七転八倒手を差し伸べて、またダイブ






枕を涙に濡らした日はいくつあっただろうか…少なくとも、こんなにでかく成長してからそんなふうになったことなんて、初めてなんだけどもよ。
追えば逃げ、止まれば振り返る癖に捕まらない。
そんな誰かを追うのに少しばかりの虚しさと切なさを覚えるから、ククールは泥酔の域を越す量のアルコールを摂取しようとする。次の日二日酔いと頭痛にガンガン頭を痛めると知っていながら、それでも女か酒かと聞かれれば迷わず酒を選ぶようになったことだけは、少なからずの防波堤を持ち合わせたということなのかもしれない。
いくらつれなくたって、気があるそぶりを見せなくたって、オレにはお前だけだといつでも見せつけてやらねばならない。……というのも、うっかり優しさと人肌と女の子のやわらかい胸に流されてしまった日に限って、 か な ら ず と言ってもいいほど一番見られたくない奴に目撃されるものなのである。
――――もっとも、見られた時点で元々白い肌をそれ以上に白く、または青白くさせて言い訳を叫びながら謝りにいってしまうのだけれど。
繰り返し繰り返されたそれはもう条件反射として身体に刻み付けられている――――、皮肉なもんだなあと思いつつもそれを口には出さない、出せない、出せるもんか。
いいんだ、オレは一生あいつを思いながら生きてやる。よし、あと1000回好きって言ったらエイトがオレのために笑ってくれる。
オレはエイトが好きエイトが好きエイトが好き……。



「あーん、ククールゥ、ひとりでなにしてるのー?」
「ぅおっと!?……なんだラヴィか」
「なんだってなによ、ひどいわね!」
くるくる纏わりつくそれは、ここへよく来ていた頃許していたように背中から腕を回し、ぴったりとくっついて猫のようにじゃれついた。
押し付けられる胸に少なからずの興奮を覚えたことも、結構記憶に新しく…まあ若いってことだってことでそれは向こうに置いておいて欲しい。
しかし恋に苦しみながらもやっぱりどこか浮かれてるネジが1本抜けてしまってるような頭は、これがエイトだったらなーと不謹慎なことも考えているわけで。
まー、あのエイトがこんなことしてくれる筈もないんだけどさ。

「あっちいけって。オレはお前の相手はしてやれねーよ」
「なによ、エラソーに!!どーせどっかの世間知らずの純朴娘に恋したとか言うんでしょー。ほーらほら言いなさい、聞いてやるわよ、あたしがあんたの相手してやってんのよ」
けらけら背中で豪快に笑う女はそれでも昔、甘い夜とかいうものを過ごしたことがあるはずなのに、それすら微塵も感じさせずに腕を絡めてきた。
商売柄とでもいうのか、はたまた元々そういう性格なのか、まあ馴染みすぎてそんなもんもどこかへいってしまったっていうのが正しい見解なのかもしれない。
ラヴィとは随分長い付き合いだが、今はもう友人以外のなにものでもないのだから。

「てゆーかさ、あそこに座ってる堅そうな美形いるじゃない。あたし狙ってるんだけどさー、なかなかなびいてくんないのよねー。まぁ実際堅いんでしょうけど」
押して駄目なら引いてみろって言うじゃない、とラヴィはククールに耳打ちする。
一芝居打てと言っているのだ彼女は。

「ラヴィ、悪」
悪いけど、と続くはずの言葉は出てこなかった。ラヴィはククールの言葉を遮りその唇に指を押しあててみせたからだ。ニヤ、と一瞬口端はあがり、チラリと目線を促させる。
その先には酒場のドア、その場所には見知った顔の、一番見られたくないような、しかし見せ付けてなんでもないふりをしたいような、そんな複雑な思いにかられる人間が、そこにいて。

「ククールゥ、ひとくち頂戴」
猫被りに長けたラヴィは極上の猫を被り、ククールに擦り寄った。
ああ、ちくしょう。オレはなんにも言ってねぇぞ。それなのになんにも知らねえラヴィにもすぐわかっちまうくらい表にあらわれてるってことかよ、クソ。

「ククール?」
こいつだって、なんでもないような顔しやがって。自分がどんだけ独り相撲してきたかってのがあきらかにわかっちまって虚しいだけじゃねぇか。
「…んだよ」
「だれ、その子」
「あたしラヴィ。よろしくねー」
社交辞令のように聞いてきたそれに胃は重くなって、眉をしかめざるを得なくなった。

