06








や、今日の分わけてもらいに来たぞ」
「あーはいはい。今日はトン汁と米ね」
「いやー、お前が近くにおって助かった」
 玄馬は手を伸ばして鍋を受け取ろうとするが、ひょい、とそれを避けて手の内にわたらないようにした。
「守備は?」
「…まったく現金じゃのう」
「おやじもね」
「乱馬は爆砕点穴のツボ封じの修行中じゃ。毎日ハチに刺されて頑張っとるわい」
「ふーん、ご苦労なことで」
 じゃ、これ持ってっていーよ。と改めては鍋と飯盒を渡す。ギブアンドテイクの関係が山中でなされてからは、逐一乱馬の状況がの耳に入ってきていた。もちろんそれを包み隠さず良牙に報告――――なんてことはしない。そんなことはきっと、良牙のプライドが許さないだろうから。それでも一応聞いておこうって思うのは、まぁあかねへの切り札っていうか…そんな感じかな、とは思う。

「はー今日も疲れたっと」
 もう寝よう、とはテントへ向かう。夜道を歩いていると、すぐそばの茂みからは良牙の声が聞こえた。こんな遅くまで修行してすごいなぁと、はこっそり茂みから覗いてみた。寝る前に良牙の顔を見てから寝たら、きっと幸せな夢でも見れそうな気がしたから。

「まだまだ!」
「ちっ」
「雑念があるから岩のツボが見切れんのじゃ!」
 大岩の後ろに突きさした指で書かれた名前に、は思わず頬を染める。
「なんだとお、俺のどこに雑念が…」
 ぐるり、と岩を半回転。そこに書かれたまた違う名前に、今度ははピシリと固まる。ちゃん・あかねさん。
「むかつく!」
 思わず足元の小岩を掴んで、思いっきり投げつけてしまった。思いもよらないところから出てきた岩に、またもや良牙の頭にクリティカルヒットしてその意識を失わせてしまった。

か」
 くる、と身軽に大岩から飛び降り、の前に着地する。さっきとは打って変わって不機嫌さを露わにした顔つきに、コロンは事情を察知したらしく、からかうようににやりと笑った。
「なんじゃ、お前ら付き合うておるのか。なのに良牙はあかねにふらふら、お前にふらふら」
「うるさい」
「ほっほっほ。じゃがなあ、男なんてみんなそんなもんじゃぞ」
「えー、そんなの嫌なんだけど」
「意外とロマンチストなもんでな、一度でも好いた女子のことはなんとなく気になってしまうもんじゃ。だがそんなの一時の気の迷い。本命の女がどんと構えて待っていれば、必ず帰ってくるもんじゃぞ」
「ふーん…さすが年の功ってかんじ」
「わしも若い頃は…」

 さしずめコロンも熟練の武人であるまえに一人の女性ということか、こういった色恋の話は心浮き立つものがあるらしい。いつもの冷静な表情はどこへいったのやら、今はにやにやと顔を緩ませて若い時はどうのこうのと喋り続けたのであった。










 ―――そして試合当日。

 コロンを連れたち姿を見せた良牙と、玄馬を横に姿を現した乱馬の果し合いが始まろうとしていた。
「この日を待っていたぜ、乱馬!」
「………」

 それを吊し上げられた木の上から見下ろすのはとあかね。いま、自分たちの置かれている状況がいまいち理解できなくて、は沈黙を。あかねは大きく声を荒げることで状況を理解しようと努めていた。
「ちょっと!なんなのよこの扱いは!」
「気にするな、賞品があったほうがはりあいがあると思ってな」
「賞品!?」
「………」
 吊あげられたロープから逃れようと、あかねは必死にもがいていた。
「ちょっとも、傍観してないでなんとかしようよ!」
「いや…こういうのって動けば動くほど食い込むんじゃないかなって思って…」
「た、たしかに…」
 そんなに苦しい体勢でもないし、むしろよく見える場所にいるかと思えば多少の不便さは目をつむれるかも…しれないような気がする。それに、勝負をかけた当の本人たちはこっちのことなんかまるで目に入ってないように、お互いに闘志を燃やし合っているようだった。

