この不条理な
どうして知ることができようか






静かな丑三つ時、誰もが眠りにまぶたを閉じる時間、宿屋の一室では未だランプの光は落とされずゆらゆら煌いていた。薄暗い部屋、それでもランプの光は月光に負けない。
見たい、とククールが言ったのだ。消さなくてもいいよなと呟いた言葉は、決して同意を求めるものでなく、強制に近いものを孕んでいたというのに、エイトはすべからくそれを享受してしまった。
いいように扱われてる、なんてことはとっくにわかりきっていたことだ。現にククールは服を纏ったまま、ただその手袋を左側だけ外し、エイトを翻弄し続けている――――。

「いやらしいね」

息遣いすら昂ぶったエイトの身体には毒になる。後ろの蕾を焦らすように直接触れず、それでも翻弄していく。
エイトのものは痛いくらいに張り詰め、先走りの露を滴らせている。

「やっ、………もう、」
「もう限界かい?淫乱な身体だなあ」
「誰が、…んなふうにっ!!!」

誰がこんな身体にしたと思っているんだ、とエイトはククールを睨みつけた。昂ぶり高揚し、火照った頬に潤んだ瞳、耐えるように震える手…これではククールの嗜虐心をよりいっそう掻き立てるに過ぎないというのに。
案の定ククールは至極楽しそうに肩をすくめて笑い、エイト自身へと手を滑らせる。まだイかせないと揶揄し、根元を掴むために。

「そうだね、お前の身体をこんなふうに仕込んだのはオレだ」

もう片方の手袋の指先を口で噛み、そのままひっぱって脱ぎ捨てる。素肌の指には、彼が片時も離さぬ指輪が鈍く光る――――。
その手と指で、塞き止めながらも擦り上げられていく感覚にエイトはのけぞり頭を振った。目じりからは生理的な涙がとめどもなく溢れる。
いけない、ここで声を出してはいけない。安宿の、薄い壁なんか少しでも大きな喋り声ですら筒抜けになってしまうのだから。

「ふっ、…ん、ん、んん!!」
「でも求めたのはお前だ――――感じているのも」


だってお前が、眠れないのだと、言ったんだ。その、蒼い目で。
受け入れて欲しいと、聞こえたんだ。

ずるい、よ。
僕はもう、君から離れられないのに。


中を擦る指の感覚にまじって、あの指輪も内壁にあたり、擦られていった。肉を引き裂くような恐怖感を与えながらも、長年つけ続けたククールの指輪は年とともに磨り減り、エイトを守っていた。
指が前立腺をなで上げるたびすすり泣くような嬌声が漏れ、ククールはますます口端を吊り上げさせて微笑んだ。

「ん、あ、んん……!!!」

ぶるり、と身体が弛緩する。張り詰めたものはいまだ熱く捌け口を求めるように脈打つのに、身体中をえもいわれぬ快感が駆け巡っていく。なんていうことだろうか、まさか、後ろだけで達してしまうなんてエイトは夢にも思わなかった。そしてまた、ククールにつけこまれる要素を生み出してしまった。

「可愛いエイト、オレの、エイト」

ククールは後ろからエイトを包むように抱きしめる。
大きく開かせた足、その真ん中を弄ぶようにいじりながらエイトの耳や首、うなじをきつく吸い上げていった。赤い痕が焼けた肌に淫猥に残る。
きっとククールは穏やかに微笑んでいるのだろう。優しげな声が「イってもいいよ」と耳元を掠め、栓を解き放っていった。
音を立てて一気にエイトの精液は放出される。白い、少し粘り気のあるそれはエイトの下腹部を汚し、顔すらにも飛んでいった。
立て続けの絶頂にふらふらと意識を飛ばしそうになりながらもかろうじてエイトは踏みとどまる――――しかしククールは容赦なく絶頂後の敏感になっているエイトの身体に手を這わせて楽しんだ。
ひたり、と触れただけで電気が通るように反応するエイトを見て、その量の乳首を指でこねくり回し、口を塞ぐことすらできないその様に満足そうに耳を食んだ。

