07










閑静な朝。
それに大変似合う朝ごはんのかおり。
花嫁修業よろしく居候という肩身の狭さからも自ら手伝いを名乗り出たはかすみさんと二人、朝の食卓を並べていた。
「早乙女のおじさまー、乱馬くーん、朝ごはんですよー」
かすみさんは本当におっとりしてて優しくて理想のお嫁さんそのものだなあと思いながら、はその向こうで朝稽古に勤しんでいた愚兄、愚父をちらと見る。
朝っぱらからホント、元気なことで。


どぼーん!!と勢いよく池に落ち、朝から変身体質を披露するバカどもを見つつ、私はご飯をよそった。






「バイトする?」
妙なことを言い書き出す親父をは上から見下ろした。
「どーぶつ園にでも入るのか?親父」
「ってまたあんたはなんつーカッコをしてんのよ!!」
胸を曝け出して服の水を絞り出す姿に私はまた底知れぬ怒りを覚える。
身体も心も乱馬でも、それでもまごうことなき双子である私にとって今の乱馬のその姿は、であるといっても過言ではないのだ、まったく。
女だけならともかく、今しがた目覚めたっぽいおじさまが驚きのあまり歯ブラシを歯茎の奥底まで突っ込んでしまってるじゃないか!!
「あんたって人はっ!!」
ナイス、あかねちゃん!!!
女のつつしみがないの!?とお湯をかけるあかねちゃんはとても正しいと思う。
とても。


「な に が、女のつつしみだよ」
不満げにごはんを口にする乱馬を見ては箸をまっぷたつに折りそうな気持ちになったものである。
「なによ恥知らず」
「おめーみてーなはねっ返りに言われてもピンとこねーな」
「私はあかねちゃんが正しいと思う」
に言われたってピンとこねーよ」
きい!!!
なんだ乱馬め、昔ははオレが守ってやる!!とか言ったくせに今のこの変わりようは!!!
乱馬を挟んであかねと、目のあった二人はやっぱり気が合う。思うことは一緒だ。ついでに手も一緒に出しても構わないと思う。


「あ、そーだあかね。学校の帰りに東風先生のとこに寄ってくんない?」
出し損ねてしまった制裁の一発は、かすみの一声に思わず私だけじゃなく三人もの箸の動きをぴたりととめてしまった。
しまった。東風先生って言ったら、ここんとこのNGワードってほどじゃないけど、似たようなもんじゃないか。ムム。
「かすみおねーちゃん自分で行きなよ。あたしは今日はちょっと……」
「そお?じゃ、しょーがないわね」
「ごちそうさまでーす」
食べ終わった食器を重ねて私は一足先に居間から私は出て行く。


なんで行かないんだろ。いい口実になると思うのに。


と思うところでもそれを言わないのは人の常…ってか、あかねちゃんにも理由があると思うんだよねー……。
まあ、考えもしない単純な乱馬なら言っちゃうかもしんないけど。


「って、あかねちゃんと乱馬は!?」
「遅刻するって行っちゃったわよ」
私を置いていくなんて!!
おおかた乱馬が私の思ったとおりにうっかり口を滑らしたんでしょーよ、絶対そうよ、そうに決まってる!!!


「い、いってきます!!」と私は大慌てで走り出した。
乱馬はともかくあかねちゃんなら走ればおいつく!!かもしんないのだから。









と思ったのが甘かったか。やっぱり追いつくはずがなくて。
結構な全速力で走っているけど、やっぱり前を行くふたりに追いつくことはできないのか、それらしい背中は見当たんない。
つーと、乱馬たちも走ってるってことになるんだけどね。


「鍛錬をサボりまくってる私と日ごろからちゃんと積んでる人間とじゃあやっぱり違うってわけね!!当たり前だけど!!」
でもひどい、おいてくなんてさあ!!っと、風林館高校の門が見えた!!!
と同時に目に入るのは門いる人だかり。まだ倒される前の、あかねにいつも挑戦してくる男たちの―――。
「私、追い越したかな?」
いやいやまさか。
動体視力だけは抜群にいい私が見落とすはずなんて絶対にないってば。
「でもだとしたらあれは―――ん?」


「君と早乙女乱馬との婚約を……
認めることにしたんだ!!


耳に入った男たちのむせび泣きと大声に、は一瞬転びそうになった。
まー、なに、なんだ。一応お取り込み中ってことになんのかな?
はこっそりと門の影から様子を覗いてみることにする。
すると門を入ってすぐのところにあかねと―――女の方の乱馬がいた。
「あいつ……!!!」
しかもまた胸を曝け出しおって!!おにょれ!!!


