バビロニアから微笑んで







酒あるところにエイトあり。ということはまずないが、酒あるところにトロデ王ありということはしょっちゅう見かけるものである。
自らを酒好きと称しているのも頷ける。三角谷ではたいそう喜んでいたじゃあないか。
あそこに行くたび行くたび酒場のカウンターに座るトロデ王の後ろ姿を見かけるぜ。
姿は怪物、中身は王様。なんてひどくメルヘンチックな(そんなこと言ったらエイトに殴られそうだ)状態に陥ってるものだから、通常の人の住む街の酒場になんて入れるはずもなく。
しかしその酒好きの心を満たすには、どうしても酒場に行って調達してこなければならない――――。
川原の水や井戸水が酒に変わるなんてことがあるのは、御伽噺と童話だけである。

そうだ、だから街に辿りつけば大体酒場でエイトの姿を見つけるんだ。
いばらの呪いを受けた王様に忠実な家臣が、無類の酒好きの王のために調達しているのだから。

あいつってオレより年下でさ、つまり未成年なんだけどまあそれも含んでさ、誠実だし忠義心厚いしお堅いところもあるからてっきり酒なんて飲めない飲まない飲みませんな奴だと思ってたんだよな。
でも、だ。前にこんなことがあった。
王様んとこに酒運ぶの大変そうにしてたからさ、オレあいつを手伝ったんだ。好感度アップっての?まあちょーっとばかりこすいかもしんないけど、オレは真剣だぜ!!
そんでオレは当然エイトはすぐに宿屋に帰ってくると思ったわけだよ、トンボ帰りってやつ。でも、あいつ、座って王様に酌し始めた。
それも忠義のひとつかなんかと思って、一緒に帰りたかったオレでありますゆえにすぐ終わるさ、なんて思ってそのまま一緒にいたらさ、いつまで経っても立ち上がらねえでやんの。

機嫌のいい王様の酒の相手して、酌して、勧められたら断らず飲んで。
一社会をみたような気持ちになりながら、結局王様がもういいと言うそのときまでいたのを見てた。
ほろ酔いの王様に比べて、顔を真っ赤にさせながら変わらず酌をし続けたエイトは帰り道、かなりの量を飲んでいたように見えたのに、思いのほか足取りはしっかりしていた。
というか、飲んでいた割にはしっかりしすぎていたと思う。

「お前って酔わないの?」とオレは聞いたんだと思う。けれどエイトははにかんでこう答えたっけ。
「そんなことない」と。「酔うギリギリまで飲んでいるから今は記憶も行動もはっきりしているだけだ」と。
つまり、自分が正気のまま飲める範囲を把握していて、それにあわせて調整しているのだと、そう言いたいのだ。
「じゃーそのギリギリを通り越えたら、酔うんだな」
「まあね」

あのときは、どうでもいいことのように流したっけ、とそう思った。
けれど今思い返してみればそれはひどく重要なエピソードだったと心からそう思う。
あの時それを聞いてなければ、酔いに調子を崩したエイトを今、見ることは叶わなかったと思う。
あの王様が結構な酒通だから、エイトもそれなりに知っているものかと思っていたら、そうでもなかった。……というのが、今回の勝算の5割くらいを占める理由となるはずだ。
さすがにカクテルまで王様の元へ持って行くわけにもいかないもんな。

そう、カクテルって結構クセモノなんだぜ。
わりとキレイで見目がよくって女性にも好まれてるっていうのが第一のポイント。
そんでもって口当たりがよくって甘いものっていうのは大体アルコールがキツイってのが第二。
酔わせるためのカクテルってしってる?スクリュードライバーとか、ロングアイランドアイスティーとかさ。昔はよく多用したなあ…とかいうのは心の中だけの話でお願いしたい。
若気の至りってやつかもな――――って、そんなことどうでもいいんだけどよ。
ちょっとぐらいなら飲めるっていってたエイトにわざと口当たりがいいもんばっか勧めた。いやいや、勧めただけだって。ムリヤリ飲ませたとかそういうのはないっつーの。酔って失敗したら嫌じゃん。
油断と隙を見せる一瞬を作りたかった。
そうすれば長丁場の末に手に入れたものを飲ませることができると思った――――…ん?あるものってなにかって?

