05 和やかに温泉の湯につかる乱馬は、突然湧き上がる巨大で強大な久能帯刀におののいた。 ありえない大きさ、だがしかし久能の執念か。「さ〜お〜と〜め〜!!」と恨みがましく見下ろしている。 先日の果し合いは余程散々な結果だったのだろうか。 帰ってきた乱馬はおぞましげに青ざめてなにも話さなかった。 乱馬が負けるわけがないと安心しきっていただったのだが―――。 しかしこの久能はなぜバラの花束なんぞを持っているのだろうか。 「好〜き〜だ〜〜!!!」 「ばっきゃろーよく見ろ、オレはおと…」 男、と言うはずの乱馬はいつの間にか女であるへとすりかわっていて。 えっ、そっ、そんなっ!! 追いかけてくる久能からは必死に逃げる。 しかしなぜが久能から逃げなくてはならないのか。久能と面識を持ったのは乱馬で、向こうはにはあった事などないはずなのだ。 少なくとも、本物のには。 「交際しろ〜〜!!」 「ちょ、ちょっと待ってっ!!わっ、私は……」 静止の懇願など聞かず、久能の大きな手はむんずとをつかまえて持ち上げていった。まるでこれじゃあキングコングかなにかだ!! 久能は見開きに見開いた目でを見つめ「好〜き〜だ〜!!」と言うのだ。 う、う、………… 「わあぁあああああああ!!!!」 「あ゛〜〜〜〜〜〜〜っ」 まったくの時を同じくして悲鳴を上げ目覚めた双子の乱馬とは顔を見合わせた。 言葉を交わさずとも、見た夢は同じだったのだとわかる。同調してしまったのだろう、きっと。 夏だというのに乱馬は身体に悪寒を走らせて引きつった顔でいる。 だってまった同じだ、しかし腑に落ちないことがあった。 なんで私があんな夢を見なくちゃいけないのか。 そもそもどうして乱馬はあんな夢を見たのか。 問い詰めなくては、いけないようである。 「……乱馬、あんた私に隠してることがあるでしょう?」 ムリヤリこちらを向かせた乱馬の目には、しまったとでも言うような色が隠されていたのでは容赦なく叩き飛ばした。 おぞましい、あんな夢を見させた代価はそれ相応のものだと覚悟しなさい、とでも言うようだった。 「……あいつ、おめーのことが好きなんだってよ」 乱馬の言葉に、はピシリと固まった。 「…………いやいや、 あ ん た のことでしょ?」 「オレはお前のかわりに行ってきたんだぞっ!!」 「あんたが勝手に果たし状を受けるようなことをしでかしたんでしょ!!」 「久能が好きだって思ってんのはオレじゃなくて女の早乙女だろっ!!!」 女の早乙女だろ、と叫んだ乱馬の言葉に、の脳裏には再びあのおぞましい悪夢がひたりとよみがえるのである。 ピシリ、と音を立てて固まって。 「い、いやぁあああああ!!!!」 天道家の朝は、それはそれは騒がしく訪れを告げたのである。 うるさいとたしなめる父親を拳で黙らせ、みかねたあかねがを止める、その瞬間まで。 登校すれば、変わらぬ日課だというあかねへの挑戦。 乱馬ももそれについてはこの間の一件でもうすでに順応してしまったし、そもそもふたりして今日の頭を占めていたのはとある人物ただひとりきりだった。 もちろん寝ても覚めてもその人のことばっかり考えちゃうの、キャッ!!みたいな事情ではなく、ただもう怨みと憎しみと怨念だけを抱くように考えているのだけど。 あかねへ挑戦する男たちをいともせず走りながら弾き飛ばしていく―――その先にいる久能に一発この恨みを思いっきり叩きつけるのだとそれだけを意識して。 「勝負ーーーーっ!!!」 走り寄る久能をロックオンした早乙女兄弟は、あかねとともにその顔面に強烈なまでの蹴りを入れて。 「ちょっと手助けなんかしないでよ」 「おめーのためにやってるわけじゃねーよ」 「たんに私たちあの人が憎くて大嫌いなだけだから」 あかねは首を傾げるばかりだが、これもなにもかもすべて久能が悪い!!と思い込んでいる兄弟はここぞとばかりに同調して憎しみのたけをぶちまかすのであった。 「あかねちゃん、乱馬知らない?」 「さっきおねーちゃんが来てつれてったみたい。それまでちゃん探してたみたいだったけど」 「えー?」 ひらひらとプリントをちらつかせては眉を顰める。 