03





「つーか、。お前のカバンさっきからウィンウィンうるさい」
「えー? どうせヤンダだってー」
 面倒臭そうには放りっぱなしだったカバンを手繰り寄せ、携帯電話を取り出した。着信を知らせるランプがチカチカと点滅しているのを確認し、画面を開くとはぞっとした。それもそのはず20件まで収まることが出来る着信履歴がすべてヤンダで埋まっていた。しかも分刻みでかけてきているとなれば余計に。
「束縛しまくる彼氏のような着信履歴…」
「はー?」
「見れば分かる」
 頭を抱えたくなるような気持ちでは携帯を小岩井に渡した。横からジャンボも顔を覗かせて、それから引きつった表情をしてみせた。
「こえーな、なんだこの着信履歴」
「きっとジャンボのもヤンダので履歴埋まってるよ」
「どれどれ………おー…壮観すぎて気持ち悪いな。と思ったらまたかかってきたぞ」
「無視無視、シカトしちゃえばいいよ」
「お前ら出てやれよ」
 うるさいからとでも言いそうな勢いで、小岩井はジャンボの手の中から携帯を奪い取る。通話ボタンを押した小岩井は携帯を耳に押し当て声をだす。
「もしもし…もしもー、あ。切れた」
「あ、今度は私の方にかかってきた…もしもーし」
 まあそろそろ出てやるかな、とはようやく無視し続けていた着信を取ってやる。呆れ顔の小岩井はビールに口をつけこちらを伺っているし、ジャンボといえばまったく興味がないのかよつばとコーンマヨピザを仲良くほお張っている。一応気を使ったは、よいしょと立ち上がり、台所へ向かった。



「ちょっと、さっきからすっげー電話かけてんのになんで出てくれないの?」
「ごめんごめん、気が付かないほどちょー盛り上がってて! 今みんなでピザパー中なんだあ。もう切ってもいい?」
「待って!今から行くから、っーかもう向かってるから。あと5分くらいで着く!」
「ヤンダがいなくても楽しいから別に無理してこなくていいよー」
「無理じゃねーし!」
「でも来るんだったらビールよろしく」
「俺飲まないのに?」
「じゃあ来なくていいよ」
「わーった!わかったつの!」



 慌しく電話は切られた。二つ折りの携帯電話を閉じ、は冷蔵庫の中に置いておいた残りの缶ビール6本を持って居間に戻る。
「ヤンダなんだって?」
「ビール持って来るって」
「飲めないくせに?」
 皮肉をこめて小岩井が笑い、が持ってきた缶ビールに目をつけて強請るように手を伸ばした。はそれを手渡し、自らも一本手にとってプルトップを開ける。
「持ってこないなら来なくていいって言ったからー」
 にやりと笑うとジャンボが呆れた顔でを見た。
「パシリかよ」
「パシリついでにヤンダに車運転してもらえばいいじゃん」
「それもそうだな」
 先程の呆れ顔はどこへいったのやら、思い付いたように顔を上げたジャンボは、心配ごともすべて片が付いたとでも言わんばかりにペースを上げ、ビールを煽った。

「はー、おなかいっぱい」
「んー?じゃあデザートでも食べよっか」
 手にした缶ビールを一口飲むと、は冷蔵庫から買っておいたデザートの袋を持ち出した。もはや勝手知ったる他人の冷蔵庫である。
「よつばはなにがいい?」
 フローリングの床、よつばの目の前に所狭しと並べたのはプリン、アイス、クレープ、エクレア、ゼリー。とりあえず目についたコンビニデザートを買ってきたのだが、これはちょっと多すぎたかもしれない。プリンだけで四種類もあるそれらの中からよつばがいちばんを選ぶのはなかなか難しく、頭を傾げたり険しい顔をしたりと忙しそうだ。

「えっとー……これ!これがいいい。これにしました!」
 やっと決まった頃にはの手の中の缶ビールは空となっていた。床にたくさん置かれた内のひとつ、ぷっちんぷりんを手に取ったよつばにはもう一度尋ねる。
「一個でいいの?」
「えっ?…一度にいっぱい食べたらとーちゃんに怒られる……」
 チラリとよつばは小岩井の顔を伺って、それからの顔を見上げた。小岩井はジャンボと談笑しているが、視線はこちらに向けて様子を伺っている。甘やかすなよ、とでも言わんばかりの視線には苦笑する。すっかり父親の顔を身につけているらしい小岩井を見ると何故だか不思議な気分になるのは、まだが結婚や出産に関しては遠く他人事のように思える所為なんだろう。でも、よつばとこうして話していると、もしも子供がいたらこんな感じなんだろうな、と思うけれども。

「もう一個選んでいいよ。でもそれは明日の分ね」
「あした?」
「明日のおやつってことか。そうだな、だったらもう一個よつば好きなの選ばして貰え」
 横から割り込んできた小岩井は、父親の顔でよつばに「いいよ」と許しを出した。口をぽかんと開けたよつばは空を仰いで輝かんばかりの瞳で「ゆめみたい」と呟いた。
「夢だったらさめちゃうぞ、頬っぺたつねってみな」
 にやにやしながらが言うと、言われたまま素直によつばは自分のほっぺたをつねってみせた。ほっぺたが横に伸びて、眉を顰めて顔を歪めたよつばを見ては笑う。
「いたかった?」
「いたかったから、ゆめじゃない?」
「夢じゃない!早く選ばないと、私が好きなの食べちゃうぞー」
「だめ!まって!えっとぉー」
 慌ててよつばはデザートの前に座り、真剣な目をしてまた選び始める。けらけらと笑ったは、子供は素直で可愛いなと思った。別に人一倍結婚願望があるわけではなかったのたけれど、こういう子供らしい無邪気で可愛らしい仕草を見ると子供っていいなあ、なんて思ってしまう。

