「実は乱馬にあげようと思ってー」
「ふー……ん?、ンン?え?」
「この手袋なんだけどね、きっと乱馬に似合うよね!」
「う、…うん」
「乱馬に似合う赤探すのに、いろんなお店見て回ったんだよねー」
「そ、そうなんだぁ、…、良牙君にはあげないの?」
「良牙君はいつ会えるか分かんないもん。それよりは毎日会える乱馬のほうがいいよね」
「きょ、兄弟的なやつ?」
「んー、それもあるけどー。やっぱ乱馬がいちばんかっこいいし。…いちばん好きだし」
「………………」
「どしたの、あかね?」


 少し青褪めているような様子のあかねに、はちょっとやりすぎたな・と、舌を出す。天道道場の片隅で、夕方からこそこそこつこつとマフラーを編みすすめているあかねは、それを誰のために作っているのかをいまだ明らかにしない。…まあ言わなくても分かるんだけども。けれど分かるからと言っても、はっきりと教えて貰えないのはなんとなく面白くはないのだ。だからちょっと意地悪をしてみたのだけれど、こんなにも真っ青になってしまったあかねを見ると少しばかりの罪悪感が湧き上がる。


「嘘!」
「え…?」
「嘘だよ、嘘!乱馬にあげるのは本当だけど、一番好きなのは良牙君だってば!」
「………ったら!」
 青褪めていたあかねの顔は、ネタばらししてしまえばすぐに元の色に戻った。けれど、少しばかりの苛立ちを、足元に転がる鉄アレイに込めてあかねはに投げた。
「あっぶな!」
 軽やかには避けたけれど、不意打ちに飛んできた鉄アレイに飛び跳ねた心臓はドキドキと早鐘を打っている。いやいやいや、これは本気で苛っとしたな・と、あかねの顔を窺うが、笑顔なのがかえって怖いくらいだ。
「だってあかねったら、誰にあげるのかハッキリ言わないんだもん」
「ええー…そんなのだって、……………分かるでしょう?」
 観念したかのようにあかねは頬を染め、決定的なものに近い言葉を搾り出す。けれど、それはの聞きたいものとは少し違っていて。ただは、あかねの口からはっきりとした固有名詞を聞き出したいのだ。


「分かるし多分合ってると思うけど、私はあかねの口からその名前を聞きたい!」
「…わがまま!」
 あかねは頬を染め、しょうがないと言う様な表情での耳元に口を寄せた。
「ふむふむ」
 はにやり・と口端をあげる。ら・ん・ま・と、かすかに小さく、だがはっきりと耳に届いた固有名詞には満足げに笑った。
「うふふふ、やっぱり―――」


「おさげの女ーーーっ!」
 柔らかにとあかねが笑みを交わしていたその時だった、天道道場の壁を突き破り、涙をぼろぼろと零しながら叫び声を上げて渦中の問題の種は現れた。
「この街からヤドリギが消えてしまったんだ!」
「あらそう」


 内心引きつりながら、は淡々と言葉を返す。冷たいの態度に九能はさらに打ちのめされたようで、とめどなく涙を零し、膝をついている。
「このままじゃあおさげの女にくちづけしてやれんではないかっ…」
「しなくていいっつーの」
 警戒心をそのままに九能との距離を取って、はそそくさとあかねと向かい合う。九能など来なかったことにして、あかねのマフラーが完成するのを見届けてやるのだ。そう今決めたのだ。


「なにをしているのだ………はっ!まさか二人とも、ぼくのために…?」
「ちっがっうっ!」
 勘違いも甚だしい、そのお気楽超ポジティブシンキングに思わずは拳を握り締めた。
「そうとは気が付かずすまない……が、ぼくはお前のその心遣いだけで……」
「違うっつってんでしょーがっ!」
 思わず怒りのままに拳を振り上げると、怒気を孕んだ拳はいつも以上に切れがよく九能を夜空に吹っ飛ばした。風穴の開いた道場の天井にちょっぴり罪悪感が沸かなかったわけではないが、怒りと寒気と怖気に息の上がるはとりあえず忌まわしいものが目の前から消えたことにほっとした。


