ニコチンの味したキスを重ねるたびに、私はもっと口寂しくなった。






     愛 で と ど め を







「おいしくないよ」
「はははは…」
 ニコチンの味のキスをしてくるサンジにそういうと、サンジは困ったように乾いた笑いを寄越してくれる。だからタバコちょうだいと手をだせば、貪るようなキスをくれるので、私はそれに乗じて本当はキスをねだっているのだと、そう思って、そんな自分を浅ましく思った。


 相変わらずサンジはタバコをくれない。

 匂いがついてしまうだとか、身体に悪いだとか、なにかと理由をつけては絶対にそれを渡そうとしないので、私も躍起になってしまっているフシがあると思う。そしてサンジは相変わらずあの調子でオンナノコには誰にでも優しいし、誰にでも笑いかけるので私の心中も穏やかではなかった。誰もが全員サンジの言葉を鵜呑みにするわけがなく、ましてや本気に取るわけもなく、ちゃんと軽く受け流しているにもかかわらず、私は筋違いな感情を持ってそれを見ていた。

 おかしいよね。お前はサンジのなんなんだって言われたら、仲間としか言いようのない関係の私が、こんなふうに思うなんて。

 そうやって私は私を追い詰めてイライラしてどうしようもなくさみしくなって、サンジにタバコをねだるのだ。…つまり、キスをねだるのだ。


「タバコ、吸いたい」
 そう、ニコチン味のキスを重ねるたびに、口寂しくなるわけだから、本当はすごく悪循環なのはわかってる。それなのにタバコなんて吸ったらもっとひどくなるような気がするのも、気のせいなんかじゃないって思うけど。…私はサンジの香りをまといたくってタバコをねだるのね、きっと。
 でも吸ったら、もっとひどくなりそうな気もするけど…それに縋るような心理はもう、伸ばす手を止められることなんかできそうにない。

「タバコ、ちょうだい」
キスをして、ちょうだい。

「これで、ガマンしてくれよ」
 あわさったクチビルに、舌が触れ合って。ねっとりとした感触のくせに、やけにそれは優しく感じられる。触れ合った舌と舌から広がる苦味。決しておいしいわけではないソレ。まるでタバコの代わりだと言うようにサンジはくちづけて私にソレを与えてく。

 ニコチンが欲しいわけではないあたしは、サンジが欲しいあたしは、そのキスを、慎ましやかに受け取った。ニコチンが、おいしいわけでは決してない。だけどその苦味と煙くささのその奥にある痺れるような甘さ。ひどく私を縛り付けてやまないの。











 ある天気のよい日、立ち寄った春島で、私たちは久しぶりの買い出しに出かけた。みんながみんなそれぞれの買い物に行く中、私はナミとロビンと、一番初めに服を見て回った。それからナミは隣の高級服店へひやかしに入って行き、ロビンは古本屋に行くといって別れ、私は一人で春の街を穏やかに歩いていた。
 その島にはその島の、その街にはその街の風土や伝統がある。自分が生まれ育った街以外の街を歩くことは、とてもおもしろかった。だからというのも可笑しいけれど、なんとなく立ち寄った雑貨屋の隅で、なんとなく見つけてしまったサンジと同じ銘柄のタバコを、つい、買ってしまった。

 なんであんなにもサンジはあたしにタバコを吸わせないのかとか、1本くらいいいじゃないとか、そんな他愛もないことを思って。

 久しぶりに咥えたタバコを自分の視界からまじまじと見つめて。舌にちょっぴりついたニコチンの苦味に、ふいにキスをするときのサンジの顔を思い出してしまった。…そしてサンジの舌から伝わるニコチンの味を思い出してしまったの。

 ああ……
「バカみたい」

 咥えたタバコを折って、箱のまんま握りつぶして、私はタバコを捨てた。なんでか私、すごくみじめだった。








「ただいまー」
 船長を筆頭にぞろぞろと帰ってきた男達は、その手にたくさんの荷物を持っていた。食材と、それから、途中で会ったナミとロビンの荷物、といったところか。
「おかえり」
「あれ、アンタいないと思ったら先に帰ってたの」
「うん」
私はナミに笑いかけ、ついさきほどまで一緒に戯れていたチョッパーを胸に抱き、適当にデッキに座り込んだ。ぽかぽかする春の日差しは心地がいいのに、なぜだか少し肌寒い気がするのはなんでだろうか。

、」
 いとおしい声に呼ばれて、私は顔をあげる。サンジはゆっくりと私に歩み寄る反面、その表情はなんでか腑に落ちないような、そんな表情だった。
「?」
 座り込んだ私の目の前にサンジは立ち、そしてその胸ポケットから白い四角い箱を取り出すのだ。サンジの、タバコを。
「吸ってみるかい?」

 ゆっくりと目の前に出されるタバコ。そして決して私を見ないサンジの目。

 そんなに、吸ってほしくないと思うなら、言わなければいい。そう思うのに。

「タバコは身体に悪いんだぞっ!」
 腕の中反論するように暴れ出す小さな名医に同意するわけじゃないけど、でも。
「いらないわ」
 私は首を振ってやんわりとそれを断った。

 いつもいつも吸いたいとねだっていたのは私。吸ってもいいよと言うサンジの申し出を断る私。なんて矛盾してるって、貴方は不思議に思うこでしょうに。

 面食らって目をまるくさせた貴方に、私はにっこりと笑いかけて、それから。



「キスして、サンジ」



 タバコって中毒性があるわよね。あのニコチンの味がたまらなくって止まらないって。私は、あなたの舌から伝わるニコチンの苦味に、中毒になってしまったのよ。
 だからそっと、オネガイ。


 戸惑うようにサンジは私を見るから、寂しくなった胸を抑えて、私はいうの。

「口寂しいときは、してくれるんでしょ?」

 優しさにつけこむ私はそれはさぞ、ひどいオンナなんでしょう。でも好きなの。クチビルを、触れ合わせて欲しいの。



 そしてゆっくりとしたはやさで、口に広がるニコチンの苦味。…サンジの、味。



 海に浮かんだゴーイングメリー号の上の出来事。溺れる私の海は貴方。喫水線は、頭の上を指し続けてやまないわ。溺れ死んでも止まらない。

 優しさか同情か蔑みか、なんでも。愛でとどめをさしてくれたらいいのに。






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2004/2/9
2017/7/27 加筆修正 ナミコ