「覚悟しやがれ!」

 良牙の声を皮切りに、戦いに火ぶたは切って落とされた。
「もー、ちょっとぉ…」
 あかねの不満の声に耳を貸してる暇もないのだろう、飛びかかる良牙を軽くかわしてカウンターキックを食らわせる。蹴り飛ばされたものの、バランスよく良牙は地面に手を突くと、そのまま足下の地面に爆砕点穴を打ちはなった。
 砂煙と共に粉々になった小石が四方八方へ飛んでいく。
「しゃらくせえ、煙幕のつもりか!」
 その小石の一つ一つを当たることもなく、乱馬は掌ですべてうけとめた。すると砂煙の向こうから、隙をついてまた良牙が飛びかかった。しかし乱馬にとって良牙の大きな動きは手に取るように見えてしまうらしく、またもや乱馬は避け、避けられた良牙といえばそのまま地面のツボを突き、石つぶてを浴びた。

「この勝負…乱馬の方が有利じゃない?常に爆心地にいる良牙君はまともに石つぶてを浴びてるし…乱馬は全然ダメージがないし…」
「はじめはそうかもね」
 この、乱馬優勢に見える現状を楽しそうにみているコロンを考えれば、あかね言い分は今は間違ってはないともいえる。でもよく考えてみてほしい。良牙の今までしてきた特訓を来る日も来る日も大岩に打たれ、爆砕点穴を習得してからもばしばし石粒を浴びて――――…

「俺が一発で楽にしてやるっ!」

 渾身の力を込めた乱馬の一撃が、良牙を打つ。勢いよく飛ばされた良牙は、そのまま岩肌にうちつけられ、岩ごと崩壊して埋もれた。

「ふん、たわいのねえ…」

 勝ちに決める乱馬だったが、ビシビシと地割れする地面と爆発に、反射的に飛び上がった。乱馬は吊り下がるあかねのロープにしがみつき、下の様子を窺った。砕かれた岩の下から這い上がり、良牙は飛び出す。
「わはははは、弱くなったな乱馬!きさまの蹴りなど赤ん坊になでられたようなもんだ!」
「なんだとう?」
「打たれ強くなったの、良牙君は!」
 来る日も来る日も大岩に打たれたんだから当たり前でしょ、とは言う。少し焦った様子の乱馬は、ようやく良牙が今までの良牙の実力を大きく上回るようになったことを実感したのだろう。

「どうする婿殿、良牙を倒す決め手はあるか?」
「やかましい俺だってなあ!ちゃんと特訓を…」
「避ける練習しかしてないんでしょ」
「え」
 親父から聞いてはいたけど、やっぱり避ける練習しかしてなかったんだな、とは確信を持った。べつに今回は乱馬の勝ちを望んでるわけではないだから、乱馬が焦ろうがなんだろうが知ったことではない。
「勝てるの?」
「なんだよその言い方」
「だって、忘れないでよ。わたしたちが賞品なんだから…」
 少し不安そうな様子のあかねに、は追い打ちをかける。
「このままじゃ良牙君勝つよ。っていうか私としては勝ってほしいんだけど」
「お前らのために闘ってるわけじゃねーよ」

「良牙が下で待ちくたびれてるぞ」
 皮肉に舌を出す乱馬を、吊り下がるあかねのロープごと切って落とした。
「なにしやがんだクソババア!」
 くるりと空中で1回転、体勢を整えた乱馬は落ち行くあかねを抱きかかえて着地しようとするが、「さわらないでよ大っ嫌い!」とそれを拒否したあかねに蹴り飛ばされてしまった。下に着地したあかねは自力でどうにか縄抜けしたようだが、はいまだぶら下がったままである。ちくしょう。

 蹴り飛ばされた乱馬のさきに、良牙が指を突き出し待ち構えていた。にやり、と笑う良牙だが、乱馬は持ち前の器用さで良牙の指を自らの指で挟み、爆砕点穴を封じた。

「両手を封じればこっちのもんだ!」
 乱馬はそのまま良牙の腹に蹴りをお見舞いする。
「お前の蹴りなどきかんというのが、わからんのかぁ!」
 しかし今度はそのまま良牙に頭突きを食らわされ、逆に乱馬が跳ね飛ばされてしまった。地面に倒れる乱馬めがけて、今度こそ良牙が追随する。

「…早乙女流奥義!」
「なに!?」

「!!」










2017/7/10 ナミコ