薬、だ。
向精神薬とかじゃあない、ちょっと表立って手にいられないような、そんな薬。

好意を持てば持つほどに積もるものはなんだ!!…愛情だ。
信頼されればされるほどに築き上げられるものはなんだ!!…絆だ。
そうだ、それが仲間ってもんじゃあないか。
しかしそんな方程式に不確定要素を加えて変えていくやつもいるってことを忘れちゃあいけない。
仲間といえど、人と人。
好意を持てば持つほど情愛を積もらせる男もいれば、信頼されればされるほどに裏切りを重ねていく男もいるってことだ。

そんなわけのわからない、けれど気障ったらしい言葉ってのは、酒場ではひどく好まれた…とくに女性に。
要点をまとめ簡潔にして言うなればつまり、"仲間を好きになってしまった。向こうは普通なんだけど、こっちは下心なんて120%あるんだ。

正直どうしようか迷っている。"ということになるのだけど。
まーそんなふうにつらつら語りつつ酒を煽っていれば、ちょっとアンダーグラウンドに入らなければ手に入れることの出来ない非合法のものも、憐れな男に破格の値段で譲ってやってもいいという奴があらわれるものなのである。てか、現われてくれたんだよ。

効果は一晩コッキリ。副作用とか中毒症状もなし、即効性。

この手の薬は値が張るからなかなか捌けないんだ、と差し出された瓶に入っていたのは透明な桜色の液体。
一回分五千ゴールドと馬鹿げた値段をたきつけてきた男に言い値のまま買うはずもなく、もちろん値切った。
力の種二つと知り合いの女の子を紹介するというオプションをつけてどうにか千五百。
破格なのは紹介した女が男の好みにクリーンヒットしてくれたおかげである。よかった、よかった。

とまあそんなわけで手に入れたあやしいお薬。即効性なだけに酒場でカクテルに混入できるわけがなく、酔いもそぞろにまわった頃、「部屋で飲みなおそう」と誘いかけ、そして今、飲みなおしの一杯目にそれを混入したわけに至るのである。
目をしぱしぱ瞬きさせているエイトは、明らかにあと数杯でほろ酔いの域を超えてしまうだろう。
正気か正気でないかの微妙どころ、だけれどそこがちょうどいいのだ。
適度な隙を生み出すにも、適度に情事に運ぶにしても。

「ほらよ、エイト」
渡したグラスの中身はベタなワイン。この世界でもっとも広く流通している酒だ。量も多い、値段も手頃。年代物となれば王家の倉庫で何十、何百年と眠っているものもあるだろう。
けれど一般民の口にできるものは大方昨年、もしくは半年ほど前の収穫でとれた葡萄から簡易的に絞り上げた酒だ。
安っぽいと言われているのかもしれない、どこぞの酒通の怪物王様には。
しかしこれは一般民であるククールにとっては長く親しんだ(といっても数年だけど)酒でもあった。
それが今、非合法のあやしげな効果をもたらす薬を混入されたまま、エイトの体内に流し込まれていく。

「…もう一杯」
注ぎ足せ、とエイトはグラスを差し出した。
けれどその手からグラスは零れ落ち、木の板の床に無造作に叩きつけられてその形を土に返した。
鋭く破片を撒き散らしたガラスは煌きを光らせてあやしく光った。
エイトは差し出した手をふらふらと重力のまま下へおろし、肩をおとした。…というよりは、肩を落とさざるを得なかったという方が正しいのかもしれない。
「どした、エイト?」
少しばかり白々しくとも聞いてやる。
イスに座っていたエイトは身体を震わせ眉根をよせ、口を開く。
声を出す、という喉に振動を与える動作ですら刺激を与えるのか、それを経験したことのないククールにはわからなかったけれど、けれど確実にきいているだろうという確信だけはあった。

「お前…っ、なに……、ま、せ…っ!!!」
続く言葉も続かせない。ククールは優しく喉を撫で上げる。撫で上げただけだ、それ以外は何もしていない。
けれど薬に煽られたエイトの身体はそれだけに過剰反応を示す。きっとそのうち、服が肌を擦るぐらいの些細なことですら痛いほど感じるようになる。
「今のうち全部脱いどいた方がいいかもなー」
薬により敏感すぎるほどとなった肌は、衣擦れさえ痛いくらいだからという、薬を売ったオヤジの言い分だ。
媚薬使うくらいなら、シチュエーションもなにも諦めたつもりでいろ。どうせ快楽を求めるためだけの薬、元から正攻法もなにもないんだから、セックス以上になにかを求めるってのはお門違いってもんだ。
だったら恋に悩む男に売るなよ、とも思うのだけれども、そこはポジティブシンキング。なんたって恋する男はいつだって前向き(でいたい)!!

