1 麦チョコチロル




手作り用って買ったチョコ塊の中、おやつ用って買ったチョコが机の上に散らばってた。

すっかり忘れてた、ゼシカどこいったんだ、どうしよう。

なんて迷ってると、ポケットから飛び出したトーポはチョコに興味を示しはじめ、あまつさえ無造作に転がるチョコを口の中に放り込んだ。
ネズミってチョコ食えたっけ?と思いつつも止めなかったのは、チーズを食べて炎を吐くのだから、じゃあチョコを食べたらなにを吐くのかなって好奇心があったからだ。
もりもりチョコを頬張るトーポはゲプリと喉を鳴らして息をつく。
なんだ、どうだ、どうなんだ。

「なにしてるんでゲスかー、アニキ」
「ん、ちょっと」
「アニキ、ちょっと小腹が空いたもんでこの麦チョコ貰ってもいいっすかね」
「うん、どうぞ」

麦チョコヤンガス、チロルはトーポに、取り残されたチョコは納まり、エイトはしっかとトーポを見る。
今か今かと吐くこともない幻の炎を待ち続けて。






2 手作りチョコ




「これアニキにもらったんでげす」
と麦チョコを頬張るヤンガスを見て、ククールは卒倒しそうになった。
だってあれだよお嬢さん、世紀の色男ククール様がバレンタインなんて一大イベントを逃すはずがないじゃあないか!そう、今日はバレンタイン。
いくら麦チョコとはいえチョコはチョコ。どんなに頑張って見ても義理、もしくはそれ以下のものと見えてもチョコはチョコ。腐ってもチョコなんだ。
それを弟分であるヤンガスですら、 エ イ ト に貰ったって言うのに、(自称)恋人であるオレにはなんでなんにも寄越さないんだ、くそぉー!!!
考えるよりまず行動、エイトからチョコをゲットだぜ、オレ様。





「ハイ、これゼシカに」
「きゃー!ありがとエイト。私からもあげるわ、これ」
「わー、可愛い。ありがとゼシカ」

異様に盛り上がりを見せる女子っ子二名(一名は正真正銘の女の子だが、もう一人は男だ。しかし違和感はない)、手作りチョコを交換し、楽しそうにその出来上がりや彩りラッピングを講義中の模様。
なんだか羨ましいと見ていれば、どこから取り出したか不思議の泉の水を飲ませたミーティア姫もその輪に参戦して二倍三倍もの盛り上がりを見せる。

「なー、ゼシカー、お姫さーん、オレにはないの?」
ほくほく顔を演じてチョコをねだってみる。
ねだる相手が違うんじゃないのと、ゼシカは冷たい一瞥をくれて。
そうです。オレはまた臆病風に吹かれ、真っ先に大好きで愛しちゃってる可愛いあいつのところに行けなかったんです。

「エイトは?」
「あんたがグズグズしてるうちにどっかいっちゃったわよ、このスカポンタン!!」

スカポンタンとは、これまた手厳しい激励なんだか叱咤をうけて、オレは背中を押された。
まったくどうしようもないなぁ。

とにかくオレは、甘い香りを追いかけてみた。





3 手作りチョコ(大)




いつもはそんな好きじゃねぇんだけどな、甘ったるいチョコなんてさ。
あそこにいた頃はどんだけ多く貰えるかってだけを気にしててさ、そんでもってあいつらに見せ付けてやってたんだ。
あー、今思えばオレってヤな奴ー。
つうかさ、数じゃねぇよ数じゃ。本命に貰えるかどうかだろ、くそぉー!!
だからパリス、マリアちゃんから貰えたお前が一番幸せもんだったんだぜー!!!ってもその叫び、届くはずもなく、オレと言えば今世紀最大の愛を求めて甘い香り、もといエイトを追っているというわけで。

つーかまぁ大体予想はついてんだけどよ、王だろ、王。
主人である王に忠義の進呈としていくんだろう。
なにをしなくても絶対的な親愛と忠誠を捧げられるあの王さまが、たまーにほんの少しだけ羨ましくなるときもあるけどさ、でもそれってオレが欲しいエイトの愛のカタチじゃあないんだよな。

なんて考えながら歩いた先に、トロデ王に華美でなくラッピングされた袋を渡しているエイトの背中を見た。
チョコレートボンボンという単語が聞こえた。酒好きの王様にはもってこいの選択だ。
嬉しそうに受け取る王に、また嬉しそうな顔をして返すエイトだけど、その二人の間に割って入るほどヤボなオレではない。
寛大な恋人(自称)はゆっくり待っていてやるものなのである。






4 本命チョコ?




