It's raining cats and dogs !!




朝のどしゃぶりが嘘のように止んで、あまつさえ雲の隙間から青空と太陽の光さえ見え始めた。
だけど油断はならない。
そのさらに向こうの雲は朝より一層黒い雲が佇んでいるのだから。

「ジャージ、どうもありがとう越前君」
にこりと作り笑いして、帰り際に話かけた。
だって無視するわけにはいかないでしょう。
ついでに言うならこのまま帰るわけにもいかないでしょう。
人としての礼儀があるというのなら、例え苦手でも最低限の言葉のキャッチボールくらいは…!!

「別に」
と、私を見ることすらしないでカバンの中にいろいろ詰め込んでいる様子の彼。
酷い。
私の折角の作り笑い…そして名前覚えたのに…って、どうでもいいか、そんなこと。
さっさと言うことだけ言って、私帰りたいのだから。
クラスメイトといわず学校中の人の視線が痛い日だったから、今日は。
に聞かされた越前君のこととテニス部のこと。
そんなに有名な人から借りた、有名な青学テニス部レギュラージャージを、私なんかが袖を通しているということだけで恐れ多い。
なんであいつが着ているんだという好奇の視線と嫉妬の視線も痛かった。

「これ、洗って明日返すから」
だから、じゃあ、また明日ね。と作り笑いが半ば苦笑いになりつつも、手を振って急ぎ足で教室を駆け出した。
濡れた制服は手さげ袋。
教室前に置いてある傘たてから傘を取って、それからはもう駆け足で昇降口へ。
くつしただって濡れていたから素足で履いた運動靴。
生乾きで冷たくて気持ち悪い。
ひやっと背中に走る悪寒を感じつつも駆け出そうと足を踏み出す。
「ちょっと待って」
掴まれた手に、前へ走り出そうとした身体はぐい、と引っ張られて体制を崩す。
「う、わぁっ!?」
倒れる!と思って目を瞑ったら、思いの外軽い音と肩に柔らかな衝撃。
あ・れ?
ゆっくりと目を開けて振り返ればそこには超至近距離の男の子の顔!
ぎゃあ!!
「ごごごごご、ごめんなさい、すいません!」
慌てて口から出たのは謝罪の言葉。
「べつに、アンタ悪くないじゃん」という言葉に、よくよく考えたら確かに私はなにも悪くないのだと気付く。
「そうだね……」と同意して、それから少しの間があってそれが越前君だと気付く。
う、わぁ。
一歩引いてつかまれた手をやんわりと振り払って彼を見た。

「別に洗わなくていいよ」
「えっ?だ、ダメだって、ちゃんと洗う!」
「いいってば」
「ダメだってば、濡れちゃったし、着ちゃったし、洗わなきゃ!だめ!」
「明日部活で使うかもしれないし、」
「だったらなおさら!」
「だから自分で洗う」
「それじゃなんか悪いじゃん!」
「いいって」
「ダメだって!」
「いい」
「ダメ」
「いい」
「ダメ!」
・・・・・・・・・

続く押し問答に、どんどんと顔が近づいていたことに気が付く。
ハッとなった私は慌てて顔を離して踵を返した。
「届けるからっ!」
言って駆け出した。
空の晴れ間が消えたころ走り出した私は、ノンストップで自分の家まで駆け抜ける。
あがる息に肺が苦しくなって、辿り着いた家の門前で息を整えた。
ハァ、ハァ、と運動の苦手な私は息を切らせてぐったりと下のアスファルトを見つめた。
ぽつ、ぽつとまた雨が降り始める。
頭皮に落ちた雨の雫が汗と一緒に混ざる。
どしゃぶりになる前に洗って乾かして届けなきゃ。
そう思って整いきれない息を飲み込んで私は顔をあげる。
門に手をかけた私はふいに横に立っていた影に気付いてそちらを見る。

