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「ごめんね、あかねくん。とうとう試合中にキスしてあげられなかった」
「あんた、なに言ってんのよ」


 が良牙としっかと手と手を取り合っている間に、三千院はいつの間にかあかねの元にいた。しまった・という顔をした乱馬を、投げ飛ばしてふたりの元へ行かせた。たぶんこっちの方が早い・と思ってのことだったし、なにより今の乱馬だったらの力でも投げるくらいはできる。話し込んでいる三千院が跪いてあかねの手の甲にキスを落とそうとした―――のは免れた、と思う。ごち・と、跪いた三千院の頭の上に、が投げ飛ばした乱馬が見事に落ちていった。


「首輪、外してあげる」
「え?」
 遠くで乱馬とあかねと三千院の3人を確認して、それからはその懐からひとつの鍵を取り出した。さっき、手に入れてきた鍵だ。
「シャルロット!!」
 良牙の首にかかる可愛い首輪に手をかけたところだった。うろたいがちにを窺っていた良牙に、白鳥が近づく。
「あなたはシャルロットですね!?」
「なっ!!」
 見るからに動揺した良牙に、はおもしろくないものを見るように白鳥と良牙を交互に見た。おそらく、白鳥は深い意味を持ってその言葉を言ったわけではないんだろう。
「その首輪は、あずさちゃんがシャルロットにあげたものですわ」
 その鍵も―――、ふい・とこちらに顔を向けた白鳥が、強くを睨みつけた。盗りましたわね・と、今にも言い出しそうな雰囲気だったが、は小さく笑んで「それはすごい偶然ね」と、装った。その心中では、おそらくどっちもが偶然なもんか・と、言っていることは間違いない。


「そうだ、偶然だ、いいがかりはよしてくれ。オレの名前は…」
「Pちゃんだ」
 どこから来たか、ひょい・と、乱馬が現れる。
「誰がPちゃんだ!!」
 反射的に良牙の手が出て見事乱馬にヒット。したかと思えばまた、どこから出てきたか三千院が庇うように乱馬を抱き寄せる。
「君っ、ぼくの彼女になにをする」
「誰がおめーの、彼女だっ!!!」
 抱き寄せられた腕を軸に、乱馬は三千院を投げ飛ばす。やっと試合らしくなってきました・と、司会の声が入り、会場もまた歓声でわく。「いくぞぉっ!!」良牙の腕を掴み、乱馬は氷上を駆け出す。
「ちょっと!!!」
 首輪を取ろうと思っていたのに、次から次へと邪魔が入って結局外せなかった。手持ち無沙汰になった鍵を、はスカートのポケットにしまった。勢いよく飛び出した乱馬、けれどまた勢いよく乱馬は滑って転んだ。―――乱馬が、ではない、良牙が転んだんだ。そういえば、と考える。良牙と約束をしてスケートをしようとしたものの、結局全然一緒に滑らなかったな、と。


「なにやってんだ、てめえはっ!!!」
「オレは滑れんといっとろーが!!!!」
 転んで早々怒鳴りあう乱馬と良牙に、は頭が痛くなるおもいだった。それにそうか、良牙は本当に全然上達してなかったのか・と、さきほど「わかった」と言ってしまったことをは少なからず後悔した。――――別に、良牙と乱馬が負けるかもと思っているわけではないけれども、ただ、それは不安なだけだ。