オレさま寛大な恋人(自称)だから、割り込んだりはしないんだぜ。

…しないんだぜ。

…しないん、

「なーにをつっ立っておるのじゃ!」
「うをっ!なんだよ怪物王様!!っーか、エイトは?」
「エイトはとっくにどっか行ってしまったぞい。そんなことよりホレ、見んかい!!エイトかわしのためにくれたんじゃぞ。ウイスキーボンボンとは、酒好きのワシにはなかなか気がきくじゃあないかのう。いやいや、素晴らしい王に忠誠心の厚い臣下がつくのはあたりまえのことじゃて…」
「…………は?」

ちょっと待って、オレさまショック!!
つーか貰えてないのオレだけ?オレだけ?オレだけなの?
だったらマジでショックなんだけどさ。いやいや、オレ邪魔しないよーにって隠れてたからエイトは気付かなかっただけじゃん?
うん、きっとそうだ。そうに決まってる、違いない。

「チクショー、エイトォー!!オレにもチョコくれー!!!!!!」

いまだ口を動かし続ける怪物王様捨ておいて、思うままに走りだす。
余裕もプライドもは捨てました。…つーかそんなもの、オレとエイトの愛の前には不必要ってもんだよな。
オレってばエイトにはいつだって必死なんだっつの!なんたって愛しちゃってるから!!

「あ、エイトォー!!」

後ろ姿を発見!!手に持っている紙袋はどう見ても本命、それに違いない。
えへへ、つーかさー、貰えてないのオレだけで、エイトの手にあるのは本命だけってつまりそういうことだよな!!
振り向いたエイトがこっちを見てるぜー!
駆け寄ってくるぜー!
オレさま本命ゲーット!!!!!



「あの、これ…」
「んん?なんだね」
「わーい、サンキューエイト…わー………………………………ぁ?」

つーかなんで兄貴がここにいんだよ。

「よかったら、貰ってください」
「ふむ、その心遣いたしかに受け取ったぞ」
つーか…それ……本命………………



やけにスッキリてぶらのエイトを追う気力はもうない……さーらーばー!!!!
こんな無情な世界なんてオレ知らない……ううっ…






5 一発大ドンデン返し、それでこそ




「なにやってんの?」
「オレは今死んでいるのです。話し掛けないように」
「………ふうん…じゃあ、ククールにあげようと思ってたチョコは自分で食べることにするね」
「そうだ、さらば…そしてオレはまた死ん……って、今お前なんてった!!??」
「死人は口きかないんじゃないの?」
「なに言ってんだ、オレは死んでなんかいない!!生きてるって!!!」

「(………耳と尻尾が見える。馬鹿だなあ、こいつ本当に馬鹿だなあ。朝からずっと追い掛けてきてたのなんか、とっくに知ってた。たかがチョコひとつで死ぬほど落ち込んだり喜んだりするのかよ、馬鹿だなあ。馬鹿、馬鹿だ。馬鹿で、…………可愛い、好きだな。好きって言われて、嬉しい…すごく)」

「サンキュー、エイト」
そんな嬉しそうに笑うなよ。
こっちまで照れる。
赤くなった頬を誤魔化すように眉をしかめた。馬鹿、なに不安そうな顔してんだよ、そんなんじゃねぇよ、馬鹿。

「…………お前は、オレにくれないの?」
「えっ、あっ、えっ!?」
「ないんだ」
「ちょ、ちょっと待ってろって、今からなんか買って――――……」
慌てて駆け出すククールの腕を掴んで引き止めた。
そしてオレは首を振る。
そんなのいい、なんかなんていらない。

「キスして」

それでじゅうぶんだよ。そう思ったことは伝わったかなあ。
チョコより甘いキスだなんて、そんなことは言わないけど、さ。
そうだな。

………痺れるくらい心地よかったよ?







WEB拍手再録其の弐
2005/2/18 ナミコ