「エイト……!!!」
服を取り払ったエイトをベッドへ連れて行く。このままイスの上でコトを致したら、もしもイスから落ちた時が怖いじゃあないか。下には先ほど落として割れたグラスの破片の海が広がっているのだ。
抱きかかえただけでエイトは身体を震わした。歩く振動すら刺激になっているのか、口からは矢継ぎ早に堪え切れないような切なげな嗚咽が漏れる。
うーん、ちょっと効きすぎだよオヤジ!!と思いつつもベッドにエイトをおろす。強すぎる刺激に自ら動作を作ろうとすることは出来ないのか、震えたまま切なげに目を細めて(怒ってるのか?)ククールを見つめている。

「まだなんにもしてないんだけどな」
エイトの中心では、刺激に高められたものが張り詰めそそり立っていた。
媚薬といっても、大体そのような類のものは触覚関係の神経が異常に研ぎ澄まされるんだ。感触、振動、息遣い、些細なものですらダイレクトに疼きへと変わっていくのだからたまらない筈だ。
いたずらっ子のように笑ったククールは、刺激と必死に戦っているエイトをあっさりと陥落させる。
たかだか指一本、張り詰めたそれを爪弾く、それだけなのに。
「あっ、やっ、やっ、あっ、――――ッッッ!!!」

張り詰めたものから白い液が滴った。
完全に弾けるでもないそれはつらつらと溢れ出すものをゆっくり下腹部に広げていく。
生理的な涙を目元にため、行き場のない熱に震えるしか出来ないでいるその様を、淫猥だ、と形容したのならばきっと怒るだろうけど。でも、やらしい、よ。
「エイト、」
ああ、えーっとこの薬、使っても意識はハッキリ残るんだっけか、それとも飛んじゃうんだっけか。
手袋とマントを脱ぎ捨て、上着を緩めながら近づいた。
荒い息遣いに細い肩と胸は上下し、色づいている。

「ああっ!!」
やんわりと手のひらで握りこんだ途端、また溢れ出し、エイトの身体は震える。
けれど手を離さぬまま、ゆっくりゆっくり撫で上げるという中途半端な刺激を与えるせいか、エイトはたえず首を振っている。
みるみる勃ち上がるくせに、そんな緩慢な愛撫では生殺しだとでも言うようにエイトは自ら腰を振り、ククールの手にそれを擦り付けた。
意識がハッキリ残るというのなら、正気にもどったときが大変かもしれない。
「あっ、や、やぁ!! も…っと、ちゃんとっ…!!」
殺されても本望か…?
馬鹿げたことを考えていると思われるかもしれないけど、こっちはいたって真剣。
普段なにも言わないエイトなだけに気持ちを確かめるなんてもってのほか、キスをするのだって命がけだ。
恥ずかしがりやなんて言葉ではくくりきれない普段の避け様は、本当は嫌われてるんじゃないかって心配になるんだけどなあ。
伸ばされたエイトの腕に抱きしめられ、応えるように手を添え軽くしごく。

「ふあっ…」
弓なりに背中がしなれば、必然と身体は擦り付けられるように重なる。エイトのペニスに添えられた手はそのままに、するする指は下へ辿り、後腔を探りあてる。
堅く閉じられた蕾の周辺を撫でると、ひくりとそこは蠢き受け入れたそうにむずかった。
(あー、もう、なんか本当…)
撫でるのではなく、今度は侵入させてみようと指を突き立てる。
ほんの一関節入ったか入らないか、にも関わらず後腔はぐいぐいククールの指を中へと飲み込んでいく。
薬のせいだとわかっていても、それでも楽しくて仕方がない。素直な反応に心は弾み、恍惚とする思いさえ感じえる。

「ねえ、欲しいンだろ?」
前立腺を掠めるようにしながら指を抜き去った。
ヒクリと蠢く襞を名残惜しげに確認し、あてがって答えを求める。
欲しいのは、オレの方だ。
けれど欲張りで臆病な心はエイトからの言葉を求め、欲している。
目元に涙を、快楽しか見えてないようにエイトはひたすら頷き求める。

「ちゃんと言ってくれなきゃわかんねーっ…て」
肩口にそっとうずまった頭。なにを考えているのだろう。そもそも、なにか考える余裕がまだあるというのだろうか。
逡巡としたためらいに、うろたいがちに開かれた口は温かな吐息をククールの肩に知らしめた。
浮かされるように肩をくすぐる言葉を感じ取る。
「…………し…ぃ………、」
ほんの小さな声で呟かれたそれだけど、聞き逃すはずもなく断片的といえどククールはしっかり言葉を受け止めた。
求めていた言葉を口にしてくれている。
ぞくり、と胸を充実させる何かが湧きあがる。そしてもっと聞きたいという貪欲な思いも。
「ん?聞こえないんだけど………もっとちゃんと言えって」
目尻の涙を舌で掬い上げながら、口元に耳を寄せる。
小さな声でもいい、ハッキリと、言ってそして自覚しろ。