「お前、なにしに来たんだよ」
「別に…来ちゃいけなかったのかよ」
カタンと隣のイスがひかれて、不機嫌な声をさせたエイトはそこに座った。
別に悪かねぇけど、と付け加えて飲みかけのグラスを煽る。しかしその手をラヴィは掴んでククールの手からアルコールに口付けた。
「ありがちゅ」
軽く頬にキスする音と、首にまとわりつく腕の力が強くなる感覚。
別になんともないだろ。こんくらいでなにかアクション起こしてくれるほど、好かれちゃいねーよ。
そう思いながらもエイトに視線を送るあたり、少なからずの期待や希望はまだ持ってるらしい。どんなに絶望的でも、望みは捨てられねーっつの?人間ってのは前向きにできてるもんなんだ、根底は。

「なにか言いたいことでもあんのかよ?」
「別に…」
さっきからこればっかじゃねぇか。なーんにも発展しねぇ意味のない問答。なんか、虚しい…。
「ねー、あなたもククールの可愛い人?」
見兼ねたラヴィがエイトに話かける…って可愛い人ってなんだ、可愛い人って!!
「違います。そんなんじゃありません!!!!!」
断固拒否、そして即答。もー本当に関係ないぜ!!みたいな顔されて言われると、虚しい通り越して悲しいんだけどさ。
ぽん、と優しくラヴィに肩を叩かれるそれは、本当になんとも思われてないのねーっとでも言うねぎらいか。クソ、わかりたくもないのにわかっちまって余計に虚しいじゃねぇか。
がっくり肩をおとしてうなだれる。
望みなしって辛いよな、それでもさ、どうしようもないくらい好きなんだけどよ。

「…一緒になんかしないでくれよ」
「ん?」
いつもとちょっと違った声色で、それがなんだか拗ねたような雰囲気だったから、思わず顔をあげてそっちを見る。
ムッツリ口を引き締めてククールに冷たい一瞥をくれるいつものエイトはそこにはいなかった。
ぷっくり膨らませた頬は心なしかほんのり赤くて。
あー…、なんだなんだ、これはどういうことだってんだ。

オレは今、幻でも見てるのか。

「…つーか、お前エイト?」
指差して目の前の幸せを再確認。と同時に飛んできた拳の痛み。わからないわけがない、いつも戯れては頂いているこの痛み。これはまぎれもない真実で現実なんだと認識できました、どうもありがとう。
「ククールの、バカッ」
上目遣い、軽い嫉妬、どうしてわかってくんないのとでも言いそうなその目。
うわぁ、なにこの子、可愛いんですけど!!
サンキューラヴィ!!オレはついさっきまでお前のことウザイとかしつこいとか鬱陶しがっていた前言を撤回します、謝ります、土下座します、つーかマジでありがたいぜー!!
うおーと叫んで両手をあげて万歳三唱。それは嫉妬、嫉妬だよな!!

「あたしこれでも料理得意なのよー、ね、ククール」
「オレだって兵士に志願する前は厨房にいたんだからできるよっ」
うまいことラヴィは自分のペースにエイトを乗せていく。
今まで見たことのない反応でもって返してくるエイトに、ククールはとにかく新鮮な驚きと喜びでいっぱいだった。
間抜けにもぽかんと口をあけたままそれを見て、「ああ、そーいえばお前の作るメシ、やたら美味いもんな」と言えば、エイトは「本当!?」とものすごく嬉しそうな顔をして見せたものだからククールは軽い眩暈さえ起こしそうな喜びを感じる。
信じられないけど夢じゃない。夢みたいだけどでも現実。これが本当、本当のことなんだ、と。
振り切れそうに感極まりそうなククールは、思わず目頭に指を当てたい気持ちにすらなった。

「ふふーん、でもあたし胸おっきいからククールを楽しませてあげれるもん」
「………!!!」
核心ついたりと勝ち誇るラヴィにエイトは顔を歪ませる。
あるわけがないその膨らみに、どう太刀打ちしろっていうんだろうか。どうしようもないそれに、エイトは口をすぼませ俯いた。
言葉を紡ごうとする口は開いたと思えば言葉を失い、閉じたと思えばまた開く。
いやいや、つーかそもそもオレは、
「別にお前だったら…オレ、」
ククールの顔を見るエイトの顔が、みるみる嬉しそうにほころんでいって。
「だって!オレがいーんだって!!」
なんか、いい感じじゃん。脈ありっていうのか、今まで全然そんな素振りなかったけどさ、押してだめなら引いてみろ作戦オレ様ゲットじゃん、ラヴィそっちのけで悪いけどさ!
「(なによ、あんためちゃめちゃ脈アリじゃない、ってかなによーこれじゃあたしがあんたの為に芝居したよーなもんじゃない!!)」
「(クックックッ。サンキューラヴィ、オレこんなにお前に対して感謝したのってはじめてかもしんない)」