「つまり、早乙女乱馬がこの久能帯刀を倒したという…」
クククと忍び笑いと共に彼らの前に立ちふさがったのは―――――――――……
「み、ミイラおとこっ!!??」
「ぼくは久能帯刀だっ!!!」



しまった。思わず声をあげてしまった。隠れてるっていうのに……。
幸い誰にも気付かれていなかったようなのではさらに気配を忍ばせて門の外側へ身を隠した。
あれは包帯ぐるぐる巻きの久能先輩だったのか…とほっとしたと同時になんの話しをしているのかが気になって耳をそばだてることにした。
「まあ、そのようなつまらんデマが広がったわけだ。だが、ぼくは
負けは認めん!!
「久能は風林館高校最強の男だったが、同時に最悪の変態だ」
「誰が変態だ!」
それは確かに!!
男たちよ、おまいたちがむせび泣くその理由もわかるわ!!
ついでに言うなら久能先輩、ぜんっぜん説得力ないですから。これっぽっちも、1ミリも、ノミの毛先ほども。…果たしてノミに毛があるのかもわからないけどねー。
「君の相手が早乙女なら、まだ諦めがつくというもの……」


しっかし数十人の男たちが揃いも揃って男泣きってーのはいささか見苦しいものがあるなあ……なんて私情は置いておくにしても、乱馬も充分変態だというあかねちゃんの言葉に諸手をあげて同意しつつ、状況判断。
つまり、あれだ。


いくら強くたってあんな変態(久能)にあかねを取られるくらいなら自分が、と戦いを挑んできた昨日までだったが、ひょっこり現われた早乙女乱馬というあかねの許婚。なにをうっ!!という気持ちもあったけれど、久能よりは至極まともな人間の上久能の上を行く強さを持つということがわかったそれならば、乱馬に任せたほうがいいと―――。


まあ、あかねが好きだからそれゆえに、今まで挑んできたのだろう―――人の気持ちがわからないわけではない。
あんな久能のものになるのを必死に止めようとしてたんだ、彼らなりに。
「あかねちゃんったら、本当にモテるんだねぇ」
乱馬にはもったいないと思う気持ちでいっぱいだ、まったく。


「僕はあきらめんぞ」
しゅるしゅるとその顔にまきつけていた包帯を久能が取り払う―――顔は昨日まんま、乱馬に蹴りを入れられた痣をそこかしこ急所すべてに残しながら―――。
「早乙女ごとき腰抜けの蹴り、百や二百くらったところで痛くも痒くもないわ」
フッ…てあんたフッ…て……。
そんな面白い顔してかっこつけたっておもしろおかしさに味をつけるだけですよ久能先輩!!!
よじれそうになる腹を必死でこらえながらは道にうずくまった。


「誰が腰抜けだ、誰がっ」
壁の向こう側から聞こえたのは紛れもないの―――いや、女乱馬の声だった。
「あいつ―――」
「負け惜しみもたいがいにしやがれっ!!」
ハッとして覗き見るけど、に出来ることはなにもない。
「ちょっとちょっと」
あのバカすぐにカッとなるんだから、とは舌打ちする。
熱しやすいバカの一直線。今自分がどんな姿をしてるかわかって―――るわけがない。
「ああ、もう!!」


「おおおおおおおおおおお!!おさげの女ではないかっ!!
涙すら目に滲ませて感動したように喜ぶ久能の表情がの目に入った。
そして同時に我に帰る乱馬を見て。
「会いたかった…」
うーわー、面白い顔した久能先輩が乱馬の手を握って泣いている。
つか……なんだかっ……そのふたりの後ろに花が咲いて見えるのは私の気のせいだろうか、はたまた幻覚だろうか。えー?
「ちょっと待て。お前あかねが好きなんだろ」
「無論好きだ」
「あかねが見てるぜ」
私も見ているんだけどねっ!!わはは!!!てかー、出るタイミング逃しっぱなしだよ、裏門からはいっていくべき?
もー、どうでもいいから早く行きなさいよねって気分なんだけど。


「知らなかった……」
驚いたようなはっとしたようなあかねはぱちぱちとまばたきをして、それから久能と乱馬を振り返る。
「久能先輩、その子が好きなら、わたくしは身を引きます」
「て…天道あかね」
「なななななに言ってんだよっっ!!」
そうだよなに言ってんのあかねちゃん!!いくら久能先輩がしつこくて変態で変態で変態でどうしようもないからってなにも私に押し付けることないじゃないの!!!
はたぶん、今まで生きた中で最高ともいえるくらいの最速のスピードで穏やかなる修羅場へと突入し、乱馬を校舎へ投げ飛ばしながらあかねへと抗議した。
「ひどいっあかねちゃん!!!」
「えへへ」
悪びれなく笑うあかねはけっこうしたたかだ―――もういいもん。
その心意気に賞賛して今度からはもうちゃんづけでなんか呼ばないから。


「二人とも好きだあーーーっ!!!」
叫びながら両手を広げて駆け寄ってくる久能にあかねと二人、は制裁を与える。
まったくどいつもこいつもどうしようもない。


「じゃーそーゆーことで」
「早乙女にもよろしく伝えといてくれ」
「はーい、どおもー」
久能が倒れたことを合図にたちはばらばらと解散する。
「まったく……」
まあふくれてもしょうがない……ともいいがたいんだけど。
一時間目は体育だ、準備しなくっちゃあねーと、はあかねに背中を押され、教室へと引きずられていった。










 


2005/1/16   アラナミ