「そんなに意地にならなくてもいいのに」
ため息をついて私を見る………越前君。
私は手に持っていた手さげ袋を思わず落とした。
朝の名残りの水溜りに直下して、手さげ袋に雨が滲む。
「落としたよ」
ぽつぽつと降る雨が私と彼と手さげ袋に落ちてった。
「…………なんで」
なんでって、なにが。と自分でも言いたくなるような言葉だけど、なんで。
息ひとつあがっていない彼を見て、一瞬どこでもドアとか瞬間移動とか有り得ない発想が私の頭を駆け巡ったけど、それは彼の言葉にすぐに掻き消される。
「追いかけてきた」
しょせんは、青学誇るテニス部レギュラーと、運動音痴な典型的文系パンピーとの体力の差というものでしょうか。
そうなのでしょうか。
というか、こうなった以上、私にどうしろというのですか?
?」
どうにも動くこともできず、私はただ目の前の彼を見つめることしか出来なかった…のですよ。
降り続ける雨はだんだん強くなるというのに。
落ちた手さげ袋はどんどん水を吸うというのに。

ガチャッ、とドアの開く音。
「新聞、新聞………って、、なにしてるの?」
お母さんの訝しげな目。
私は黙ったままお母さんに目で訴えかける……けどあっさりとかわされて、お母さんの視線は越前君に。
、その子は?」
私は答えようと口を開けるが、どう言っていいかわからなくてそのまま眉を潜めて斜め下に視線をやった。
わずかばかり首を傾げたところで、「クラスメイトの越前リョーマっす」と彼が喋ったのを聞いた。
「とりあえず、2人とも中に入りなさい。雨降ってるし……」
手招かれて軽くお辞儀した越前君を見て、私はえぇ?とひとりゴチた。

ゴゥンゴゥン回る洗濯機。
制服とジャージがその中で回ってる。
着替えた私はタオルを頭にリビングへ向かった。
そのまんま部屋に閉じこもりたい衝動に駆られたけど、クラスメイト…しかも男の子と自分の母親を一緒にさせるなんてこと、恥ずかしくて恐かった。
キィ、と重々しく開いたリビングの扉。
緑茶の香りが漂って、それから真正面のソファにはお母さんが。
その真正面の手前に後姿の越前君が。
楽しそうに話してるらしい気配があって、私はなんだかなーと思いつつもダイニングへ向かった。
私は緑茶より牛乳のほうがいいんだ、もう少し背ぇ伸ばしたいし。
開いた冷蔵庫の扉。
開きに収まる牛乳をを手に取ったところで後ろから聞こえた声に、私は思わずそれを取り落としそうになる。
を、オレにください」

はぁ、アナタ、今、なんて言いました?

私が顔を向けるそちらでは、真剣な顔で話しているらしいお母さんと越前君。
だけどすぐにお母さんの顔が綻んで笑う。
「いいわよ」
ちょっと待ったーーー!
声にならない叫び。
今日で一体何回目だろうかわからない。
こちらを向いてにっこりと笑う越前君に、今度は本当に牛乳を落として床中にぶちまけた。


その後からかかってきた電話で私はあらかたの真実を知ることになる。
越前君が前から私のことを好きだったこと。
男の子嫌いの私に近づく方法を探していたこと。
それをに相談していたこと。

そこまでは少なからず私の心にちょっとしたトキメキを与え、男の子はともかく越前リョーマという人間を見つめなおそうと思えたのに。

ジャージを貸してくれたのは親切心じゃなくて下心で。
いつでも追いつけたくせに家まで追いかけて来たこととか。
あまつさえうちに上がり込んじゃったりするような策士だとか。
うちの大黒柱よりも発言権の強いお母さんを丸め込んじゃうだとか。

なんて思っちゃった私はどこまでも男嫌いなんだなぁ。
結局、私の男嫌いがもっと酷くなったことは、言うまでもない。

「男って、そんなもん」
って言う越前君に、玄関前の帰り際、抱きしめられたとき振り払えなかったのも事実だけど。
苦手なことに、変わりはない。





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1周年企画に乗ってくだすった江野つららさんへ捧ぐ、リョマ夢です
どうもありがとう、江野さん!!
嬉しかったです〜(^▽^)/

ちなみに、It's raining cats and dogs !!は、どしゃぶりだ!という意味です。
大体…そんな感じ。


2003/7/30