06





「鮫拳!」

 うねる鮫の激流に激しく突き上げられ、乱馬は海上から浜辺へと乱馬とあかねは跳ね飛ばされた。
 浜辺に打ち付けられる!とは両手を広げて駆け出したが、それはシャンプーに先を越された。

「乱馬、もう降参するよろし。ひいばあちゃんには勝てない」

 乱馬を受け止め、諭すように言うシャンプーは非道だ。乱馬は受け止めたものの一緒に飛ばされたあかねのことなんて目もくれてなかった。がそれに気づくのが一歩でも遅れたらあかねは大けがしてたかもしれないのに。


「ちょっと!」

 受け止めたあかねと一緒に砂浜に座り込んで非難の声を上げるが、の声は届いているのかいないのか。

「………勝てる」
 じっとシャンプーの顔を覗き込んで、乱馬は呟いた。

「シャンプーが一緒なら勝てる!」
「なっ!」

 あまつさえシャンプーの手を取って真剣に頼み込む乱馬に、いささかはぷっつん切れそうになる。あかねもまた同様なのか、「乱馬!」と非難の声を上げるが、乱馬は気にせず飄々としている。

「乱馬、私が必要なのか」
「おまえでなくちゃダメなんだ」

 って、どーゆーこっちゃ。乱馬の言葉に感激してるシャンプーは、そもそも協力して乱馬が勝つ=婿にならないっていう根本をぶっ飛んで忘れちゃってるみたいだし。

「なによ!私じゃ足手まといだっていうの!?」
「決まってんじゃねーか」



 ばし!ばし!ばし!と全力で乱馬の頬をぶっ叩くあかね。
「なにも顔の形が変わるまで殴ることないのに」とかすみさんがあかねをたしなめるが、いーや。私はあれくらいされたって当然だと思うよ、ホント乱馬ってばデリカシーないんだから。

「シャンプー絶対俺から離れんなよ」
「了解ね」

 コロンに対峙する乱馬は、再び海へと向かってく。鮫と荒波とコロン、助けに行けるもんならだって行きたいけど、水の中…………ん?水?

「そりゃー私はカナヅチだけどっ!シャンプーだって水の中じゃ…」

 あかねと、ほぼほぼ同時にハッと気づいた。きっと乱馬は、あれを考えてに違いない。

「乱馬!猫拳を使うつもりね!」
「自らを猫化して闘う天下無敵の拳!この勝負勝てるかもしれない!」

 ばっしゃんと海に飛び込む乱馬。そうすると当然、ぴったりくっついていたシャンプーは水に触れ、猫に変化する。すると猫嫌いの乱馬は―――…。



「ほれほれどうした婿殿」
「わーーーーーーー!!」

 右に左と鮫に追いかけられるまま、猫から逃げるがまま、必死に泳ぎ続ける乱馬。

「に…逃げてるだけじゃないの!」
「どこが天下無敵なのよ」

 あまつさえ陸にあがって逃げてきた乱馬に、あかねは立ち向かう。…私?私はちょっと、猫シャンプーは勘弁してほしいから、距離とってるわよ。

「さっさと猫化しなさいだらしがないわね!」
「ひぃいいいいい!」

 むごい!はそう思った。猫嫌いの乱馬にシャンプーをぐりぐり擦り付けて、遠目から見ているですらちょっと涙目になっちゃう様子だ。
 あああああ、と思ってると乱馬の口からあの、猫の鳴き声が聞こえた。

「にゃ〜ご」

 ゆらり、と猫の構えをとった乱馬が、海上のコロンに狙いを付けた。
 ぞわり、とは鳥肌が立つ。そもそもは、あの小さい生き物の猫よりも、猫化した乱馬のほうが百倍苦手なのだ。分かり切った標的の対象があるから、こちらに注意が向く可能性は限りなく低いだろうけど、それでも嫌なものは嫌なものだ。
 この真夏に似合わない嫌な汗がの額を伝う。

