クソッ喰らえ、ゼノン!!






「やぁやぁエイト!!今年ももうそろそろ終わりだな!年明けは願いの丘でふたりっきり、永遠の愛を誓いながら日の出を迎えてみないか?勿論オレ様この日のためにジパングのお節とかいう年明け料理会得したんだぜー!!なー、一緒に食お!!ついでに日の出と一緒に姫はじめもしちゃう?初夢一緒に見ちゃう?なー、エイトエイトエイトー!!」
「そんな暇はない!つうかそういう腕は王や姫のためにふるってくれ!!」
まったくもう、とククールをあしらうエイトは正しい。
この旅のどこにそんな余裕があるって言うんだ。
そりゃあまあ最近はレベルアップにいそしんでいたおかげで、多少なりとも金銭に余裕がでているっていうのが確かなことかもしれないけど。

「じゃあ年明けはどこかの街の宿でいつもどおり、酒に酔い酔い愛を囁き、えっちなことをしてくれるんだな」
「わー!!なにを言ってるんだ!!つうかいつもってなんだよ!!してないだろ!!!」
「そうでした。いつもしてくれないからオレ様エイト君のあらぬところを探ったり触ったりまぐわ「わーーーーーーッ!!!!!!」

エイトの叫びにも似た大声はククールの言葉を遮りかき消す。
そこには頬を染め、睨み付けながらククールの口を両手で塞ぐエイトと、それをしてやったりのにやにや笑いで見下ろしているククールがいて。
まったく、と嘆息する。どうしたいんだ、と折れるのを待っているんだこの男は。
なんだかんだで我を通す、わがままな奴。
だけどそれをわかっていて、そのわがままを最終的にはきいてやってしまっている自分にも、ほとほと呆れるのに。

「……どうしたいんだ」
「ん、なに、きいてくれんの?」
そうせざるをえない状況を作り出した張本人のくせに、ククールは嬉しそうに破顔し、エイトの手にくちづける。
ああ、ちくしょう。こいつはいつだってそうして、無意識に嬉しくなるようなことをする。
お前そういうこと誰にでもしてんのって聞けば、お前だけだって返ってくるその台詞。なぁ、それも全部誰かに言ってるのかなって、次から次に疑うんだ。
お前なんか信じられないって思うのは、オレがお前から逃げてるってことなのかな。

少しだけ覚悟して言葉を待った。
わがままをきいてしまうのは、覚悟のない自分に言い分けて甘やかしてるだけだって思うから。
「言えよ」
ヤバイ、と感じた。少しだけ震えた声の裏側に意味するものを、こいつは聡く感付いた、きっと。

「トロデ王!」
真向いに向き合っていた男はパッと離れ、御台に乗る王の元へかけていく。
離れればしつこく寄るくせに、寄ろうとすれば後退する。
まるでゼノンのパラドックスだ。永遠に残り続ける半分の距離を、縮めることは出来ない。

「(ってなんだよ、それじゃあまるで縮めたいって思ってるみたいじゃ…)」
無意識に感じた思いそのままに頭を逡巡したそれは、ゆっくりエイトの中浸透して理解されていった。
「どうしたの、エイト。顔赤いわよ?」
「……暑いからかな?」
そうかしらと、それでもそれ以上なにも突っ込まなかったゼシカに心から感謝する。

「おーい、エイト。ちと来てくれんかのう」
「王、すぐ御前に!!」
馳せ参じた王の元には、先ほど王の元へ行ったククールも当然いて。
「ククールから聞いたぞい。年明けは願いの丘でとな。よいではないか」
「えっ、」
慌てる心を押さえながらククールを見上げれば、微笑んで返される。
「たまの息抜きも必要であろう」
「えっ、でも、王!!」
「皆でゆっくりすごすのじゃ、よかろうて」

ああ、なにを慌てていたんだ。王を差し置いて、なにを。

「では王、私は各地での地酒を入手して参ります」
そうかそうかと、満悦そうに顔をほころばせる王に軽く微笑み、エイトはヤンガスを呼ぶ。
「オレとヤンガスは各地をまわるから、お前はゼシカと作っててくれ。そうだな…今夜10時くらいに川辺の教会で間に合うだろ」
ルーラを扱えるのはオレとお前だけだから。
では王失礼しますと、アスカンタにルーラで送り届けてから出立した。





「夜は結構冷え込むのな」
「ブランケット用意して正解ねー」
話しながら吐き出される息は白く、露出されている部分の肌はもうかじかむような痺れを感じていた。
ゼシカはひとつ身震いをすると、馬車の荷台に詰め込んだブランケットのひとつを取り出して羽織った。
「エイトたちまだかしら」
「さあなー」
焦れるようなふたりの気も、すぐに杞憂へ変わっていく。
待ちわびるふたりの前に青い光の筋が降り、切りさかれた空間から待ち人は姿をあらわす。

