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「そういえば、知ってる?」
「クリスマスにヤドリギの下にいる女の子にはね、キスしてもいいんですって」


 きゃー、と黄色い声をあげた恐らく中学生ぐらいであろう女の子達は、楽しげに声を弾ませ乱馬の目の前を通り過ぎていった。知らぬ間に、望みもせず、別にどうとでもいい情報を得てしまったなあなんて思ったくらいで乱馬は別段気にも留めていなかった。どうせすぐに忘れるに決まってると、消えた中学生の背中を見送って踵を返したところで思いっきり躓いた。
 どんがらがっしゃん、とよく聞く擬音を耳にして躓いて踏みつけた木刀とヤカン。あ・と思ったときは水を引っかぶり、木刀の主を巻き込んで地面に勢いよく倒れこんだ。くわんくわん、と頭に乗っかったヤカンが反響音を残して頭に響く。視界の隅に見えた木刀は見覚えがあって嫌な予感が頭をよぎったが、身を翻すよりも早く伸びてきた腕に乱馬は捕まった。やっぱり、と思った思考は乱馬の叫び声と二重に重なる。


「ぃぎゃーーーーぁっ!」
「おさげの女ぁ〜〜っ!」


 抱きしめるというよりは、捕縛するような勢いで乱馬を絡め取る木刀の主、九能刀脇はぐいっと顔を近付け口を開いた。


「今の話を聞いたか? おさげの女よ。ヤドリギの下にいるお前とくちづけを…」
「ほほほほほ、やだあ、九能センパイったら、それはクリスマスの日だけの話だし、ましてやヤドリギの下に私はいないわよっ」
 力拳に怒りを孕ませ、乱馬は思いっきり九能の顔に拳を振り下ろした。執念さだけで言えば乱馬の知っている限りでは、1、2位を争うくらいしつこいこの男に厄介なことを知られてしまった。わが身に降りかかることならまだいい、問題はこの男の向かう先はまっすぐ妹………とあかねに向かっていくことは火を見るより明らかだった。


「…こーしてるうちにこいつの記憶消えてくれねーかな…」
 締め上げ半ば白目を向いている九能を見上げ、ぼんやり乱馬はそんなことを思った。ついでだから念のため、縛り上げて簀巻きにしてフェンスの向こうのどぶ川に放り込む。


「忘れてくれっ」
 祈るように呟き、乱馬はその場を後にした。…息の根止めとけばよかったな・なんて、乱馬は後で後悔することになるのだけれど。


 沈んでいくには少し深さの足りなかったどぶ川で、内なる決意を胸に秘めた九能は去り行くおさげの女に向かって大声を張り上げた。
「おさげの女よ! クリスマス、必ず貴様の唇を奪ってみせるからな〜っ!」
 ヤドリギの下で待ってろ、と張り上げた声は数キロ先まで走って行った乱馬の耳にもちゃんと届いた。届いてしまった。頭を抱えたくなるような気持ちをぐっと堪えて走り続けたが、一向に叫び続ける九能の声は街中に響き渡っていたようで、天道家に帰宅したとき怒りの形相で乱馬を出迎える妹、にたじろぐハメとなったのだった。













2011/12/15 ナミコ