君は笑いながら蓋をする






爽やかな風が頬をくすぐった。
天気の良い晴れやかな青空の下、思い出すように吹く風に気付いた時、世界を感じる。
風の軌跡を追い、左斜め後ろに緩やかな視線を。すると海と空と雲が目一杯広がっていることに気付く。
魔物と戦いながら歩いていくときは、進む先ばかりを気にしているせいだろうか。その各々の土地に住む者たちにとって当たり前の景色を、知ることも出来ず通って行っていると思うと、それはとても勿体無いと、思うのだ。
けれど、ゆっくりと景色を堪能している暇などはないと、堅く忠義を誓う兵士である己は自らを叱咤する。

視線を戻し、目前へ。
目も唇も引き締めて前へ進む一歩を踏み出すのだ。
心を新たに、そうすれば風が頬をくすぐっても、まっすぐ前を見れる。






「エイト」
後ろから聞こえた声にオレは振り向いた。
その声の主が誰だか知っている。呆れ顔でいつも彼は苦笑し、そして振り向いたオレの手を引いて連れて行くんだ。
「ちょっとは楽しもうぜ」
ちょっとした船旅を経た後だというのに、なんて元気なことだろうか。
賭け事は得意分野だとか出会ったときに言っていたけれど、確かに好きなんだろう、と思う。

「ククール」
「なんだよ」

振り返りもしないその顔は、きっと楽しそうにほころんでいる筈だ。
好意を持たれていることは知っている。だからこそ、こうして息抜きをかねわざわざカジノに手を引いてくれるのだ。
好意を持っているからこそ、好きなものを勧めてくれているのだろう。
あんまり好きではないそれだけれど、ククールは彼が知る限りすべての楽しいことやおもしろいことを一生懸命に教えてくれる。
張り詰めて前を進む背中を知られているのだろう。これは、彼の優しさだ。

宿と繋がってすぐそこのカジノに足を踏み入れば、すでに先客と化しているらしい仲間たちの姿も見受けられた。
ゼシカはグリンガムのムチを目標にスロットを相手に躍起になり、その横でヤンガスも同じように熱中している。
「あいつら、さっきからあそこ離れないんだぜ」
苦笑したように笑ったククールが、やっとこっちを見た。
ゼシカとヤンガスはその言葉のとおり、かなりの時間あの場で粘っているのだろう。ギャラリーはほとんどなく、みな一瞬目を向け苦笑してくれるくらいだったから。
「お前はなにをやるんだ?」
「オレはポーカー。でもお前の好きなの付き合うぜ」
「オレは――――……」

せっかくだけど、そんな気分でもないんだ。オレはいいから。ごめん。
どうしたら傷つけずやりすごすことがいできるだろうか。エイトは頭の中に言葉をいくつも並べ、何通りもの言葉を経てひとつの言葉を生み出した。
「せっかくだけどさ、いい…や。今日は…」
言葉を成した途端、ククールの蒼の瞳に影が沈むのを見た。
「今日は…なんか外の空気吸いたいからさ、お前付き合ってくんない?」
そしてその影が取り払われる瞬間も。





不思議なものだ、と思いながらエイトは夜の街を歩いた。ゆっくりとした歩調の半歩後ろにククールはいる。
カジノの入り口周辺は色とりどりのネオンと出入りする大人たちのせいで夜でも賑やかだったが、そこを少し離れてしまえばどこの街も変わらない、ごく静かな夜だった。
エイトは少しだけ振り向いてククールを見た。すると視線に気付いたククールがエイトを見てにっこりと笑う。
言葉はなかった。しかしもしも口を開いたとすれば、この穏やかな夜の散歩に似つかわしくない言葉が勝手に出て行ってしまうような気がして怖かった。
当たり前のようにいるこの男に対して抱く感情を認める勇気が、まだ少しだけ足りない。
責務と責任を言い訳に考える余裕がないと跳ね除けてきた思いは、きっといつか重い代償となるだろう。

「つき合わせて、ごめんな」
「なんだよ、水臭い」

しかし自分の想いを跳ね除けながら、その日常の端々でククールの自分に対する想いを知ってしまっている自分もいる。
認め合えばすんなりまとまるものもあろうが、そうも簡単にいくものでもない。
ククールからも自分と同じ想いを感じながら、そしてそれが同質で、認めないという思いがあることも感じ取っていたからだ。
向こうだって余裕がない。ずっとあの、マイエラにいるたったひとりの肉親に対して複雑で様々な感情を張り巡らしているのだろう。
誰もそれを責めることは出来ない、自分も。

