「大好きな良牙君に」


 言い切って、はあまりの恥ずかしさに憤死しそうになった。大好きなって!別に本人を目の前にしたわけでもないけれど、口から零れ出た好きと言う言葉に驚くほど心臓は跳ね上がり、ドキドキ大きな音を立て始めた。


「だよね。そのイエローベージュのマフラー良牙君に似合いそうだもん」
「う…うへへ。クリスマスに渡せるかどうかわかんないんだけどね」
 きゅうん・と胸が締め付けられるのを感じて、は自分のほっぺたに手を当て目を瞑った。そう、クリスマスに会えるかどうかも分からない。壊滅的方向音痴の彼はどこにいるのやら、沖縄にいるという手紙と共に北海道土産が送られてきたり、津軽海峡をバックに撮ったという写真には鳴門大橋が映っていたりとまあそんな感じだ。今もどこにいるのやら、足取りは不明すぎてつかめない。でもどこにいたって欠かさず手紙を送ってくれるから、は良牙のその優しさだとか誠実さだとかに毎回毎回きゅんきゅんしてしまうのだ。


「そういえば最近良牙君見かけないよね」
「うん…」
 クリスマスは明日、だけど溜め息で終わりそうな予感を幾度となく思い浮かべ、はそれを何度も打ち消してはいるのだけれど、完全に拭い去ることは出来そうにない。良牙が今すぐ目の前に現れてくれたなら、それもなくなってくれると思うのだけど。


「すっごく会いたいぃぃ」
「……」
 らしくもなく落ち込みそうになるは、弱気な顔をみせたくなくて膝を抱えて座り込んだ。ぽん・と、頭におかれたあかねの掌が優しく頭を撫でるものだから、なんだか胸にじんときて、熱いものがこみ上げてきそうになる。
 ずん、ずん、ずん・と、胸に圧し掛かるなにかが、を追い詰めて、止まらずまたずん、ずん、ずん……?


「な、な、なに?地響き?」
「地震?私の心臓が変な音立ててるのかと……」
 思った、という言葉は繋がらなかった。




「爆砕点穴!」




 ちゅどーん・と、小さな爆発音と地響きをつれてそれは床下から現れた。ぱらぱらと小石が転がり落ち、目を丸くひん剥いたとあかねは床下から現れた人物に目を奪われた。


「ここはどこ、だ? ……ん?」
 意志の強そうな目、黄色いバンダナに大きなリュックを背負って、片手に赤い番傘。まさかまさかまさか、今まさに話をしていた、が会いたくてどうしようもなかったその人が現れるなんて。の思考の殆どを占めていた不安なんてどこへ行ったのか、今となっては破裂しそうなほどのドキドキが胸いっぱいに広がり、頬を高潮させる。


「りょ、良牙くんっ」
ちゃん?」


 名前を呼べばどちらからともなく近付いて、その手を取り合った。部屋の温度が上がったような気がしたのは気のせいだろうか。自然とお互いの顔は綻び、目が合えば更に良牙の顔には赤味が差した。


「こ、これ。クリスマスプレゼント!」
 慌てるように荷物を下ろした良牙は、そのリュックから顔を覗かせている小さなプランターを取り出し、鉢植えごとに手渡した。ずっしり重量のあるそれは細く小さい木が植わっており、枝の部分には見覚えのある丸い常緑樹があった。


「これって…」
 良牙の顔を見上げれば、ふにゃりと柔らかくゆるんだ表情がを見つめていた。
「可愛いだろ、木の上に丸い鳥の巣みたいで。ヤドリギって言うんだ。知ってるかい?」
「う、うん」
 知ってるもなにも、これは先日の久能の雄叫び事件よりこの街からはすべてなくなったはずのヤドリギだった。まさか良牙はあの時、この街にいたというのだろうか。の胸に暗い影がよぎる。


「ちょっとした話を聞いてさ、迷信だろうとは思ったんだけど」
 良牙の言葉を聞いて、いよいよまさかと思う。あのくだらない噂話のことを言ってるのだと。良牙すらも踊らす事態に眩暈さえ起きそうになる。でもそんなの気持ちはあっけなく打ち砕かれるのだ。




