あたしはこのごろ俯いてばかりいる。
それは誰でもないジローちゃんのせいだ。





きょうだいのようできょうだいでないものたち・5






前と変わらずにっこりとあたしに笑いかける顔。
あたしはそれから自分の取るべき行動を考えあぐね、唇をまっすぐに噤んだ。
「おはよ〜」
だけどジローちゃんはそれだけ言うと、すぐに男の子たちの輪に入ってお喋りを始めた。
ジローちゃんはあたしから距離を取り始めた。
あたしはその事実に気付かないほど馬鹿でもなければ子供でもない。
まっすぐに噤んだ唇はゆく術もなく、あたしは俯いて自分の席に座った。
あたしの席の後ろで固まってお喋りを続ける男の子たち。
いつもなら、ホームルームギリギリまでジローちゃんとあたしはお喋りしてるのにね。
なんにもやることのなくなってしまったあたしは、手持ち無沙汰にカバンの中をかき回した。

あれから一緒に登校しなくなった。
下校もしなくなっちゃった。
お喋りなんてめったにしないし。
一緒にいる時間が少なくなった。

かきまぜるカバンの中、こつ、とあたった薄いピンクのグロス。
去年の誕生日にジローちゃんから貰ったもの。
昨日のことのように思い出す過去の一日に、あたしは目を細めた。


遠く考える頭の隅に、鳴ったチャイムの音が木霊した。
数学の先生が教室に入ってくる。
あたしはぼけっとしたままで。
それでも今という時は一秒一秒過ぎていて。
ほんのちょっとだって過去に戻ることはできなくて。
ほんの一秒だって今にとどまる事はできなくて。
それでも時が止まることや戻ることを願わずにはいられなくて。
頭を巡る過去の映像と思い出はあたしの胸をぎゅうぎゅうに締め付ける。
つぶれそうに苦しい、苦しい。

あ、ダメだ。
泣きたい。
今すごく泣きたい。
泣きたい、でもダメだ。
泣いちゃダメ。
だってここはあたしの部屋じゃない。
あたしだけなわけじゃない。
みんないるから、ジローちゃんがいるから、泣いちゃダメ。
ダメだってば、

?」
「!」
あたしを覗き込むせんせーの顔。
「具合でも悪いのか?」
「ェエ?」
半オクターブ高く出たあたしの声は、少し掠れてた。
変に思われる!とあたしはさらに縮こまった。
「風邪でもひいたか?体調悪そうじゃないか……」
「……んなこと、ない……です」
俯いてたどたどしく言うあたしの言葉に、せんせーはため息をついたっぽっかった。
今は誰もあたしを気にして欲しくなかった。
普通に無視してくれてよかった。
それなのに。
「芥川、を保健室に連れてってやってくれ」
「……はぁ〜い」

やだ。
やだよ。
今はいやだ。
こんなときのあたしを、ジローちゃんに見られたくない。
ジローちゃんは賢い子だから、きっとわかってしまう。
だからいや。
今はいや。
いやなのに。

、保健室行こ?」
くい、と促すように腕を引かれる。
でもあたしは動かない。
動けない。
動きたくない。
困ったようにため息をつくせんせー。
「…あたし、だいじょ」
「嘘つき」
……うん、嘘だよ。
そうやって、ジローちゃんはすぐあたしの嘘を見破るから。
あたしは熱いものが喉といわずまぶたといわず身体中から込み上げるから、飲み込むのに大変なんだ。

「ホラ、行くよ〜
ぐい、と引かれた手は今度は力強く強引。
勢いにつられて立ち上がってしまったあたしはどうすることもできなくて、ただジローちゃんの後ろをついていった。
つかまれた腕が熱い。
長い保健室までの廊下と階段。
どこか冷やりとした外気に反して、腕だけが熱かった。
腕だけが異常に、熱かったんだよ。
だからあたしは飲み込みきれなかった込み上げてくる熱いものが頬を伝うのを感じた。
すぅっと通ってそれは次の瞬間冷ややかにあたしの頬を冷ましてゆく。
次から次へと零れるそれ。
熱くて、冷めて。
熱くて、冷めて。
「ごめんな〜
前をゆくジローちゃんが、保健室のドアを開けながら申し訳なさそうに呟いた。
入り込んだ保健室。
ピシャリとドアが閉まって、

「…ぅ、 ああああああああん」
それからあたしは堰を切ったかのように大声で泣いてしまった。
馬鹿みたく、子供みたく、駄々をこねるみたく、みっともなく。
流れるって言うのはまさにこのことだと思えるくらい、涙は溢れて止まらなかった。
「うん、ごめんな、
そんなあたしにジローちゃんはひたすらごめんと言ってあたしを抱きしめる。
子供をあやすみたいにぎゅっと抱きしめて頭を撫でる。
ごめんねはあたしの方なのに。
ぎゅうぎゅうに締め付けられる心臓。
もっと苦しくなる。
もっと泣きたくなる。
飲み込めない涙と嗚咽。
あたしはジローちゃんの肩にぎゅっと抱きつくことでそれから逃れられないかと考えた。
でもムリだった。
もっとひどくなった。
締め付ける心臓がつぶれてしまいそうなくらいに。
溢れる涙はあたしの顔も、ブラウスも、ジローちゃんのワイシャツにも、ぽたぽた落ちて濡らして水跡を残す。


泣き喚いて、
泣き喚いて、
泣き喚いて、
大声で、
声が枯れてしまうくらいに、
涙が枯れてしまうくらいに、
泣いて、
泣いて、
泣いて。

ぎゅうぎゅうに締めつけられたちっぽけな心臓の奥底で、キラリと輝く気持ち。

ジローちゃんが好き。

それは今も昔も変わらないのだと、あたしに笑いかけたような気がした。






きょうだいのようできょうだいでないものたち・終
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長いのでここで切ります。
まだ続きますよ☆

ついでのようでアレですが、ジロたんハッピバスデイでした!

2003/5/6