「水辺にいってみたら?気持ちいいぜ」
「そうだね」

それでもオレたちはお互いを思いやっていたし、傷つけたくもなかった。
辛いことも悲しいことも感じて欲しくない、傷を負うならかばってやりたかったし、少しでも喜んで欲しかった、笑ってほしかった。
そう思う心は確かにあるのに、たったひとつ認められない気持ちに蓋をすることは、お互いを傷つける刃となった。
想いも言葉も行動も、気持ちに溢れているのに頭がそれを認めないなんて。

「月がうつってる」

覗き込んだ小さな水路はさらさらと水を流しながら月を揺らしていた。
月…といえば前の大陸でずいぶん思い入れがある。幾度となく旅を助けた月の人。月影に開かれた扉によって誘われたあの場所はどこだったのか、わからない。
水面に揺れる月の横、覗き込んだククールの顔もうつった。

「お前、髪おろしたらちょっとイシュマウリに似てるかも」
「はぁ?似てる…か?全然違うだろ」
「バッカ、顔じゃないって、雰囲気!」

ククールは少しだけ困惑気味に髪をかきあげた。不貞腐れたような、どうしてだかわからないような、そんな。
エイトは人知れず口元に笑みの形を浮かべる。

「髪の色とか、目の色とか、夜の月みたいでキレイだなあって」

そっと俯いて浮かべたその笑みは、きっと言葉よりも鮮明に気持ちを表していたに違いない。
けど、それを見られるなんて馬鹿な事態、引き起こしたりするはずがなく、ひっそり自分だけがしる密やかな一瞬を胸に閉じ込めエイトは振り向いた。ごく自然に、当たり前であるように笑って。

「……サンキュ…」

意図して向けられた笑顔に、ククールは苦笑でもってそれを受け止めた。
ああ、傷つけたな…とエイトは思った。意識過剰でもなく、それは常の仕草だったからだ。あの苦笑、押し込めるような笑顔、痛みを噛み締めるようにほんの少しだけ顰められた眉。

「じゃあエイトは太陽かな、バンダナの色がさぁ」
くしゃり、とバンダナ越しに頭を撫でられた。少し粗雑で、少し乱暴に手は頭の上を行き来する。
「バンダナの色ぉ!?」
眉と口元を引きつらせ、ふざけるように見上げた顔はいつもと変わりない顔。
その不変さに安心し、穏やかさと嬉しさを感じながらどこかそれを寂しく感じる自分もいることを知らないわけではない。
「色で例えるなら、お前なんか月じゃないねっ!!」
「ああ、薔薇とか?」
「バーカ」

あきれてせっつくように肩を叩いた手を取られた。
不意打ちの手はゆるやかに引っ張って元来た道を引き返していく。
「そろそろ戻ろうか」
「……そうだな」
そもそもこうして手を繋いで歩くこともおかしいのだと、わかっている。
あと少し、誰にも見咎められないその間だけだから。

「……なぁ、エイト」
「なに?」
「…………」
ククールは一瞬俯いて考えるように口を閉ざした。
焦りと不安、緊張が背中から伝わって胸の内をざわざわとしたものが駆け巡った。
心の覚悟はもう、しているのかもしれない。ククールは。

「……なんでもないよ」

ほっと安心感が胸を満たしたと同時に落胆の思いを感じたことに、エイトは自分自身を嫌悪した。
認める勇気も受け入れる覚悟もないと、考える余裕がないと目を背けているくせに一体なにを期待しているというのだろうか。
手は繋がっているというのに、ひどく指先が冷たくなっているように感じた。指先だけじゃない、端々から身体の奥まで凍りつくように冷えていく。
目を背け続けている想いは、すべてが終わった時どうなるのだろうか。
そのまま過去と一緒に砂をかけて隠してしまうのか、それとも認め受け入れる勇気と覚悟を見につけるのか。

…まだ、わからないと俯くのは迷っているからだ。
目を背けながらもずっと、考え続けている。オレも、お前も。

それでもまだオレたちは迷っているから、心にあるたったひとつの気持ちに笑いながら蓋をする。





それは爽やかな風が頬をくすぐる夜のことだった。












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2万ヒットありがとう記念リク第6弾。
「ちょっぴり暗いクク主」とのことでしたが……ちょっぴり…?
こーリク小説とか書くときによく思うのですが、エロ書いてもいいのかなーダメなのかなーって思ってつい無難に健全(?)方面に走りがちなんですけど、どうなんでしょうか。
いいの…?

2005/2/19 ナミコ