「おーーっと、これは……再びカップル崩しの大技!!!別れのメリーゴーランドだーーーー!!」
 は・と、は顔をあげる。いつの間にか会場はざわめき、そして、リンクでは大変なことになっていた。先ほど、が会場に来る前に同じような場面はあったのだが、はそれを見ていない。が見たのはその場面のちょうど終わりの部分だったからだ。ぐるぐるとまわる三千院、白鳥、そこから不安定な体制の良牙に、乱馬。勢いつけて回るそれは、見ようによっては壮観だ。けれどそこに加わっている人を見れば、そんなこと言えるわけがない。
「さあどうだ!!彼女の手を離せば回転を止めてやる!!」
 あがった三千院の声に、は眉を潜める。悪趣味なやりとりだ・と、三千院を睨んでみたが、今、それが通じるはずもない。最初から不仲な良牙と乱馬は、手を離せ、離すもんかとぐるぐるまわる中、喧嘩をしている。挙句の果て、良牙の腕に噛み付いた乱馬は、殴られて回る三人の輪から外れていった。
「恐るべし別れのメリーゴーランド!!また新たに信じあうカップルに破局をもたらした!!!」
 そんな解説も、はじめからこれっぽっちも信じあっていなかった乱馬と良牙だ。説得力はまったくない。


「ふ、別れのメリーゴーランドの仕上げはこれからだっ!!」
 良牙と白鳥すらほっぽり出して三千院はかけだした。良牙によって殴り飛ばされた乱馬を、素晴らしいスケートさばきでその氷の上に落とされる前に拾い上げた。
「危ないところだったね…信じていた男に裏切られて、なんてかわいそうなひとなんだ…」
 別れのメリーゴーランドね・と、は冷静に考えていた。あんな局面に会ったならば、重力のままに足をつけている三千院や白鳥と違って上のペアたちはさぞ恐怖なんだろう。その上、増すばかりの勢いでぐるぐると回転されてしまえば、例え離す気がなくたって遠心力でどんどん強く引き離されていく、鍛え上げてる格闘家ならまだしもふつうの女の子だったら離された後は恐怖だろう。でも、乱馬はあかねをはなさなかったんだな。司会の言葉やこの技を見て、はなんとなく予想をたてた。それはたぶん、ほとんど間違っていないはずだ。
「なに寝言言ってやがる!!!」
 男にそんなこと言われても。そもそも信じあってなんかいない。思う心はさまざまだろう、三千院の言葉なんか乱馬には到底届かない、むしろ中身は男である乱馬なのだから、お門違いというものだった。


「良牙、いつまで寝てやがる!!」
 結局あの大技によってダメージを受けたのは良牙だけだった。放り出された白鳥は、掴んだままの良牙を受身にし、自分は無傷でリンクへ戻った。頭から着地させられた良牙は、氷の上で突っ伏したままだ。す・と、良牙の腕が上に上がる―――立ち上がるための腕・と思ったら、それは勢いよく氷の上に叩きつけられ、その氷に亀裂を入れさせた。
「これさえなければ…」
 間一髪、一番近くにいた乱馬はそれをすれすれのところで避けたが、いつもの良牙とは違う、それは鬼気迫った殺気に少なからずの悪寒を感じた。
「氷さえなければ…勝てる!!!」
 ぬ・と、起き上がった良牙は、氷を溶かすような気迫で膝を立てた。滑るリンクの上では思うように動けないもどかしさに、とうとう切れてしまったのだ。もう一度、良牙は同じ場所にドカ・と、拳を振り落とした。


「あーっ」
 良牙の気迫にはいささか間抜けする白鳥の声が間に入る。ビシビシと、見る間にひび割れて凍りは割れていく―――だが。
「ぶわっ、冷てっ!!!」
 噴き出した水を頭から浴びたのは乱馬だ。亀裂から水が出た・ということは、この氷の下は言わずもがな水があるということなのだ。
「どういうこと?」
 振り向いては司会者に説明を求めた。こくり・と、頷いた司会者はゆっくりと口を開いた。
「そうです!!このリンクは、プールを凍らせた特設リンクなのです!!!」
 あっちゃあ・と、は頭を抱える。そんなことを言われても、もう遅い。みるみるうちに蒼白な顔になっていく良牙は、ついに頂点まできわまった頃「それを早く言えーーーっ!!!」と絶叫した。だがもう遅かった。小さな亀裂は大きな力が加わって、みるみるうとに崩れていく。まるで氷河の中のように漂う不安定な氷のリンクが作られた。









 


2007/6/3 アラナミ