「っ…の、バ……ッカ!」
束ねてた髪を引き剥がすように後ろへ引っ張られる。こもらない力に痛みを感じるわけでもない、むしろ戯れのような感触は楽しませる一種の刺激にしかならない。
「そんな可愛くないこと言っちゃってくれんのかよ」
小さくても、言ってくれればそれでよかったのになあ。
言葉の駆け引きは三度まで。それ以下は言わせるための階段で、それ以上引き伸ばしたってもうしょうがない。頑なになっていくだけなのだから。
あと一回だけ、なんて思うのは、どこまでも抵抗と反撃を見せ付ける不屈の勇者サマが必死に求める姿と言葉を見たいだけなんだ。たとえ、なにを使ったとしても。

「お前は欲しいって、言うだけでいい」
屈しろ、と思うくせに譲歩譲歩していってしまうのは惚れた弱みか。昔っから恋は惚れたほうが負けだと耳にしてきたけれど、本当に溜息をつきたくなる。
まっさらな黒い瞳に涙を潤ませるエイトの目と視線が絡む。
屈して欲しいと、好きになってしいと余裕を持った姿を見せているのはほんの表面の出来事で、内心では冷や汗焦燥恐慌の一歩手前。こっちが屈しないように心を構えていなければ。
「………ホラ」

手はエイトの頬へ、そして唇を寄せて。譲歩、譲歩、譲歩……と気持ちに反して労わるように身体は動く。
引き伸ばせば引き伸ばすほど、ボロが出てくる。なんてことだろう。
薬に浮かされてるのはどっちだ、オレじゃない、オレじゃないのに。

「欲、し………ぃ…っ!」



後はもうムチャクチャに突き上げるだけだった。
たった一言、たった三文字。
それだけで満たされるなんて、どんな安っぽい男だって言うんだろう。それでも胸を占める切なさを同居した想いは大きく重かったけど。
好きって言って、名前を呼んで、そうしてくれたら欲しいことなんでもしてあげる。
まるで子供が欲しいもん強請るみてぇに言った言葉だ。望んだものは時間がたてばたつほど、ことが進めば進むほど、するする口から引き出せた。
突き上げて、イかせて、言わせて、突き上げて………駆け上がる快楽が弾けた瞬間、手に入ったと思わせる充足感。欲しいという気持ちがふたり、ぴったり合わさる瞬間を何度も求める。

「………ハッ、……」
終わりの見えない快楽に息をついた。
窓を見れば薄ぼんやりと闇を取り払う朝の気配。夢中になりすぎた、と思う。くらくらまぶたも重いのは、疲れと眠気の両方のせいだ。
エイトは枕に顔を埋め、寝ているのか起きているのか。
「エイト………」
名前を呼べど、返事は返らず。きっと眠っているのだと、そう思い込んでククールは後始末にいそしんだ。
そおっとそおっと労わって、優しく身体を拭く。閉じられた目元を見れば赤く、そこまで涙を流させたのも自分かと思うと少しだけ罪悪感がわいた。
「エイト、怒ってる………よな?」
眠れる獅子になにを言うのか、意識があればどんなにか怒られるだろう。
でも怒られることは、なんてことない。むしろ嫌われてしまうことがなにより怖かった。

「大好きだよ、エイト」



不安は言葉に包まれまぎれ、夜明けはもうすぐ。
太陽が射しこむ中で、エイトは多分微笑みをはりつけながら怒るんじゃないかなあ。



薬を半分残しておいたのは、ククールの不覚。
目には目を、歯には歯をって言葉を知っている?ハンムラビ法典のそれなんだけど、と少し博識ばる茨の国の近衛隊長は恐ろしいほど冷たい笑顔をマイエラの元不良騎士団員にさしむけるのだ。
勿論知らない訳がない。青い人が、その言葉好きだったからなぁ。なんて思い出は記憶の彼方、心の奥底にさらば、行け、消えてなくなっちまえ!!
ああしまったしまった、どうしよう。困った、困ったことに。混乱する頭の中はスライムの追いかけっこだ、ぐるぐるまわる!!

「飲んだら許してあげる」
突きつけられたマゼンダのそれを飲むか飲むまいか考えるところだ。
しかしそれって飲んだら介抱してくれるってことなのか?お前がオレを?目には目を、なんだよな?好きだからその気持ちを返してくれんのか、なあ?

愛か嘘かプライドか、冷や汗をたらしながらあと数十秒だけ、ちょっと考える時間をくれ。






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2万ヒットありがとう記念リク第5弾。
コノエさんへ
お待たせしたというか、困ったちゃんです、ごめんなさい〜!!
薬ネタってみんなやってるじゃないですか、難しいですよ、うわぁん!!や…やまなし意味なしオチなし微妙ですがどうなんですか…(聞くな)

2005/2/6 ナミコ