「クリスマスにヤドリギの下で結ばれると、永遠の愛で結ばれるって聞いて。…その、俺とちゃんの気持ちは通じ合ってると思ってる、けど…」
 女々しいかな、なんて照れ臭そうにはにかむ良牙に、は強く胸を締め付けられる思いを感じた。暗い予感は明るく照らされ、もう光しか見えない。の頬っぺたは赤く紅潮し、ドキドキが止まらない。
 かぶりを振ったは、じっと熱い眼差しで良牙を見つめた。


 どちらからともなく距離が近づき、唇が触れ合うのだろうと目をつむると、がたん・と、横から聞こえた物音にの意識は引き戻された。
「あっ、あかねっ…」
「あかねさんっ…」
 二人の声が重なる。
「……ご、ごめん…」
 その場にいたと良牙以上に顔を真っ赤にさせたあかねが、いたたまれなさそうにしどろもどろと右往左往している。触れそうなくらい近づいていたと良牙はぱっと距離を開け、視線を泳がした。


「あ、私、お姉ちゃんに用事頼まれてたんだ!うっかりしてたなー、そのー……ごゆっくり!」
 脱兎の如く部屋から出て行ったあかねの足音が遠退いていくのを聞きながら、は温度のあがりっぱなしの頬っぺたを押さえて「あはは…」と笑った。目の合った良牙も同様にトマトみたく真っ赤な顔で苦笑いを見せた。は、恥ずかしいことにどっぷり二人の世界に入り込んでしまった。


「ろ、ロマンチックだねっ」
 恥ずかしさを振り払うかのようには声を上げた。鉢植えサイズのちいさなヤドリギをなで、笑いかける。するとやわらかに破顔させた良牙は遠慮がちにの手を取り、その大きな掌で小さな掌を包み込んだ。


「あ、そうだっ!私もね、良牙君にプレゼントがあるの」
「ほっ、本当かい?」
 まるで照れ隠しをするように、いつもより少し声を張っては話しをする。編みあがったばかりのイエローベージュのマフラーを、は良牙の首にふんわりと巻いてあげ、にっこりと微笑んだ。
「えへへ…うまく編んだつもりなんだけど」
「………」
 我ながら完璧・とまでは言わないけれど、それでも限りなくそれに近い完成度で出来あがったとは思っていたので、首元に巻かれたマフラーをただじっと見つめているだげの良牙を見ると少しばかりの不安がこみ上げてきた。
「…そんなのやっぱり、やだった?」
 沈黙に耐えかねたは不安になり、つい弱気な呟きを良牙に投げてしまった。はっとした表情になった良牙はまっすぐと視線を交わし、それから大きく髪を振り乱す勢いで頭を振った。
「嫌なわけがないっ!」
 大きく強く言い切った良牙は顔を赤く火照らせ、それからこみ上げるものを搾り出すようにこう呟いた。
「すごく……嬉しい」


 なぜだかつん・とこみ上げるものがあって、の瞼の奥は熱くなった。これが零れることはなかったけれど、見詰め合った良牙の目もどことなく潤んでいたから、たぶん二人の思うところは一緒なんだろう。するりと零れ出る良牙の言葉を、はすごくあたたかな気持ちで聞く。


「ずっと一緒にいたいんだ」
「うん……一生一緒にいてあげる」


 なんて甘い願いと約束を口にして、他の誰もいないこの部屋でふたりは今度こそ唇を重ね合わせた。












「でもよくよく考えたらクリスマスって明日だよね?」
「うっ……それはっ」


 夜中とはいえ、まだあと数時間はイブのまんまのはずだったと、は時間を確かめようと時計に手を伸ばす。


ちゃん、駄目だ」
「えっ?」
 その手を掴んだ良牙はそのまま手を引き寄せ、を腕の中に引っ張りこんで制止した。
「見なくていい」
 なぜ、と思ったが、抱きしめられてしまったらもうにとって時間なんてどうでよくなってしまった。そうだよね、もうクリスマスってことでいいじゃない・と、は良牙の胸に頭を預けてぴったりと寄り添った。こんな幸せな気持ちになれるなら、クリスマスもヤドリギもいいものじゃないと思ったのだった。














Happy merry Chirstmas!!
(´3(゜◇゜)


2011/12/25 ナミコ