メロウ







エイトは湯ぶねに浸かり、軽く息をついた。
事後の倦怠感は余韻となっていまだ身体に残っているし、火照った熱も頬の赤らみでもってそれを示している。
ほんの十数分前にしていた行為を思えば、そのまま湯ぶねに沈んでいたくなってしまう程恥ずかしい気持ちになるけれど、それを思いとどまってほんの少し、唇だけを沈ませコポリ、と空気の泡をひとつ発生させることでエイトは気持ちを落ち着かせた。

生理的な快楽に酔った後はいつもこうだ。何回繰り返しても慣れなくて、まるで初めて肌を合わせたみたいにドキドキする。
それにしたって初めの頃は異物感と痛みで余韻もなにもなかったのに……。
よくもまあ身体は順応していったと思う。人間ってすごいなあと思う一瞬である。

(……一番最初にこういうことしたとき、泣きじゃくって結局最後までしなかったんだよね……あー――――……恥ずかしい)

思い出せばそれは未だ手で顔を覆いたくなるほどに恥ずかしい出来事だった。
戸惑いと困惑をないまぜにして見下ろされたククールの表情を覚えてる。
ごめんとキスを繰り返し一緒にくれて、不安を取り除くよう包むみたいに抱きしめられた。
その優しさはとても嬉しかったけど、でも凄く恥ずかしかった。
せっかく落ち着かせた努力も虚しく、結局エイトは思い出し湧きあがる羞恥心をやり過ごそうと湯ぶねに思いっきり顔を突っ込んでしまった。

「なにやってんだよ」
「ククール…」
バスルームの扉からククールが顔を出した。きっとシャワーを浴びにきたんだ、いつも、そうしてるように。
蒼い目が優しくエイトを見つめるたびに、心臓は締め付けられる切なさと溢れ出す甘さをもたらし、エイトがどれほどククールを好きなのかということを知らしめた。
エイトはククールの蒼い目が好きだ。目だけじゃない、声も、髪も、手も、指も、心も、ククールの持つすべてがとても好きだった。
そんな大切で、とても好きな人に見られて感じることは、嬉しさを交えた奇妙な緊張感。じわじわと胸の内から羞恥心も湧きあがるので、エイトは少しだけ俯いてはにかむ。

「あったまったか?肩までつかんないと冷えるぞ」
「わ、」
ばちゃん、と湯船に肩を押し込まれると、傾いてバランスを崩した身体と一緒に心も揺れた。
とても好きだから、それだけでドキドキしたって言うのだろうか。
キスもセックスも何度となくしているっていのに、こんなことだけで心臓が跳ねてたら、キスのたびに死んでたっておかしくない。
だからきっとちょっと驚いた、それだけ。
エイトは自分にいい聞かせてそれからゆっくり身体を沈めた。空気にさらされていた肩はあたたかな湯によってじんわりと熱を伝導させていく(ああ、ドキドキする)。

「髪洗ったか?身体は?」
シャワーのコックを捻りながらククールはエイトに聞いた。
バスルームはすぐにシャワーの音と湯気に満たされていく。
「髪は、まだ」
「なぁーんだ、身体洗ってやりたかったのに」
「バッ……!!」
肩をすくめたククールはにやにやとからかうように笑ってシャワーのお湯をエイトにかけた。
おかげでそんな冗談(冗談?)を言ったククールに反撃も出来ないまま、いいようにやりくるめられてしまったみたいだ。
「髪を洗ってしんぜよう」
大きな掌がお湯と一緒にエイトの髪を濡らし、梳いていく。
湯はみるみる髪に水分を含ませ、上から下へと流れていくのでエイトは目を瞑らざるを得なくなる。
つらつらと髪から目元、鼻筋、頬、顎と流れていく温かな水を感じながら、エイトは触れ覚えのある感触を唇に感じ、思わず目を見開いた。