「…なあ、なにこそこそ話してんの?」
「えー、べっつにー…ただの内緒話だよ」
内緒話、という単語に反応し、ほころんでいたはずのエイトの顔はまたもやみるみる膨れていく。
「…オレには聞かれたくないことなんだ…」
目に涙すら浮かびそうな声、いや、なんだかもう滲んでいるような瞳の潤み方に心臓を捉まれるような気持ちになった。
つーかもう心はガッチリ捕らえられてるんだけどな。
「エイト……」
名前を呼んでじっと見つめれば、少しだけ上目遣いのエイトと目が合った。
「なんだよっ…」
「ん、あのな…」
頬を膨らませ、怒ってるんだ、悲しいんだという気持ちを隠さずあらわし、それでも真摯にエイトはククールの話に耳を傾けてくれた。
きっと否定の言葉を待っている、そして安心させて欲しいと思っている…筈だ。
今まで多くのどんな女の子を相手にしてきたククールでさえも、エイトを前にすると経験も自信も全部揺らいで崩れ去ってしまう。情けないほど、好きだから。

「オレはお前しか―――」
「エイトっ、ごめん待った!?」
バタンと勢いよくドアを開けて入ってきたのは彼らの仲間、紅一点、ゼシカ嬢だった。品行方正、由緒正しいお嬢さん、気立てもよくって気も強い。少々わがままだけれどそこもいいと方々の殿方からご好評の。
いやしかし、今はそんなことはどうでもいい。
今…、今なんて言っただろうかこのお嬢さんは。ごめん、とそして待った?と、そう言ったのではないだろうか…聞き間違いでなんかなければ。
まだまだ若くてピチピチの部類に入るククールは、耳が遠くて聞こえんのだよ、などという面白いことにはまだ程遠く、むしろ耳はいいくらいだ。地獄耳というほどではないけれど。

「いや、大丈夫。暇つぶしもできたことだし」
……さっきまで顔を赤らめて見詰め合ってた彼は何処へいったのか。オレは幻覚を見ていたのか、はたまたあまりに自分が憐れだと思ったお脳が勝手に幸せなシュミレーションを作り出したのか、それとも―――――…これは言ったらあまりに自分が可哀想すぎるような気がしなくもないのだけれども。

「…暇つぶし…」
ラヴィのつぶやきがズドンと胸を打ち抜いた。オレだけに聞こえた幻聴ではないという事実でもって。

「あんたもほどほどにしときなさいよ、お酒!」
なんにも知らないゼシカは至って通常、いつも通りククールに釘をさし、エイトの手を掴んで外へ連れ出していく。
それがまるでお似合いの恋人たちのようで、またもや重いものがククールの胸に突き刺さっていくのだ。
あまりな事実にこの風前の灯のような胸の内をどうしてくれよう。
ニヤと口端をあげたエイトは意味深にククールに視線を送り、そしてつぶやくのだ。
「読唇術って知ってるか?唇の動きで相手の言ってること読んじまうんだぜ」
だから本当に聞かれたくないこと話すんだったら、口元も隠しとけよ。と、エイトはドアの向こうへ行って去ってしまった。

「…暇つぶし…」
言えば言うほどその言葉を思い出し、反芻するたびどんどん胸に空しさと悲しさは積もっていくのにそれをやめることは出来ない。
自暴自棄、という言葉が頭をよぎった。
「あんたほんっとに……」
なんとも思われてないのねーというラヴィの言葉は彼女の優しさによって飲み込まれた。
涙滴るグラスにそっとアルコールを注ぎ足し、背中を撫で、ついでに頭も撫でられていて。
項垂れたククールはまた、この酒場に最初訪れたときよりもっと頭を下に沈ませていた。



ほどほどにと言われたにも関わらず、次の日足が立たないほど泥酔してきたククールにヒャドが飛んできたのは言うまでもない事実で。
酔って吐いて泣きながらすがったエイトはいつもどおり口悪く文句と悪態をついていたけどどこか優しかった気がする。



……気がする。
例え潜り込んだベッドから容赦なく突き落とされても…うぅっ。





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コノエさんへ捧ぐ…もーホント遅くなってすみませんでした。
"カリスマさんと性格の悪いエイト"とのことでしたが、なにをどう間違えたか"可哀想なカリスマさんと意地の悪いエイト"になってしまいました。すみませ…
しばらくしたらまたリベンジしてみようかと思いますので期待せずにいて下さい(これもまた自分最低な…)。

2005/1/15   ナミコ