「乱馬ったらテストの点が悪いって呼び出されたのに、私がかわりに行ったのよ、もう!!」 は机にプリントを叩きつけてふい、と廊下へ向かいだす。 あかねは机に叩きつけられたプリントの点数に眉を顰めてにどこ行くの、と聞いた。 「探してくるっ」 「たぶん校舎裏にいると思うよー」 「んー、」 ひらひらとありがとうという意味であかねに手を振った。 この間は迷ってしまっただけれど、あかねに協力してもらって風林館高校の配置は大体覚えることが出来た。 そそくさと一番早くいける道を選んではその場所へと向かうけれど、そこへ行く前にこちらへ戻ろうとする乱馬を見かけ、は走り寄ったのだ。 「乱馬、さっき先生が…」 「ばっ、お前なにしてんだよ」 「なにって、あんたねえ!!!」 文句を言おうと開いた口は乱馬の手に覆われて言葉にならなかった。 抱きかかえられたは近くの木の上に隠れさせられ、静かにしろと乱馬に目配せされる。 それからすぐ、今まで二人がいた場所に久能が現われる―――「どういうことだ!早乙女乱馬っ!!」―――なるほど、乱馬は久能と話をしていたのか、と思えばはなんとなしに納得できたのでそのままおとなしくしていた。 木の上でふたりは久能が過ぎていくのを待っていた―――のだけれど。 「ちいっ!!逃げ足の早いやつめ!!」 と苛立ち声を荒げた久能がその木刀でなぎ倒した木は、まぎれもなくふたりが忍んでいた木だったのだ。 「わっ」 「ふぎゃっ」 バキバキと音を立てて落ちるふたり…だけれど久能の目に入っていたのはだけらしい。 「き、きさまは、おさげの女…」 おののく久能をはどうすればいいのか、とりあえず見上げてみたものの、よくよく考えたらは久能とはこれが初顔合わせのようなものになるのだと思った。 「会いたかっ……」 「寄るな!!」 背中で感じた悪寒をは忘れてはいないので、気持ちとしては1メートルだって近づいて欲しくないのである。 条件反射で顔面に拳をめり込むほどに叩きつけても、久能は負けじと身体を張って愛を示す。 「もう二度と離しはせんぞ!!」と抱きつかれたときはさすがに乱馬に蹴り飛ばされていた。 バッカ、おめーがいんと話がややこしくなる、と物陰に追い払われ、は少し頬をふくらませたが、まあこれ以上久能と話をするのもごめんなので乱馬に任せようと思い、物陰に身を潜めて様子を伺った。 「んー?」 おさげの女をどこに隠した!!だのと叫んでいる久能を前に、どこから現われたのかなびきが久能にはっきり言わなくてはわかんないのよとかなんとか言っている。 変身体質を教えるのだろうか、と思ってはじっと声を潜めた。 それはそれでいい。ここまで来てしまったら、あれは実は乱馬だったんだとわかれば、きっと久能も手を引くだろうと思ったからだ。 「久能ちゃんいらっしゃい。いいから」 開放される!!と諸手を挙げて喜ぶところをはダブルパンチされるのだけれど。 「いい?あの女の子の心も身体も…みいーんな乱馬君のものなの。わかるわね?この意味」 な、なびきさーーーーん!!?? と叫びたくなる衝動を抑えては身を乗り出した。 な、なんか違う。絶対違う。なんだかなびきさん本当に助けようとしているのかそうでないのかわかんないっ!! の心の叫び同様、乱馬もそう思ったのか疑わしくなびきを見つめている。 もしや…なびきさん…トラブルメーカー? 久能の顔はみるみると汗を流し苦悶の表情へと変わっていく。 「大変なことになってるわね」 「うん…」 どこからともなくそっと現われたあかねだけは、の心中を察してくれるらしい。 女の敵だのきさまを倒すだのとまたもや乱馬と久能の小競り合いは始まる―――まだこっちにきて数日だというのに、よくもまあ毎日こうしてケンカばかりするものだ。 「つまり、負けたらあいつのことはあきらめるわけだなっ!!」 ドッ、と久能のみぞおちに乱馬の蹴りがヒットする。よろけた久能の胸元からハラリと零れる紙はなんなのやら。 それを手に取った乱馬が一瞬の隙をつかれ、わき腹に一太刀を喰らったとき、はあかねと共に息を呑んだ。 → 2004/11/14 アラナミ |