「ごめん、待った?」
「ちょっとだけね」
でも平気よ、早く行きましょうよとゼシカはエイトの背中を押す。王は既に橋の向こうで4人を待っていて。
「ご苦労じゃのう、エイト」
上機嫌の王が声をかけてくださったということに、思わずはにかむように笑えば後ろから「アッシだって手伝いやしたよ」と、オレが持つ以上の重量の酒瓶を持ったヤンガスが来て。
「いーからオラ、とっとと歩きやがれ」
そのヤンガスを押してククールともども歩き出す。
軽い深夜のピクニック気分で行くそれは、確かな気晴らしとなっているだろう。
ここのところ少なくなっていた笑顔や談笑は束の間戻り、緊張と不安を忘れさせる。

「わっはっはっ!酒じゃ酒じゃー!!」
辿りついた丘の上、広げたバスケットを中心に囲んで酒を交わす中、一番喜んでいたのは意外にもトロデ王だった。
普通の街では酒場に思うだけいられぬ上に、入られるところも限られているのだから当然といえば当然か、ゆっくり、しかも好きなだけ吟味できるということに思い切りタガを外す王にエイトは嬉しく、促されるままに酌をした。
「お楽しみ頂けているようで」
「うむうむ、最高じゃのう」
酒に火照った頬に口元を緩ませながらトロデは酒を進める。
あたりを見回せば、盃を傾けるヤンガスにシャンパンの瓶を抱えるゼシカ、ワインを片手にゆったりと飲み進めるククールがいて、みんなそれぞれ談笑しながら、頬を火照らせていった。

「ちょっと王様ー!!エイトを返してもらいますからねー!!!」
トロデに酌をしていた腕を掴み、ゼシカはムリヤリエイトを自分のほうに引き寄せた。
なにするんじゃ、というトロデの声も酔っ払いの耳には蚊に刺されるよりもかゆくないものらしい。
おっさんばっかりズルイでがすとか、エイトは王様の臣下である前にあたしたちの仲間なのー!!と両腕ごともっていかれたら、抵抗する暇もなくあとの残ったひとりに連れて行かれるだけで。

「さーさーエイト。オレ様の手料理をたんと味わいたまえ」
ぽつんと向こうに残されたトロデは憤慨しながらも今度はヤンガスに酌をさせているのだから、まあいいか、と夜と酒と景色に任せてジパングのおせちとやらに手を伸ばしてみる。
「エイトエイト、こっちの煮しめあたしが作ったの、食べて!!」
伸ばした手はフォークごと煮しめに導かれ、その上さされてしまった。
ゼシカはにこにこ笑ってエイトを見つめ、それが口に運ばれるのを期待して待っている。
「どーれどれ、それはアッシが食ってやるでがすよ」
「ぎゃー!!誰があんたに食べろって言ったのよ!」
横からひょっこりとあらわれたヤンガスはエイトのフォークから煮しめをかっさらい、他にも数品皿ごと取り上げ王の下へかけた。
「ゼシカ、まだあるから…」
大丈夫、と言おうとしたけれどその声は届きそうにない。ゼシカはメラとともにヤンガスを追いかけていってしまったからだ。

「ちょっとエイトくーん、食ってくれってな!!ほらほら」
しっかりふたりを追いかけていた視線ごと正されて、かわりに目前に出てきたのはそれぞれの種類のものを一皿に盛ったもの。
「…これ、本当にお前が作ったの?」
「あったりまえだっつの!これが伊達巻、二色卵、天寄せ、かまぼこ、」
指をさして説明するそれは初めて見るものたちだった。
鮮やかな色に見目のよさは抜群で、あんまりそれが食べていいものなのかどうか迷うような気にさせるものだから、エイトは遠慮がちに食べれるのか、と聞いてしまったくらいだった。
「食べれるって。毒なんか入ってません。あやしい薬も入ってません。うまいぞー」
ククールはそれでも少しうろたいがちなエイトのために、皿に盛ったいくつかのうちひとつを摘み上げて口元に促してやった。
一瞬たじろぎながらもエイトは口をあける。入れてもらったそれを咀嚼すれば、上品でほのかな甘味がひろがり、のみこめばほころぶ顔を抑えることは難しくなった。

「芸が細かい…」
それがエイトにとっての精一杯の褒め言葉と、ククールはしっかと受け止めて笑った。
「褒めて頂いて光栄だよ」
「……ワイン寄越せ!!」
それもまた照れ隠し、と悟った男は上機嫌でエイトにワインをついでやるのだ。
気に入らない笑顔だ!!とエイトはどんどんワインを煽る。顔が火照っているのは、たくさんのアルコールを煽ったからなんだと言うように。

「そんなピッチで飲むと日の出までもたないぜー」
「うるさい!いいから伊達巻とやらとワインを寄越せ!!」
「はは、そんなに気に入ったならいつでも作ってやるのにさ」
ほのかに甘いそれらを気に入ったのは確かで、だけどそれを正直に告げるほど素直にできていなかったので、エイトはフンと顔を背けてあさっての方を向いた。
酒に酔いつぶれたトロデとゼシカにブランケットをかけるヤンガスは、自分自身もふらふらと千鳥足で危ない。
危ないといえば、まわりの早いアルコールにくらくらしているエイトもちょっと、危ないのかもしれない。

