あなたとせかい






寝返りを打ったそのとき、関節のきしむような感覚にいつもとは違う痛みを感じ、目を開けた。
ぼんやりとカーテン越しに差し込んだ光がまぶたを照らしている。
スズメの鳴き声と静かな寝息だけが今、エイトの聴覚すべてを支配していた。なんて穏やかな、朝。
エイトを抱く腕も意外に逞しい胸の隙間をかいくぐり、包むように抱いていた腕をどかして起き上がる。
まとめず放り出された銀糸はしなやかに伸び、美しい。
手にとったそれは思うより柔らかく、強い。

この、美しく切ない男に抱かれたのだと、そう思うと心は強く跳ね、言いようのない悦びが心を満たした。
戯れのようなセックスを、まともに取り合うなんて図々しいことは出来ず、けれど募る想いを留めることも出来ない。
まっすぐ見ているものを知っている。
まっすぐ求めているものを知っている。

知っているということと、見ていることとではまるで違うということもまた。

主観に立って考えることを、頑なにエイトは拒んでいた。
だって、そうだ。そうすることは、心を深く汲み取って包むようにしか愛せなくなってしまうから。
もう笑うことも触れることもキスすることも抱き合うこともできなくなってしまう。
想いのベクトルをためらうことなく向けることができるのは解らないうちのみだからだ。

指輪なんかなくなってしまえばいい、と。

唇を噛み締め顰めた眉で睨みつけることができるのは、今だけ。



「…すき」
こっそりつぶやいた言葉を唇に載せて、そっとまぶたにキスをした。
その目に映るものが自分だけだったらいいと、そう思いながら。

「……そういうことはこっそり言わないでください。面と向かって言いましょう。喜ぶからさぁ」
照れくさそうな声と一緒に伸びた腕はエイトをまるこど捕まえ、力強く抱きしめ頬を寄せる。
「おっ…ま、えっ!!」
狸寝入りとイカサマ十八番、世界のカリスマククールはいつだってなにものの心を掴むことに余念がない。
胸の中暴れるエイトをそれすらひっくるめて抱きしめ、戯れるようなキスを口、頬、まぶた、鼻、口としていった。

なんだ、こいつはこんなにも切なくなるほどお前のことを考えているっていうのに、どうして、こんな。

「わー、もうエイト好き。大好き。オレのものになって、結婚して、さらっちゃいたい」
ぎゅうぎゅう締め付ける腕はもう離さないとでも言うみたいだった。本当に、離さないでくれたら嬉しいのに。
さらりと冗談みたく愛を述べるククールに、正直エイトは辟易している。
信じたら足元から崩れる均衡、冗談と本気の境をちゃんと理解しておかなくてはならない。

「そんなの、できるわけ、ない」

想いのベクトルはいつだって一方通行だ。受け止めることを知らないから不器用に思い続けることとしか出来ない。
それはちょっぴりの勇気が足りないだけなのかもしれないのだけれど。
真実の想いは胸の中へ秘められたまま、誰の目にも晒されない。

「できない、か」

なんだよ、どうしてお前そんな声出すんだ。
落胆したような声を出す所以を、エイトは知りかねない。
第一そんなふうにすべきものは自分であってククールではない。ないはずなのに。

「そうだよなあ、お前には王も姫も国もみんないるもんなあ。みんなのエイトだもんなあ」
「なんだよそれ…」
それを言うならお前は、お前だって。
ぎゅうっと締め付けられる、切なすぎる胸の痛みに泣きたくなった。
お前だって、あいつがいるじゃないか。

「なんだよ、」
言葉は詰まってそれ以上出てこなかった。
喉の奥で熱いものがこみ上げるように苦しい。溢れ出すようで痛い。震えているのを知られてしまうことが怖かった。
その震えからすべてを悟られてしまわないかと思ったから。
「オレのものになってくれなくてもいいからさ、オレのこと好きでいてくれよ」
ひやりと冷たい手が心臓を掴むような、そんな気持ちになった。
それが信じていい言葉なのかどうなのかわからない。ただ、それでもそれは、ずっと心に残って消えてはくれない言葉になるという確信があった。

「……お前のものになってやるから、オレだけを見ていろよ…」

噛み付くようにキスを。
有無を言わせない。

瞑った目、離れればもう世界の真正面にはお互いしか見えない。
違って見えたはずの世界なんて塗り替えて、見て欲しいものだけを与えて。

それは貪欲で純粋な願い、だから。






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カリスマさんはマルさまをこんなふうに思っているんだろうなあと考えると、とても悔しかったり悲しかったり切なかったりするのはなんでだろう。
エイトの気持ちになってるのかな、と思うのがせめてもの救いかと。(ん?)

2004/12/30 ナミコ