※学園パラレル!!!ククール先生!!※














前奏曲 第15番 変ニ長調 作品28-15






 長い長い坂を上って昇降口にたどり着く頃、それはそれはひどいくらい制服は水を含んで、革靴はうちつけさらされ雨水を吸い込み滴らせては泥だらけ。白い靴下なんて見るも無残。
 傘なんか意味なかったと、エイトは濡れた手で雨水の滴る髪をかきあげる。シャワーを浴びてきたあとみたいの惨状に、一文字みたく唇を引き締めて上履きに履き替える…前に靴下を脱がなきゃ。

「…うーわー…」
 好奇心で脱いだ靴下を絞ったらだばだばと水が出て、すごいという気持ちと信じられないという気持ちがない交ぜになる。長い坂道、台風前の土砂降りの雨、誰もその坂をのぼってこないということは、今日は休校になったんだって、そんな予想はつくのにそれでものぼりきってここまでやってきたのはどうしてだったんだろうか。
 昇降口に座り込んで水を吐き出させた靴下をカバンの中に突っ込んだ。教室に入ったら干すか、とも思うけど、多分このまま教室にいったって鍵は開いてない。その前に職員室に行かなくちゃ――――。

 ひたひたと、廊下を歩く音は異様なまでに響いた。外は轟々と雨が降っているっていうのに、どうしてこんなに―――誰もいない廊下は静かになるものなんだろうか。昇降口と職員室は目と鼻の先で、本当にちょっと歩くだけなんだけどと、思いながらエイトは職員室の扉の前に立った。薄暗い廊下のに漏れる職員室の明かり。

「…失礼します」
 おず、と扉を開ける職員室。けれど光が漏れて誰かがいた気配を残しているのに、そこには誰もいなくて。
「先生?」
 ぐるりと見回して、それでも誰もいなくて。のぼっていく坂道の途中であっという間に追い越していった赤のFDは、先生のものだと思ったのに。
 気のせいだったかと、エイトは溜め息をついて入り口のすぐ横にある3-Aの教室の鍵を手に取る。チャリと金属のこすれる小さな音がして、エイトはそれを掌に握って職員室の扉を再びくぐる。
 こんな雨の日にわざわざ坂道をのぼってきたのには相応の理由がある。そうだ、昨日貰い損ねてしまった現国のプリントを取りにきたんだ。明後日に差し迫った模試に出るって、言っていたから。

「ダメだ」
 後ろから伸びる手に職員室から出て行くことを阻止される。振り返るのは訝しげに、あくまで平常になんでもないようにと、努力した無表情でエイトは振り返る。一体どこに隠れていたんだ、それとも奥の奥まで探さなかった自分が悪いとでも言うのだろうか。
「鍵を持ち出すときは必ず一言教師に声をかけることになっているだろ」
 悪戯に笑う先生―――トロデーン学園の3-A担当数学教諭ククール―――は、意地悪く表情を作り努力の無表情を引き寄せて冷たい唇を舐めた。
「…じゃあ、なんで隠れてたんですか……」
「そりゃあ、驚かせてやろうかなって気持ちが働いたわけだ。無意識に」
「あんたは子供ですか」
「失礼だな」
 喉の奥でククールは笑った。青い目がいつもよりもっと細くなり、斜めに引き結ばれた口元は自信のある証拠のように不動で。

「十も近いほど年下のお前に言われるなんて」
「そんなことはいいから、早くプリントください」
 はたと気付いたように笑いを止めるククールは銀の髪をかきあげて「そうだった」と繕った。
「プリントひとつにご苦労様だな、エイト君」
 ぴらと突きつけられる現国のプリントを素早く手に入れ乱暴にカバンの中にしまいこむ。呼び出したのは彼だった、昨日渡せたはずのプリントを、わざと渡さなかったのも彼だった。
「今日は台風の影響で休校の筈なんだけど、勉強熱心な受験生のエイト君のために特別待遇をしてあげようか」
 にやりと笑うククールは確信犯だ、断れないオレを知っている。彼を、とてもとても好きなオレを、知っている。そんなことを言われて、いらないなんて言って帰ってしまえるほどの勇気なんかないのに。

「せんせ…」
 じりじりと詰め寄られ、いつの間にか壁際に追い込まれていた。思う壺、という言葉が一瞬頭に浮かんで消えたのは、押し当てられた彼の唇が熱かったから。
 濡れた衣服からその水が滲むのを厭わないククールは、そのままなだれ込んで衣服など必要ならないようにさせてしまう気でいるのだろう。たとえここで―――性交しなくても、持ち帰るつもりでいる。
 割り込んでくる足に股を開かされ、ワイシャツの隙間から冷えた肌にふれる指先の熱に目を瞑る。観念すればしとど濡れるように愛されるのだ、きっと。…ほら、もう片方の掌が、優しく身体を撫でていく。

 そうして誰かを愛することにひどく慣れた手つきに、心はざわざわ嫌な風を吹かす。もっと早く生まれたかった、もっと早く出会っていたかった、男なんかじゃなく、女に生まれていればよかった。

 心にぽつんと浮き出たたった一つの言葉を大切に愛しんで育てていくのに、それは秘密の言の葉となって心に絡みつき、強く呪いのように縛っていく。決して外に出ないそれを、喉に詰まらせ息絶えるなら、それでも…







あーあ、やっちゃったー学園パラレル。
エイトは努力の子だからたくさん勉強して成績を保っているのでしょうに、うっかりテスト前ククール先生につかまっちゃったら保健体育しか勉強できないね!!(殴)


2005/8/19  
ナミコ