勇気とカリスマと愛と鼠とお色気と空と海と大地と人情の或る日







今日は旅支度をきっちり揃えておこう、と言った兄貴の発言により、今日は一日街に留まることになったんでがす。
止まらない旅っていうもんは、時に旅の疲れをためこませて発散できずに明日を迎えることもあるのだから、兄貴のそれはみんなのことを気遣ってのことだったんすよね。
ちょっと散歩してくると言って宿から出て行ったゼシカの後姿を見送りながら、アッシは持ち物の整理をしようと兄貴の部屋を尋ねた。
いつも夜半ギリギリに飛び込んでいく宿はいっぱいで、一部屋に二人も三人も押し込まれたこともあったけど、今日は朝からの予約を取ったおかげか全員一部屋ずつ取れることになったんでがす。

「兄貴ー、持ち物の整理させてくださいー」
「ヤンガス?ちょっと待ってて」
ドアをノックする向こうで、パタパタ歩く兄貴の足音がして、そしてすぐにドアは開けられる。
「どうぞ」
あけられたドアの中、一番初めに目が入ったのはテーブルの上で歩き回るトーポだった。
「あ、そうだ兄貴。さっきゼシカのねーちゃんからチーズを預かったんでがす」
やってもいいかと一応許可を取ってから、ふつうのチーズをトーポに渡した。
チーズを食べると火を吐くネズミなんておかしーでげすよなぁ。チーズを一口、げっぷ代わりの炎をひと吹き。それを横目にアッシは兄貴に出してもらった袋に持ち物を詰めたり出したりして。

「ありがとうございやす、兄貴」
「もう大丈夫?」
「ちょっと入れて出しただけっすから、大丈夫でがす」
「そ?せっかくゆっくりしてるんだから、ちゃんと息抜きしてくれよ」
兄貴は満面の笑みでこちらに顔を向けた。
「兄貴だって、人の心配ばっかしてないで、ちゃんと休むっすよ」
兄貴は一瞬驚いた顔をして見せたけど、すぐに嬉しそうに笑い、「ありがとう」と言ってくれた。

兄貴は人がいい。
もちろんそれはいい意味でだ。
実際アッシは兄貴のそんなところに助けられた。どうしようもねぇ悪党だったアッシに手を差し伸べてくれた兄貴と、そのままそこで別れるなんてできねぇって思ったんでがす。
できる限りの力で支え、兄貴の信念の助けをしていきたい。
そりゃあ最初の頃はなんでこんな緑の怪物と一緒に、なんて思ってたんでげす。
口は悪いし態度は尊大だし自分のことを王だとか言ってやがって。
正直狐につままれるような気持ちで話を聞いた。
それは多分兄貴の口からもたらされた話だったから、信じる気になったんだと思うんでがす。
お伽話のような茨の呪い。兄貴が言うなら、きっとそれもまごうことなき真実だ。

まあちょっとばっかり盲目的だったけど、アッシはそんだけ兄貴を尊敬、心酔してたってことでげす。
けど覚えておいて欲しいのは、どこまでも盲目的じゃねえってことっす。
兄貴のためになるよう、兄貴の支えになるよう、ただ従順に務めをはたすようなことじゃねえ、時に意見し、時に導いたり、そんなふうにしていこうと、思ってたんでげすけどね。

ひとつの大陸を渡ったところで出会った男が、兄貴に恋をするまでは。
ゼシカのねーちゃんの時もそうだったんすけど、やっぱり兄貴の人柄は人を惹きつけるっつーのか、人がいいっつーか。
みんなが兄貴のことを好きなのはわかってるんでげすよ。そういうお人っすから、兄貴のいいところを知って共有できる人ができるのもわりと嬉しかったっすし。
あの色ボケ野郎もそんなふうになるのかと思って見ていたら、一足飛びで恋するなんて反則でがす、信じられねーっす!!
ただの冗談、戯れだと思っていたらいつのまにか本気になってた色ボケ野郎。
いつの間にか兄貴の心も手に入れてたなんて、本当に迂闊だったげすよ…。

「エーイトー!」
ああ、ホラ来たっすよ、また。
アッシが兄貴と話していたんすよ、ちっとは遠慮したらどうなんでがすかね。
「ごめんな、ヤンガス」
「いいっすよ」
遠慮と謙虚は色ボケ野郎のかわりにいつも兄貴が示してくれた。
そんなんじゃまるで兄貴がいないとダメな奴になっちまいますよ。
もっとも、今でも充分兄貴がいないとダメな奴でがすけど。

そんなことを思いながら兄貴の背中を見送った。
ドアの向こう、部屋の外、小さく囁くように会話している内容を、聞き取るつもりなんて毛頭もない。
ときおり楽しそうに笑う兄貴の声も聞こえたから、アッシはもう何十分でも待つつもりで肘をついたんでがす。
あー、ゼシカもいれば、あのふたりをからかうような談笑も、あったかもしれないっすね。
一個まるまる全部のチーズを腹に納めたトーポを指の腹で撫でてやる。
後ろから聞こえる談笑に、入って話しゃあいいのにとも思うけれど、その談笑に混じって囁くような響きがかすかに聞こえてきたからもうアッシはため息をつかざるをえないんすよ。
どうせドアの向こうで掠めるようにき、き、き…ス、とかしてるんでがす。
あー、嫌でげす。アッシはわかってるっす。でも出ていこうにもその入り口を塞いでいるのはあの二人なんでがす!!

「なー、ちょっとエイトもってくからよ」
ドアの隙間から顔だけ出して色ボケ野郎は機嫌よく笑った。
ぜんぜん悪いとか言う気持ちのひとかけらも入っているような気配が見えないでがすね…。
ためらっているわけでもなく、ダメだ、という権限を持っているわけではない。少なくともアッシにとっては。
大体そういうことならこいつの方がよっぽど多くを持ってるんでげす。
「ごめんね、ヤンガス」
そしてその色ボケ野郎の隣から、兄貴は申し訳なさそうに謝ってくる。
まったく、と苦笑する気持ちを心の中だけに押しとどめてアッシはドアへと歩き出す。手にはトーポをつまんで。

「しょうがないっすね。ほどほどに息抜きしてくるんすよ!」
兄貴のポケットに行きたそうなトーポをアッシの顔のとこまで持ってきて、小さく手を振ってみせた。
あの色ボケ野郎が兄貴を息抜きさせてやれる最適の人物で、もっとも安心できる奴なんだから。

ま、しょーがねーってことってやつでがす。

たまには水入らずで楽しんできたらいいと思い、アッシは二人の背中を見送ることにした。





「さー、エイトいいことしにいいとこ行こーぜ」
「え、ちょ、ククールっ!!?」

……どうやらアッシの考えは甘かったようでがす。
入れ忘れるべく入れ忘れた超辛チーズを手に、トーポは目を光らせて走っていく。
当然の報い!!!

大火傷を負った色ボケ野郎のせいで一日どころか数日この街に留まったのなんて、言うまでもないっすね。







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2万ヒットありがとう記念リク第2弾。
ヤンガス視点のSS つーことで、いつも以上にラブラブしているクク主でした。しかし相変わらずククールはひどい扱われようです(好きですよ、とても)。

2005/1/18 ナミコ