く ち び る か ら ま ほ う






夜のしじまは気高く聳え立つ。
壮大な空と海と大地に包まれた世界は壮大で荘厳なる大自然の夜を迎えた。
獣怪物の類は夜気と共にその本性を色濃くあらわし徘徊し、本能のままに生きる。
人はといえば城壁や硬い石の家に囲まれ守られ夜をやり過ごす。

虫の鳴き声と、燃え盛る火がはじける音。
火種を絶やさぬよう見守る者と英気を養う者。

長い旅中、休まずして夜の森を抜けるにはあまりに無謀すぎる。
かといって近場に屋根ある場所もないのなら、空は星空。多少の危険は伴いながらも野宿し、確実に明日の朝日を待ち続ける方がいいに違いない。
聖水をくべた焚き火は、聖なる炎。魔物を寄せ付けず彼らを守る。…もちろん、寒さからも。

遅い夕飯の後に談笑を交え、パーティの親交も深まるうちにうつらうつらとまぶたを伏せ始めた始めの2名は残り2名の計らいによって一足早く眠りにつくことになった。(王も姫も4人に関係なくもう既に休養の体制に入り込んでいた。)

「あとはオレが見てる。お前も寝ろよ」
赤い炎に照らされた彼の赤はいっそう赤を増していた。炎にあおられた彼は静かに聖水と小枝とをくべ、炎を絶やさぬよう心がけていた。
「ククールは?」
エイトが問うとククールは肩をすくめて笑った。
「おいおい、火番が眠りこけちまうわけにはいけないだろ」
火番が誰がするなんてことは一言も口にしなかったというのに、ククールはもう既に自分がそうだと決め付けている。
エイトは苦笑し、その場から立ち上がることなく彼と同じように肩をすくめた。
「火番はふたりだ」
ククールは一瞬面くらい、次にはくしゃりと微笑んだ。
「そうだったな」と。





つかず離れずの距離に座り、焚き火を囲った。
他愛無い話に時間を費やし夜が明けるのを待つのもいいかと思ったが、思いのほか時間というものは長かったらしい。
途絶えた会話にククールは一瞬の驚きを抱く。女相手だったら、会話が途切れるなんて有り得ないのに。
もっとも、エイトを女だなんて思ったことはない。男だ、知っている、華奢で未発達な外見してるくせに、女みたいなくせに、誰よりも男らしい。

「なぁ」

静かな夜、火の弾ける音だけが聞こえるその場所でククールは自ら一歩、歩み寄る。
「お前のこと、教えろよ」


好きなものはなに、食べ物とか、人とか、大切なものとか、苦手なものとかも、趣味は、本とか読むのかい、それとも賭博とか、酒は、なんでもいいから聞かせろよ、チョコレート、キャンディ、バラとかユリ、宝石――――ああ、ごめん間違えた。剣とかさ、手入れの仕方、そのバンダナどこで買ったの、そのネズミはお前のなに、チーズ食うか、ありがとう?別にいいって、髪さわってもいいか、けっこうやーらかいのな、手ぇ見せて、手相みてやろうか、え いいって、(うーん男の手だ)生命線はすごく長いし太いよ、姫サマたちも安心だな、(あ、笑った)、なあ、エイト、

すきだよ、キス、してもいいかい





「ん、」
炎を前に、ふたりはひたすらお互いの唇を合わせることに専念していた。
好きだよ、と耳元で低く囁く言葉にいつも手は微かに震えた。エイトはククールの言葉に対して言葉で想いを返さない。
そうするにはあまりにもククールは軽薄であった。
エイトの真摯な言葉に睦言は不釣合いすぎる。
だからエイトは黙って彼の唇がエイトの唇に触れるのを待つか、自ら強請るように薄く口を開くかのどちらかしかしなかった。

「ん、んふぅ……」

薄く開いた口端から彼の舌がこっそりと侵入する。はじめなぞるように唇を辿っていたそれは舌を探し、やがて喉の奥へ奥へと求める声を止まない。
苦しさと穏やかな激しさに受け止め切れなかった唾液は混ざり合い、顎を辿り滴って落ちる。息が上がる。それでもククールは唇を離さない。

(やわらかい唇、止まらない)

(嫌なら、突き放すはずだから、きっと)

唇をあわせるだけで満足だなんて幸せなこと、女と見たら百戦錬磨のククールにとっては衝撃だった。
唇をあわせる可愛い子、頼りない、頼りになる、ククールの好きな人。
バンダナを外して、頭を撫でて、抱きしめたい。

小枝と聖水、炎と火番。
すぐ傍には眠る仲間がいる。

もうちょっと、あとちょっと、唇を合わせていたい。それ以上はしないから。ここではできないから――――。
溢れるばかり、枯れることない渇望を、胸に抱きながら夜は少しずつ過ぎていく。








2004/12/15  ナミコ
もしもこんなことが野宿の度にあるというのなら私はゼシカになりたい。そしてクク主を見つめ続けたい。
焚き火に聖水を云々は捏造。つか湿ってまうがな…(´д`)