「わいん」
注げ、と言わんばかりにグラスを差し出すけれど、ククールは「もうないぜ」と苦笑してエイトの手からグラスを取り上げる。
「うそつきめ…」
「嘘じゃねーって…ったく。目が据わってるぜ、オイ」
ぐるぐる回る頭には、正面きって見つめたはずのククールがふたりにもさんにんにもなってぐるぐるまわっていた。
あー、やべ、ちょっと飲みすぎたかも。なんて思った時点でもう相当飲んでしまった後なんだから、どうしようもない。
酔いは平衡感覚すらねじまげて世界を暗転させた。ん?暗転?反転?
目の前いっぱいに広がる赤になんじゃこりゃーと笑い転げそうな頭は数十秒を要してそれをククールだと理解した。
倒れたのか、前に。だから抱えられてるのか、こいつに。

「んー……っ」
抱えられた胸にぐりぐり頬を摺り寄せ、思いっきり抱きしめたら「ぐえっ」というカエルのつぶれたような声が聞こえた。加減の感覚も掴めないらしい。でもまあいいか。
「なー、おまえ、さ。なにしたいんだっけ?」
「はあ?なーに言ってんの、エイト」
思い返す頭は酔いも回り、思い出した思考のままを口にする。
「えーっと、えいえんのあいをちかって…、ひめはじめ?はつゆめ?」
「な、なーに言ってんの、エイト!!!」
「おお、ドキドキしてる」
ぴったり耳をつけた胸はばくばくと音を立てている。それにつられたようにオレの胸も…早くなってる、な。
見上げれば、眼前には片手でこめかみから目を覆って俯くククールの顔…と唇。赤くなってやがる、と思ったその頭にはすぐ小さく呻いたククールの声が入ってきて。

「キスしたいんなら、しても…いい、よ?」
ククールの目を隠していた手は取り払われ、かわりに驚きに見開いた眼がエイトの目、近く交わって。
迷いの目を捉えたのはまっすぐククールだけを見る目。迷いながら半分、半分と近づいてくるその間にあるもの。ふたりをはばむ。ゼノンの、




ガッチン!!!

「っ〜〜〜っっ!!!」
声にならない痛みがふたりの口先、歯から伝わって脳天を駆け巡った。
チカチカ星の回る目。完全に酔いは冷め切って、涙すら零れてエイトの頭に覚醒をもたらした。

「バッカ、おま……ぃって〜……」
「だって、お前が、だって…!!!」
半分、半分って近づいてきたら、ずっと重なんないのかなって思ったから。そんなの悲しいから自分からも近づけたんだ!…なんてこと、完全に酔いのさめてしまったエイトはもう口にはできないけれど。
痛みに痺れる唇を押さえながら、エイトはククールを見る。

「お前は動くな」
自分と同じ、痛みに不服そうな顔をしているククールはエイトの手を取り払い、今度こそふたりの間の距離をゼロとする。
痛む痺れさえ取り払うように舐めて癒す。そして少しずつくちづけは深くなっていく。
「んっ……、ふ」
長いような、短いような、不思議な感覚はさっき痛みと共に味わった痺れとは違う痺れを頭にもたらしていく。
目にチカチカ星はまたまわり始めるのに、胸はドキドキ、酔ったみたくとろけそうな思考が溢れる。

みんな酔いつぶれてよかったぜ、と呟いたククールはそれからもうずっと、日の出までエイトの唇にキスを落とし、抱きしめることだけを楽しんだ。(だって姫初めなんてそんな恥ずかしいこと、こんなところでできるかよ!!)
宿に戻ったら、なんて言ってる男の言葉をさりげなく無視しつつ、眠りこけている仲間たちを起こしてやる。
日の出を見て、新しく明けたこれからも、変わらず明日は元通りの旅へ戻るだろうけど。

「今年といわず、一生」と、手を取る誰かさんの手を払いのけなくなった。その進歩を年明けと共に喜んでくれよ、なあ。










【ゼノンのパラドックス】
紀元前5世紀に活躍したギリシャのエレア学派の哲学者、ゼノンの論法。
※例えばククールさんとエイトさんの唇の間の距離を1と仮定した場合、ククールさんがエイトさんの唇に触れるにはまず半分の距離を近づかなくてはならない。残った半分の距離も、またその半分ずつ近づいていく。半分、半分と近づけて行っても、永遠に半分の距離が残るから、ククールさんとエイトさんの唇は触れ合うことはないと言う逆説です。(例話!!ちゃんと知りたい人は調べてみよう!!)※






みなさんあけましておめでとうございます。
新年なだけに皆さん気持ちいいくらいフリーなので、それ持って帰りたい一心で私もこれフリーにしたい気持ちでいっぱいですが、踏みとどまります。
だってこれはクク主同盟さんに押し付けクク主、いつもの3(言いすぎ)2本分。
バレンタインフリーとかやれたら嬉しい…と思うだけになってしまうのは悲しいのでなるべく実行したい。
ああそうだ、それから今日からちょっと課題などと格闘してきますので更新止まるかと思いますが許してください。

2005/1/8 ナミコ