気を引きたい
「やっほー、ゾロ。相も変わらず精がでるわねぇ」
船の甲板で素振りをしているゾロにはにこやかに近寄っていった。あまりにあっけなく言葉を交わしただけの名残惜しさと視線を背中で感じるが、はそ知らぬふりでゾロに声をかける。
「あー?」
「精が出るわねっつってんの!」
「…………」
汗を拭いながらゾロは訝しげにを一瞥した。鋭い眼光はなにもかもを見透かしているようで、は少したじろぎそうになるが、それを押しとどめてもう一歩近付いた。
「……アホコックが見てっぞ」
「しってるー」
「後で文句言われんのは俺なんだよ、てめーらの問題をこっちに持ち込むんじゃねぇ」
「私たちの問題って、サンジとそんな関係になった覚えはないのよねえ…なりたいんだけどねぇ」
「んで、気を引くために俺を当て馬にするってか?……いい迷惑だ」
ちくちく刺さる視線を感じながら、はゾロの隣りに並ぶ。サンジの方に視線を向けないよう意識をしながら、手ぬぐいで丁寧に汗を拭っていくゾロの横顔を見た。丹精な強面と視線が交わる。
「アホコックの気を引きたいなんて、お前の気が知れねぇ」
「なんで?スッゴイ素敵じゃない、紳士で男前で」
「どこがだよ」
「全部」
「へいへい、盲目なことで」
ゾロは鼻で笑ったけれど、は嫌な感じはしなかった。あばたもえくぼ並に盲目に恋に溺れていることは自身よく分かりきっていた。だから自分で自分を笑ったそれは、少し自嘲気味になってしまったことは否めない。
軽く楽しげだった空気が、それで少し沈んだ気がするし、それに気が付いたゾロも少しバツが悪そうに肩を竦めた。
「なあ」
「なーにー?」
チョイチョイと、手招きされては顔を近づけた。耳元に、内緒話をするように口を近付けゾロは一言こういった。
「無駄な努力だと思うぜ?」
「はー?一体全体どういう意味よ」
思わず眉が釣り上がりそうになるを覆い隠すように、船の縁へと押し付けられる。逃げ場がなくなるよう腕と腕の間に挟まれ、近付く身体におののいた。
「なによ」
「まー見てろって。大人しくしてりゃあの欲しいモン、すぐ転がり落ちてくんぞ」
「……」
なにもかもを見透かしているかのように、鉄をも切り落とす剣豪は不敵に笑った。黙ってはその顔を見上げていると、ガタンゴトンと壮大な物音を立てて文字通り転げ落ちてくる愛しいコック様の姿が見えた。怒っているのか、焦っているのか、わからない。けれど、眉間に皺を寄せてこちらに近付いてくる顔はひどく深刻そうに見えた。
「なにしてんだよ」
詰め寄られる前に一歩早く、ゾロは身体を引いてから離れた。すると必然的にとサンジは対峙してしまったので、困った顔でゾロに視線を動かした。呆れ顔のゾロは顎をしゃくってに発破をかけたが、眉間の皺がいまだに引っ込むことないサンジを見ると、言いたい言葉も出口を失ったように出てこなかった。
「……お前らまさか、そーゆー…」
「ち、」
「ちがーよ」
こんがらがりそうになる糸をばっさり切ったのはゾロだった。めんどくさそうに頬をかき、無表情を顔に貼り付けたまま、言葉を続ける。
「お前らさっさとくっついちまえ」
ゾロの言葉に、先程の「無駄な努力」がリンクして、見る見るの頬は熱くなってった。意味も意図も全て理解したは言葉を失い、お役御免とばかりに背を向けるゾロの後ろ姿を見送った。少し、釈然としない様子のサンジはもの言いたげにこちらを見ているが、言い出すキッカケを掴めないようで、それだけだった。
「………なにか、冷たいモンでも飲む、か?」
「えっ?………い、いらない…」
ぎこちなく答えるはサンジの顔をまともに見れずにいた。だって今、の顔は驚くほどに熱を持っている。目を合わせたらこの気持ちもばれてしまう…いや、ゾロの思惑から推理するに、ばれてもいいんだけど、あえて言うならば、好きすぎて目もあわせられない……まさにそれだ!
「ちゃん?」
覗き込むサンジの顔をまともに見れなくて、は反射的にそっぽを向いた。それをサンジは追いかけてまた覗く、逃げる、を延々と繰り返していた。終わりどころのない応酬に苛立ちを覚えたのか、終止符を打つべくサンジはの肩を掴んだ。固定された肩を掴む腕の力は強く、は振り切ることができない。だからせいいっぱい顔を逸らして、口をぎゅっと引き結んだ。
「近付くと逃げるのは、…俺を意識してるから?」
耳元で聞こえる掠れた甘い声に、心臓の音が激しく高鳴る。ほんの少しだけ、盗み見るようにサンジの表情を窺った。ほんのすこし、柔らかいような、嬉しそうなような、そんな表情で、は(ああ、ばれてる…)と、混乱した頭で思った。
緊張も相まってガクガクの足はついに腰を抜けさせ、その場にへたりこみそうになるとサンジがさっとを抱きかかえ、逃れようもないまっ正面から顔をつき合わせる事になった。
「自惚れさせてくれよ」
唇が触れそうなくらい近くでサンジは呟いて、は眩暈を覚えた。吹っ飛びそうになる意識をどうにか抑えているうちに、サンジは素早くの唇を奪っていった。おかげさまでの意識は一瞬でぶっ飛んだ。激しい動悸、息切れ、眩暈。どうしようもなくって必死にサンジにしがみ付けば、ただただ嬉しそうに笑ってて。
「い、いじわる!」
そんなの非難も、サンジは嬉しそうに聞いていたのだった。
2017/7/27 ナミコ