01 はじまり






手を引かれてやってきたのは、川にまわりを囲まれた美しい場所。神聖なる神に仕える者たちの館。マイエラ修道院。
川の中州に建てられたそこは巡礼者のための礼拝堂もある。
祭壇に向かい祈りを捧げる巡礼者たちを通り過ぎ、奥への扉を開けると少し開けた広場が見える。
そしてその奥、男ふたりが固める扉の奥に騎士団員の宿舎があるのだと院長は教えてくれた。
厳かに開かれる扉、その向こうに待ち受ける蒼の制服を纏った男たちは恭しく頭を下げ、ふたりを迎え入れた。
正確には、この修道院長であるオディロに対しての礼であったが。

「皆に話がある」

優しく厳かな初老の、しかし力強い声だった。
誰もがしっかと彼の目を見つめ、尊敬と畏怖の思いでもって言葉を耳にしていた。

「今日から皆の家族になるものでな。だがしかし少しばかりの問題がある」

繋がっていた手は離され、肩を押されて一歩飛び出した子供は緊張と恐怖で眉を顰めて下へ俯いた。
騎士団員たちの視線が集まるのを痛いくらいに感じた。

「この子は自分の名前以外なにも覚えておらん。皆で面倒見てやってくれ」

背中に感じていたただひとつの安堵は奥の扉へ消えた。
残された子供は不安げに視線を泳がせ小さく「よろしくお願いします」と呟いた。


またか、院長ってすごい人だけどお人よしだからさあ、みんなで面倒みろっていってもさ、記憶喪失?、厄介なの拾ってきたよな、おれ仕事あるから、そうだオレも、


ぐるぐるまわる言葉が怖かった。
人も木も風も光も水も、すべての名称も意味もわかっているのに、自分だけがぽっかり取り除かれてなくなってしまったような、そんな感覚だった。
急に世界が遠くに感じられて、びくりと肩を震わせた。真っ暗闇にほうり出された自分の周りは囲われて抜け出ることが出来ない。
ひくり、と喉がなりそうになった。

「どうしたんですか?」
「ああちょうどいいところに来た。お前、こいつの面倒みてやってくれ」
「こいつ?」
カチリと目が合った男は、黒髪と碧の目を持った少年だった。
神経質そうな外観に、表情はなにもなく、そのまま歩み寄って膝をついた。

「新しく入る子かい?」
微かに微笑んだ男は子供の頭を撫で、大丈夫、と語りかけた。
「自分の名前以外なんも覚えてないそうだぜ」
「へえ」
おいでと差し伸べられた手を取る。消え去った安堵が、再び子供の心にやってきた。
「…ぼく、エイト」
「そう、エイト。大変だったね。オレはマルチェロ…君の家族だよ」



手を引かれて階段を上った。
安堵に手を引かれ、安堵に包まれた。
そこは神聖なる神に仕える者たちの住まう館。川のせせらぎに囲まれた美しい場所、マイエラ修道院。
すべての出会い、すべての始まり。

連れられた部屋の向こう、確執と対立と反抗をないまぜに通り越えたそこには運命の出会いとがあって。
すべての始まりの日、自分をまっすぐに見つめた碧の目と蒼の目を、子供は決して忘れない。





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やっちゃったー!!という気持ちで満杯です。
これはまだほんの始まりです、まったく

2004/12/31 ナミコ