 にゃにゃーっという鳴き声とともに乱馬がコロンに向かって飛びかかる。
 再びの鮫拳。だが今度は、恐るべき速さで爪とぎするように激流の鮫をかきむしり、カンナくずのように水をさばいていく。
 もみ合うように乱馬とサメとコロンは海中に落ちていった。しばらく海は渦を巻いて荒れていたが、すぐに凪のように静かになった。

「一体どうなったんだ!?」

 恐る恐る観衆が海に近づくと―――どっぱーーん!と大きな水しぶきをあげて、あの大きな鮫を加えた乱馬が陸へと上がってきた。

「鮫がまるでサンマかなにかのようになってる…」

 おぞぞぞ、と背中をかけ上げる悪寒。にやあ、と笑う乱馬がもし正気だとしたらサイコかと思っちゃうかもしんない。

 じたばた浜辺で逃げようとする傷だらけの鮫を、まるでボールか何かにじゃれるように追いかけてく乱馬。…怖いの一言に尽きる!いやほんとマジで。

「乱馬!もういいわ!」

 あかねに気付いた乱馬は、嬉々としてあかねに飛びついた。その膝の上に乗っかり、甘えるようにごろごろ喉を鳴らして。

「よしよしよし」

「し、静まった」
「なんと恐ろしい…」

「まさか婿殿が猫拳の使い手とは…」

 ざわめく観衆の後ろから、コロンが現れた。足場としていた鮫を奪われてなお、まだ余裕があるように見える。

「ここまでわしをてこずらせた相手は50年ぶりじゃ…」
「ちょっと、まだやる気!?」

 毛を逆立てて威嚇する乱馬はいつでも臨戦態勢にはいれそうだ。だが、

「それ」

 コロンはぽい、と手にしていた不死鳥丸の入るペンダントをあかねに投げた。

「敢闘賞じゃ。また会おう」

 わはははは、と機嫌よくコロンは消えてった。婿に迎えようと思った乱馬が思った以上に手ごわくて嬉しいのだろうか。
 ともあれ、ここ数か月頭を悩ませていた乱馬の問題は、いったんは解決することにはなる。……根本的な問題はなにひとつとして解決はしてないけれども。














「あかね……さん。泳げねーくせに飛び込んできやがっ…くれて、よけーな…じゃねえ。あり…ありがとうございました」

「ぐだぐだ言わずに一発で決めなさいよ!」

「なっ!」

 男湯のほうからああでもないこうでもないとぶつぶつ言ってるでっかい独り言に、思わずは突っ込みを入れた。
 慌てふためく気配なんてなんのその。すぐに立て直したらしい気配はおかまいなしに練習の続きに励むみたいな気配。

「感謝してるぜ!」
「どういたしましてよ。乱馬助ける、当然のこと!」

「なっ!!!」

 突然現れた気配に、乱馬もも驚いた。っていうか、乱馬の方がおどろ…あ、気絶したな。
 慌てて湯船から飛び出して、浴衣羽織っても男湯に飛び込んだ。すっぱだかで乱馬に抱きついてるシャンプーと、鼻血だしてぶっ倒れてる乱馬。
 どうにか部屋まで乱馬を運んで横にすると、当然とばかりにシャンプーは乱馬の頭を膝抱えて介抱しはじめた。

「鼻血出して倒れた」
「男湯に入るのやめなさいね」
 きょと、としてるシャンプーはなにが悪いのかよくわかってないようだった。素直じゃないあかねは意地でも乱馬に近寄らないし、そんな乱馬におやじは「あかね君に礼をいわんか」と、非難を浴びせてる。
 どうせ乱馬の事だから起きたらきっちり言うでしょ、とはさして心配はしていない。それにしても男の乱馬は久しぶりだ。数か月姉妹のような感覚でいたけれど、やっとお兄ちゃんが戻ってきた。そんな感覚になんとなくは嬉しいようなこそばがゆさを感じたのであった。








2017/6/18 ナミコ