「痛った!!!」
瞬間目の中に入ってきた湯に再び強くまぶたを閉じれば、後はもうククールの天下で。
「ちゃんと目は瞑んなきゃ」
「誰のせいだと……」
思ってんだ、と続けようとした言葉はくちづけに飲み込まれる。
カチャン、とシャワーが放りだされたような音はしたものの、相変わらず湯はエイトに振り続けるのであるべき定位置におさまっているのだろう。
シャワーに濡れながらもいっそう深くなるくちづけに微かエイトが呻く頃、軽い一度のバードキスでもってそれは離れていった。
あんまりにもあっさりと離れていったような気がして、エイトはまた目を開いてみる。しかし今度は目に水が入らないようゆっくり薄っすらとまぶたをあげていく。まつげの上で塞き止められた湯がつらつらと目を避けて流れていくのを感じながら目の前のククールを見ると、口端をあげた彼が両手を伸ばし、腕を向かわせているところだった。
「もっとしていたいけどさ、止まらなくなる」

降り止んだシャワー、エイトは目元をこすって視界をひらけさせる。
狭いバスルームにふたり押し込まれると、変な気恥ずかしさとかそんなものすべて一蹴し、胸の一番単純明快な場所で手に届くところに大切な人がいる喜びというものがいるのがわかる。
シャンプーが掌によってこすりつけられ、軽快で小気味よい音と一緒に指先は泡を生成していくのを聞きながら、エイトは膝を抱えた。
大切なものを大切だと思うように、胸に抱きかかえて好きだと、愛しいのだと、あたためるようなそんな気持ちになったから。

「シャワーだけじゃなくてさ、こっちに来てよ。…あったかいよ?」
それは小さな甘えと気遣う優しさに隠したほのかなメタファーだった。気づくだろうか、と思いながらエイトは一瞬丸く開かれた目に吸い込まれるように期待のまなざしを送ってしまった。
髪を泡とともに梳く指が早々に湯でそれを洗い流していく。
「そうだなあ」
それでも意地悪く考えるようにククールは笑うけれど、その笑顔は至極嬉しそうである上にすでに心は決まっているようだった。戯れを楽しみたいからそんなことを言うのか、とエイトもそれに乗じて照れたように頬を膨らませばすぐさま彼は張られた湯を揺らし、浴槽の中へ入ってきた。
抱きこまれ首元に落とされたくちづけを感じながら浴槽から豪快に流れていく湯をエイトは見つめながらまたはにかんだ。
胸周りを行き来する掌にくすぐったいような感覚と喜びを感じながら手を伸ばせば、手よりも先に唇がふれあいそれからやっと腕に手を回すことが出来た。
貪るようなキスを繰り返し繰り返しながら長いキスの果てにぴったりとふたりはくっつきそしてひとつになっていたなんて、そんな早急さはきっと若さと愛の成せる技なんだろう。
ゆらゆら促されながら腰を揺らすエイトはきっと、あと何時間か後に憤死するほどの恥ずかしさを得るだろうがそれは結局は後の話で愛に酔ってる2人には関係のないことだから別にいいのだ。

「これで身体も洗ったげる理由もできちっゃたな」とククールはくちづけの合間嬉しそうに笑った。
のぼせるかのぼせないか、その間で抱き合い心から求め合うふたりのつま先から頭のてっぺんまできっと愛に溢れてる。
甘美で豊潤な時間はきっと愛が枯れるまで続くのだろう。
そんな日は、永遠に来ないのだろうが。











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2万ヒットありがとう記念リク第7弾。
「クク×女バージョン主人公で甘甘」ということでしたがどうでしょうかっ…!!
この頃サッパリ系を好みがちの私としては甘すぎる感がして自分では読み返せませんが(ダメたこいつ…!!)
しかしお風呂でえっち!は定番ですよね、まだ他にも考えていますがまたそれは別の機会で。

2005/2/20   ナミコ