そういう意味ではなく、セックスしたいという意味だよ」
の身体はびくりと揺れた、少し怖がらせてしまったと思ったが、リーマスは止めることなく言葉を続ける。
「こんなにも愛しい君がここにいて、私はこれでも必死に理性を保たせているんだよ」
一緒に眠るだなんて、軽々しく口にしないでくれ。
「それとも、これは私の杞憂で、君は誘っていたのかい?」
はこれでもかというくらい頭を左右にブンブン振り、顔を真っ赤にさせて「ちがうわ」と叫んだ。
…そこまで否定しなくてもいいとおもうのだけれどなぁ。

「そう、違うんだね。でも私は君が思うほどに紳士じゃないから、一緒には眠れない」
それこそ、なにをしてしまうかもわからないからね。
リーマスはまるで冗談を言うみたいに笑った。いつもの顔だ。
は少しだけ安心した。
そしてごめんなさいとありがとうの気持ちをこめて、自分からリーマスの唇へとキスを送った。

「私、今日は部屋に帰ります」わがまま言ってごめんなさい。
はリーマスの腕の中から離れ、この部屋の入り口であるドアに向かいはじめた。
リーマスはそれを目で追い見送る。
「おやすみ、私の愛しい君」
「おやすみなさい……」


優しいおやすみのキスを、お互いの頬へ送る。
今はそれでいい。

傍にいたいと思う、名残雪の淡さのような優しい気持ちを大切に抱いてゆきたいから、今だけは。
心も身体も大人になって、二度と離れることができないくらい君が私を愛してくれるまで、待っていられるから。














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大人で紳士そうなルーピン先生……
子供の頃は意外と据え膳喰わぬは…な人なのかなあと想像を膨らませています。
そのうちそんな話を書きたい……

2004/10/8        アラナミ