04










「ひとつくらい弱点があった方がかわいげあるわよ」
 先程とは打って変わって態度のちがうあかねにはため息をついた。結局のところ意地を張って打ち明けなかったに対し、水臭いだなんて怒ったくせに、寝込むほどの拒否反応を起こした乱馬にはこれほど甲斐甲斐しいだなんて。
 怒ってくれるってことは、つまりは気を許してくれるってことで、それはそれで嬉しいんだけども、の心のうちはちょっぴり複雑な思いもあった。も乱馬もお互いはお互いにとっていつまでたっても同等で、二人で一人のような意識で今まで育ってきた、けれど。


(…最近は、ちょっと違うよね)


 は良牙が好きで、乱馬はたぶん…というかきっとあかねが好き。あかねが乱馬に向ける気持ちのベクトルはへ向けるものとは同じものでもないし、また良牙がに向ける気持ちのベクトルも乱馬へ向けるものとは異なるものだ。たぶんこれはきっと、普通の人たちは物心つく頃に自然と身につけられた筈のもので、玄馬と乱馬と、閉鎖された家族の輪の中で修行に打ち込んでいたから気付くのが遅かった。と乱馬は双子でも、まったく違う人間なんだってことを。


「あかねって結局のところ、優しいよね」
「ええ、いきなりなによぉ〜」
「特に、乱馬には優しいよね」
 言って、へらりと笑ったにあかねは目を大きく開き、きょとんとした表情で頭をかしげた。
 あれ?思っていた反応と違う・だなんて、は何度も瞬きをするが、いたってあかねは平静だ。そんなことないって言って、口を尖らすかと思っていたのに。


「あは、ったらやきもち妬いてるの?」
 さっきはからかってごめんね、だなんて。かすみを思い起こさせる優しさでもってあかねはに笑いかけたものだから、は自分自身の子供っぽさに恥ずかしくなると同時に自己嫌悪してしまった。


「……ふつつかな乱馬ではございますが、末永くよろしくお願いします」
「ちょっ…ったら、やめてってば!」
 きっちり足は正座をし、指をついてはあかねに頭を下げた。うろたえているあかねの気配を頭上で感じるが、は暫らく頭を下げたままでいた。自己嫌悪と恥ずかしさで赤くなった顔を見られたくなかったから。


 それは静かな空に金切り声が響いた夜のことだった。








***








 時は変わって翌日の月曜日、風林館高校の制服に身を包んだはあかねと共に乱馬の手に握られる一枚の紙を覗き込んでいた。


「"助けて乱馬。私あかねよ。悪いやつらに捕まっているの。体育館まで来てちょおだい。"だって」
 読み上げては隣りに佇むあかねを見る。当のあかねは元気な様子でそこにいて、おかしな手紙に腹を立てているようだった。
 ええーっと、確かこういうのって本末転倒っていうんじゃなかったっけ?


「誰よ、こんな手紙書いたのは」
「…乱馬を陥れたい誰か?」
 頭を傾げて乱馬を見てみるが、飄々とした様子で気にも留めていない様子だった。
「まー、ほら。あかねが助けに来いって言ってんだから、行ってやらなきゃなんねーだろー」
「私じゃないわよっ」
 それどころか手紙に便乗してあかねをからかうのが楽しいようで、いつもだったら放課後早々に帰宅する乱馬が嬉々として体育館へと足を向かわせている始末だ。
「…おなかいっぱいご馳走様ってかんじ」
「へ?」
「いやいやこっちの話ー」
 無自覚無意識のお惚気に付き合わされてちゃ大変だと、は乱馬の背中を押し、体育館の中へと足を踏み入れた。ホームルームが終わった直後の所為か、部活に集まる生徒達の姿はまだ見えない。放課後特有のがらんとした静けさの中、達はきょろきょろとあたりを見回した。


