※これはプランツドールをもとにしたパラレルなお話です。※














甘美な憂鬱はサファイアの色







サファイアの瞳が吸い込まれるような美しさを秘めてウィンドウ越しにこちらを見つめていた。
急いでいた筈の足はピタリと止まり、金縛りのようにひきつけられた。あんなに美しい子供を、見たことがない。吸い寄せられるように足はふらふらとウィンドウの前へ誘われては、暗くてよく見えなかった子供の全貌や、その店の内装もともに見せてくれた。
薄暗い照明のくせに貴族ぶった高貴さが漂う店、なのだろう。ずらりと子供たちは並び、眠っている。
人身売買、との四字熟語が頭をよぎり、高貴で美しい内装の店も心はそれを一気に顔をしかめさせるものに変わった。
ふと俯けばウィンドウ越しにこちらを見つめていたサファイアの瞳の子供がこちらを見上げていた。長い月色の銀糸が流れるようにまっすぐ下に伸びている。子供は小さくこちらに微笑みを向けた。
それはとても美しく、心がやわらかくなるようなもの。ふと、心に灯のともるような、そんな。

ほんのり、目を細める。

ここ最近なかったような柔らかな思いが心の中に流れ込んだのは間違いではない。
僕はその柔らかな思いとサファイアの瞳の微笑みにつられて、うっかりその店のドアをくぐってしまったのだ。



「プランツドール?」
「観用少女、生きた人形でございます」ですから決して人身売買などではございませんよ、と店主は紅茶を差し出した。
薄暗さの中に気品漂う内装、外から見るより中はよっぽど広く、ちょっとした貴族の部屋のようであった。ところどころ展示してある少女―――――いわゆるプランツドールは目を閉じていて、美しく着飾られているその様はまさに人形そのもの。さきほどこちらに笑いかけた少女はにこにここちらに笑顔を向け、店主の隣の椅子に腰をかけている。
「聞いたことはございませんか?世にも美しく人の心を癒す人形のことを」
「…そうだな、プランツドールに入れ込んだ貴族が財産食いつぶしたって噂は聞いたことがあるけど」
出された紅茶を口につける。ほのかな香りが上品で、とてもおいしい。きっとこれも高価いのだろう。昔からの貴族の財産を食いつぶすほどに金のかかるプランツドール、そのかわり手間はいらないらしいのだけれど。

「美しい子達だね、だけど僕にはとても買えないと思うよ」
そして元々、買う気もなかったと、静かにすすり上げた紅茶を一気に飲むのは忍びなかったけれど、やはり相容れぬものがあるのか、早々に立ち去りたいと思った僕はカップをソーサーに返すと上着を取り、椅子から立ち上がった。
「そうですか」
「ああ、わざわざ話まで聞かせて頂いたのにすまなかった」
じゃあ、と一歩踏み出す足。しかしそれを微かな力で止めるものがあった。
振り返れば銀糸の、サファイアの瞳を持つ世にも美しき微笑みをもたらす少女が。

「ああ、こら」
たしなめるような声と一緒に店主の腕が伸びても、その意思は裏腹であるように思えた。義務的に少女の手を離させようとしては見るものの、すぐに彼は「困りましたね」と首を傾げこちらを見た。はじめからわかっていたようなその対応はなんだというのか、少女は一向に手を離さない。それどころか子供が抱きつくように強くしがみつかれ、離れることなどままならない。

「これほどのものとなると、お客様を選ぶんですよ」人形は。と、いけしゃあしゃあと笑い、店主は目玉が飛び出るくらい法外な値段の書かれた短冊を見せた。
「この子は貴方を気に入られたようです。もう、他のお客様になど見向きもしない」
買えと、ことほかに言っているようなものではないか、これでは。
しがみつく小さな人形は、そうして僕に買われたがっているのか。商売上手だなあと思ってしまうのは、もう買ってしまいたいと思っていることと同意義だ。

「いや、でもそれにしたって高すぎる。こんなの買えるわけが―――――」
「王家縁のエイト様ともあろう方が、出し惜しみなさるのですか」
ひくり、と口元を引きつるような思いに駆られる。勿論それは惜しみなく外に顔に出ていたらしく、それでも顔色ひとつ変えない店主は「失礼」と断った上で胸元を指し示した。
迂闊だった、いつの間に零れていたのだろうか。チェーンにくぐらせ隠していた父と母の形見のリングは赤く外に映し出されていた。
「目ざといな。…それにしても高いことには変わりない」

などと不平を漏らしながらも結局買ってしまったのだからどうしようもない。一切の費用の請求をクラビウス王に充て、手紙を書いた。クラビウス王の兄であるエルトリオの息子が今になって現れたことで西の国は今王位継承権の発生やらなにやらで揉めていた。エイトにとってそんなものは必要なく、ただ父の話を聞きたかっただけに過ぎなかったのに。
今日だってそのことで話があると呼ばれていたのだ、本当は。忙しい毎日に辟易し、逃れたいと思っていた。それでも足は止まらなかった。
けれどそれを自然に、そうあることが必然のようにひきつけられたサファイアの瞳をもつ人形は、微笑みほんのり色づくやわらかさを与えてくれた。
本当に欲しいものはきっとこれだと思ったから、すっぱりと放棄するのだ。これが国とエイトを引き離すものであればいいと思う。甥っ子の最初で最後のわがままを聞き入れて欲しいと、そう。

「そういえばこの子の名前はなんていうんだ?」
「それはお好きなように。この子も、貴方に名前をつけて貰いたいでしょうし」
少女はじっとこちらを見上げた。まるで名前をつけてもらうのを待つように。
「どんな名前がいいかな、女の子の名前をつけるなんて、気恥ずかしいね」
「え…?失礼、お客様。今なんと仰いましたか」
服やらミルクやらを用意していた店主がはじかれたようにこちらを向いた。なんとって、なんのことだ。
「…気恥ずかしいね?」
「その前でございます」
「女の子の名前…?」
「それでございます」
ぱちん、と店主は短冊を取り出し、すらすらと達筆になにかを書き込んでいく。
「申し遅れましたが」とくるりとこちらに向けられた短冊には、観用少年の四字熟語が。「こちらの人形は珍しい少年でございまして、少女ではないのでございます」との言葉に僕は我が目を疑い少女と思っていた少年を穴が開くほどにまで見つめた。
下にまっすぐ伸びた美しい銀糸、サファイアの瞳。これがすべて男の子のものであるかと思うと、眩暈さえ感じられる。

「信じられない…!!」
「幻滅なされましたか?」
店主は微笑しながら選出した服を並べた。選べといっているのだろう。
僕はこの子を抱き上げながら「まさか」と笑い返した。どうしてこんな美しい子を幻滅しなければならないのだろうか。美しいということはそれだけで人の心を豊かにさせる。それが男でも、女でも。
「僕はこの子だから決めたんだ」
にっこりと少年は、それこそ花がほころぶように笑った。サファイアの目は寒色にも関わらずあたたかさを含ませて。

そして僕はなんとなくこの少年の名前はククールにしようと思ったのだった。








プランツドールネタをどうしてもやってみたかったのです。
次はプランツマルチェロね、ひっひっひ  続きますよ〜いちおう。


2005/4/4  ナミコ