「いれて欲しかったら、いつものようにしてくれよ」

にやり、とククールは笑い、エイトの横に腰をかける。お前が望んだのだ、自分はそんなこと望んでいない、と主張せんばかりにククールはなにもしないまま、エイトの出方を待っていた。予想して、違えることがないと信じきって。
もっともエイトだってもう考えている余裕なんてないのだから、言われるがままにいつもしていることをするしかないのだ。
そろりとククールのズボンのジッパーに手を伸ばすエイトは、彼の顔をじっと見つめ、窺っていた。
ククールの唇がエイトの顔に近づき、飛び跳ねた彼自身の精液をぺろりと舌ですくっていく。
そして次に苦味のあるキスをして――――……薄く目を伏せたエイトがククール自身に口付ける。

慣れたように――――いや、完全に慣れてしまったエイトはもうククールのそれを知り尽くしていた。
尿道に吸い付くようにキスをして、それから筋を舌で辿る。舌で舐めあげながら、その口すべてで含んで上下すらする――――次第に大きく膨れ上がるそれに喉の奥が詰まりそうになり、むせてしまうことになっても、エイトはひたすら奉仕し続ける――――ククールが「もういい」と言うまで。
奉仕し続けるうちに、次第に感覚が麻痺してくるのをエイトは感じる――――いつものことだ。
繰り返し繰り返す単調な行為に頭はハッキリしだす。情事の最中といえども、この時だけは。そして決まってエイトはぽっかり胸の空いた虚ろさを感じる。

なんでこんなにも言うがまま、いいように、どうして――――。

ふだん考えないようにしていたことですら浮かび上がってはエイトの胸を締め付けた。苦しすぎて涙が出ても、咎められることもない。
非情に弄ぶように情事を繰り返す目の前のこの男に、罪悪感など欠片もない――――きっと。
それでもエイトはククールと繋がる細長い一本の糸を断ち切れずにいた。ずっと、このままでもいい、繋がっていたい。
それは心からのエイトの望みだった。



いくらでも認めるのに、いくらでも受け入れるのに、この男の奥深く大きく占めるものはただひとり、ただひとつ、それ以外はなにもなくて。



「エイト、ほら、自分からいれて」

耳元を掠める声。遊びつくしたこの男は、翻弄させるなにもかもを知り尽くしている。敵わない。
どうすれば簡単に陥落するか、わかっているんだ。ましてやエイトは、はじめからククールを受け入れすぎているくらいだ。
この男のものをのみこむように腰を沈めていく。男が男のものを受け入れるそのことが、どれほど苦しく痛いものであるか知っているのだろうか。本当に、心から相手を受け入れたいと思わなければ、無理に決まっているのに。
身体を重ねあわすだけでは、心は通じ合わないというのだろうか。
完全に埋まりこんだ充実に、エイトは息をついて目を閉じた。目の前の端整な顔は、蒼い目は、いったいどんなふうになっているのだろうか。

「エイト。オレの、エイト」
「ヒ、……ィン!!」

ククールがそうして呟く心にもない言葉にさえ、エイトの心は震えた。心からククールを求め、腰はゆらめく。それだけでない、ククールも下から突き上げ、すりあげて快楽を求める。それでいい。今この瞬間、思うことはひとつ。ふたりとも一緒なのだから。
貪るように唇をあわすことも、それだけで充分だった。











貪る快楽に熱くなった部屋もベッドも、今は静かに夜が通り過ぎるのを待つばかりだ。
エイトはそれと共に静かに寝息を生み出している。
ランプはもう男の手によって消され、部屋は月光だけが窓辺を照らす。月光にあたる男の白い肌はまるで蒼褪めたように明るく、銀糸の髪は艶やかに光り、まるでこの世のものとは思えない美しさを放っていた。
男の胸に渦巻く思いは重く、見目とは対照的に深い闇色で持って男を支配していた。
ぐるぐる回る、どうしようもないと言い聞かせながら、納得の出来なかったこと。
いいや、納得した、したはずだ。もうあれは、必要のないことだから。
チラリ、と横目でエイトを捉える。そう、だって男には、男を離さない者がいる。

お前がオレを離さないから、オレは離れないんだ。

「オレを、離すな……」

ぽつりと虚空に呟いた言葉を、誰が聞いていたというのか。誰も知らない。
眠る者にささやかなるキスを、額と頬、そして唇に贈って、それから男は目を伏せた。変わらぬ明日を迎えるために。


蒼い月だけが、やわらかく佇んでふたりを照らしていた。







2004/12/15  ナミコ
浮かんだ時の能天気さとは考え付かないほどのシリアスぶりに一番びっくりしているのは私です。