「嬉しいわ乱馬!助けにきてくれたのね!」
 突然響いた声に三人の視線は一点に集中した。体育館ステージの上、真ん中に縄に縛られ座り込んだ―――それには見覚えがあるような気がする。
「……ええっと、誰だったっけ?」
 知っていると思うのだけれど一向に名前が出てこないので、は頭を45度傾げて腕を組んで唸ってみせた。風林館高校女子制服を着た、なにがあっても変わらない無表情、目の下には大きな隈。
「あかねだろ」
 にしし、と笑った乱馬は楽しそうにステージを指をさす。乱馬よりも早くステージ上に上がったあかねが、見覚えのある誰かの胸倉を掴んで責めていた。すごんで睨まれているようなのに、どこか嬉しそうにしているのは何故なのか……。
「マゾヒスト君?」
「なんでだよ」
「あ、ちょっと待って。なんか思い出せそう……六尺槌君だっけ?」
「五寸釘だろ」
「それだ!」
 ちょっと惜しかったと、が笑って誤魔化しているうちに乱馬もさっさとステージ上へと行ってしまった。壇上にいる三人を見ながらも近付くが、不敵な笑い声を上げた五寸釘はすっくと立ち上がり「ひっかかったね早乙女君」と言った。は上には上がらず下から伺うように様子を見る。


「あ」
 それは一瞬で、壇上に上から伸びる紐を五寸釘が引っ張ると、ステージ中央床がぱっくりと開き、あかねを下へと落としていった。驚いたは慌てて上へ上るが、次に上から落ちてきた狸の置物に五寸釘が潰されステージ下へ落ち、乱馬もそれを追う様に下へと降りた。
「ちょっと、大丈夫ー?」
 真ん中にぱっかりと空いた穴を覗き込み、は乱馬とあかねに声をかける。下へ落ちたものの二人は無事なようだったが、狸の置物に潰された五寸釘が大丈夫ではなさそうな雰囲気で倒れこんでいた。
 呼び出した割には手応えのない…というか、それ以前の問題のようなやりとりには思わず呟いた。


「なんなの、一体?」
「運命ではなかろうか」
 ぴたり、とそばに寄った人影に、は大きく後ずさる。聞き覚えのある聞きたくもない声に、ひくりとの顔はひきつった。


「く…九能センパイ?」
「奇遇だな、おさげの女!五寸釘に呼ばれて来てみれば、おさげの女然り、弱点然り、と用意周到ではないか」
 はっはっは・と機嫌よく高笑いをする九能の言葉に、の耳はぴくりと反応する。今、聞き捨てならない言葉を聞いたような気がするが、おそらくそれは気のせいではないだろう。
「弱点……って、言いました?」
 静かに小さく、けれども凛と。は九能へと尋ね聞いた。
「早乙女の弱点を暴けば、お前とデートできることになっているのだ」
「なっ、あんですってぇ!?」


 九能の口から飛び出た衝撃告白に、弱点を探ろうとする九能のへの憤りが吹っ飛び、のあずかり知らぬところで交わされた無責任な約束事に、新たな怒りがこみ上げた。
「さささ、おさげの女よ。今日は放課後デートを楽しもうではないか!」
「九能センパイ……乱馬とどんな約束をしたのかは分かりませんが、私センパイとはデート…できません」
 しっかりと握られた九能の手からすり抜け、にっこり笑っては断る。
「なんだとうっ!?いやだがしかし、それでは約束が…」
「乱馬と勝手に約束したんですよね?私の知らないところで」
「う、ぐぬぬぅっ」
 頭を抱えてしゃんが見込んだ九能を見て、は呆れた顔で腰に手を置いた。まったくなにを考えているんだ、乱馬は。大体九能はあかねも好き、も好きだなんていうトンデモ思考回路の持ち主だ。それ以前の問題でもあるけれど、そんな気持ちの九能なんて願い下げだった。


「早乙女め〜」
 思い切り顔を顰めた苦悩の表情で、九能はうんうんと唸っている。そうだ・と思いついたは、この際はっきり行っておこうと思い、しゃがみ込む九能に向き合って満面の笑顔と共に引導を渡した。
「それにセンパイ。私いま、お付き合いしている人がいるの」
「なっ、なんだとぉーっ!?」
 の言葉を聞くなり、九能は大きく頭を振って声を張り上げた。だいぶ困惑しているようだけれど、これですっぱり諦めてくれるだろう・と、は一仕事終えた気持ちになって前髪をかき上げた。












2011/3/26 ナミコ