「できた…」
「え…?」
「できた…できたあー!」
 夜空の彼方に九能が消えたと思ったら、後ろから聞こえたあかねの嬉しそうな声には振り返る。悪戦苦闘を経て、マフラーの形となった赤い毛糸は今、あかねの手によって頭上高く掲げられている。
 はそれに駆け寄りまじまじとあかねの手の中のマフラーを見る。
「できてる!」
「うん!」
 きゃーっと、二人して黄色い声をあげ、道場の真ん中で手を取り合って達は喜んだ。少し寝不足ということもあってか、ハイなテンションにいっそもうこのままぐるぐる二人で回り始めてしまいそうな勢いだ。


「お前らう・る・さ・い!」
 そんなふたりの空気に水を差すように現れたのは乱馬だった。先程九能を吹っ飛ばした際にあいた天井から乱馬は侵入し、不機嫌そうな顔で欠伸をしてたちに詰め寄った。
「こんな夜中までお前らなにしてたんだよ」
「うへへへ」
 けれど乱馬の水差しなどなんのその、二人のハイな気分はそれぐらいじゃあ元に戻ったりはしなかった。だらしなく顔をゆるませたはへらへらと笑い「メリークリスマス!」等と声をあげて乱馬の背中に張り付いた。
「なんかあ、あかねがぁ、乱馬に渡したいものがあるんだってー!!!」
 ばしーん、と思い切り良く乱馬の背中を叩くつもりが、勢いあまって体当たりしてしまったのはご愛嬌だ。あかねをも巻き込んで道場の床に三人は倒れこむ。


「お前なぁ!」
「まあまあまあまあ!」
 ぺろり・と舌を出し、笑ったはあらかじめ用意しておいたラッピングの包みを乱馬とあかね、それぞれに渡した。ひとあみひとあみ大切な人を思いながら編んだ手袋が、その包みには入っている。
「ハッピークリスマス!今日くらいは素直になりなよ二人とも」
 なんちゃってもはや今、水を差しているのは自身かもしれない。なんて、思いながらは力強く床を蹴り、穴のあいた天井から外へ出た。


 あ、あのね、乱馬。だなんて、耳に入ってきて、はお邪魔虫にはなるまいと心に誓い、白い息を吐いて天道家本家へと足を向ける。乱馬へのプレゼントは赤い手袋、あかねへのプレゼントは白いミトン。形は違えど少しデザインの似せて作ったそれを身につければ、きっとおそろいのように見えるんじゃないかな・なんて思ったりしていたのだ。
「さっむーい…」
 はあ・と息を吐くと白くなった二酸化炭素がふんわりと空の上へ昇っていく。その白さを目で追い空を見上げると、今度は白い雪がふわふわと頭上から落ちてきた。
「雪だ。…とおりで寒いわけだあ」
 降り始める一片の雪を捕まえようとは掌を伸ばしたが、その掌に乗った雪はすぐに溶けてしまいただの水滴となってしまった。儚いな・なんて感傷的になるのはたぶん、今ここにいるのがひとりだけだからなのかもしれない。雪が降ってるよ!なんて、ちょっと前だったらすぐに乱馬を呼びつけて一緒にはしゃいでいたのに、それができない今がどこかもどかしくも寂しくも感じられた。


「お、雪じゃん」
「ほんとだー」
 ホワイトクリスマスだね・なんて突拍子もなく後ろから近付いてきた二人の影に、は驚いて目を見開いた。仲良く並んで来た二人を目にして、は慌てて逃げようとするが、それより早く伸びてきた乱馬の手に首根っこ捕まれてどうにも逃げることは敵わなかった。
「どこ行くんだよ」
「だだだ、だってぇ!」
 お邪魔虫にはなりたくない、という言葉は喉まで出掛かって出なかった。だって首周りにまかれたあたたかいものに、の言葉が奪われたからだ。
「このマフラーは私からへ、クリスマスプレゼントよ」
 にっこり笑ったあかねに、は心の底から感動してちょっぴり涙が滲んだ。あ、あかね早速ミトンつけてくれてる。なんて更に感動して、は鼻をすすった。
「オレはそーゆーのはないんだけどな…………ま、肉まん食うか?」
「…どこに肉まんがあるっていうんだ」
「明日、朝になったら三人で食いにいこーぜっ」


 なんてなんてなんて、嬉しいこと言ってくれるんだこんちくしょー!憎まれ口は優しく包まれて返ってきたもんだから、もうはダメだった。嬉しすぎて失神しそうな位だった。最高のクリスマスだ!なんて叫びたかったけど、の胸はもう幸せでいっぱい過ぎて、言葉にならなかったのだ。










HAPPY MERRY CHIRSTMAS!!


2012/1/12 ナミコ