「これ!」
 ようやくふたつ目も決まったらしい、力強く指をさしたよつばの人差し指の先には、チーズケーキとショートケーキがセットになった二個パックのケーキがあった。
「二個入ってるな」
「明日一緒に食べればいいじゃない。はい、よつばスプーン」
 目敏く目を光らせた小岩井をさらりと流してよつばにプラスチックのスプーンを渡す。嬉々とプリンの蓋を剥がしにかかるよつばを横目に、は出しっぱなしだった油性ペンを手繰り寄せ、プラスチックの蓋によつばの名前を書いた。透明のパッケージの上に黒い文字が三つ並んで、それからなんとなく四つ葉のらくがきも添えて書いた。思ったよりも可愛らしくかけたらくがきを見て、は満足気に笑った。

「小岩井さんとジャンボはどれがいい?」
「いや、俺は後でいいや」
「小岩井さんは?」
「………」
 聞けば無言でこちらの様子を伺うものだから、は訝しげな目で小岩井を見返した。食べないのか、それとも選んでいるのか、逡巡しているとそろそろと小岩井の手が伸びてきて、の目の前にあるハーゲンダッツのストロベリーを掴もうとしていた。それに気がついたは小岩井の手がハーゲンダッツをとらえるよりも早く、それを手にとって抱きかかえた。
「これは私の!」
「ひとくちくれよ」
 あからさまに残念そうな表情を向ける小岩井に、はしかめっ面をして見せた。のこういう反応も分かっていて小岩井はふざけたのだろうに、まだいささか表情は恨みがましい。半分冗談で、でも半分は本気だったんだろう。しぶしぶとフルーツゼリーをもっていく小岩井に、は悪戯っぽく意地悪に笑いかけ、蓋を開けたハーゲンダッツをおいしそうにほお張った。
「だーめ」

 室温で少しやわらかくなったアイスは丁度いい食べごろで、次々との口の中へと放りこまれていく。
「おい、残ったやつ溶けちまうぞ」
「ジャンボよろしく」
「おまえなー」
 呆れ顔のジャンボは文句を言いつつも散らばったデザート類を袋に入れ、台所へと立ち上がってくれた。床に座り込んだ三人はとっぷりとデザートタイムに浸って幸せそうだ。特によつばなんて、とろんと瞼を半分に閉じてうっとりしているようだった。がさがさ、ぱたん・と、冷蔵庫の閉まる音を遠くで聞きながら、はひときわ大きくすくい取ったアイスの塊を口にほお張った。幸せそうにが顔を緩ませると、廊下を歩いていたジャンボと目が合った。一瞬こちらを見て苦笑したジャンボは、くるりと踵を返して居間には戻らず向かいの洗面所へと入っていった。

「はー、おいしい」
「見せ付けてんのか、こら」
「へっへっへ。おいしそうでしょー……あっ」
 にやにやと笑ってふざけていたは、つい手元が狂ってスプーンの上のアイスを滑らせてしまった。つるりとの腕に垂れて滑るアイスは体温のせいか、解けるような早さでピンク色の筋を作って溶けていってしまう。
「ばーか、ふざけてるからだ」
 軽くたしなめた小岩井はティッシュ箱を引き寄せ、の手を取る。父性が滲み出てるな、とは大人しく拭かれるのを待っていたが、一瞬思いついたように顔を上げた小岩井はの手を取ったまま静止した。不思議に思ったが小岩井の名前を呼ぼうと口を開くと、小岩井はさらにの手を引き寄せて腕に舌を絡めた。
「!!」
 一瞬びくりとの身体は強張ったが、お構いもせず小岩井はストロベリー味のピンクの筋を辿って舐めていく。開いた口が塞がらないようなを見て、小岩井はいたずらっぽくにやりと笑った。わなわなと震えるのは恥ずかしいからなのか、それとも怒りゆえなのか。少なくとも怒りではない・と、は思う。みるみる頬が紅潮していくなど、もう小岩井の目には入っておらず、ゼリーに意識を向けた小岩井はフィルムを剥がしてスプーンを入れている。なんなんだ、畜生・と、心の中でが漏らしていると、後ろから巨体が横切っての真正面に座った。
「ん?、お前飲み過ぎじゃねーの?顔真っ赤」
「う、うるさい!」
「なんだよ人が心配してやってんのに」
「あ、最後の一本!」
「酔っ払いは水でも飲んでろ」
「酔ってないし!」

 文句を言いながらビールを手にしたジャンボは躊躇することなくプルトップをあけて口をつけた。先程の出来事はまるで一瞬夢を見ていたのかと疑うくらい、小岩井はこちらに無関心だった。なんなんだとぐるぐる思考を巡らせている自分自身が馬鹿みたいだと思い、赤くなった頬を冷やすべくはやわらかくなりかけたアイスを次々掬って食べていった。








2011/1/27 ナミコ