サブリナは微笑まない







思わないように思わないようにと意識的にその考えを遠ざけているのだが、いかんせんそういうふうに考えているということは結局常にいつもそのことを考えているということに変わりがない、ということに気がついたのはつい先日のことだ。
どうしようもなく気になっているのだろう、その理由もわからないでもないが、その中の根底にあるものを追求していくとなればきっと首を振り柄にもなく全否定するであろう自分も見えてくる。
気にしているというそぶりにたいしては止むを得ず受け入れよう、しかしなにをどういわれようとその考えだけは否定してやろう。絶対にだ。
まったく私ともあろう者がと思わず額に手を当ててしまいたくなる所業だ。しかしそれすら思いつかぬほど心乱されて……なんか絶対にないぞ。動揺……しているわけでもない、断じて。あー、あー、……この騎士団をまとめあげる団長として心配しているのだ、騎士団の士気にも関わるわけなのだから(よし、これだ!)。

「で、どういうことなのだか説明したまえ」
デスクの上に手を組んだマルチェロは翠の双眸を薄く細めながら呼び出した団員2名を問い詰めた。呼び出された2名といえば片方はあさっての方向を向き、もう片方は首を傾げるばかりという状態だった。もちろんそれがマルチェロの逆鱗にかさかさ息を吹きかけるようなことだということは百も承知だろう、あさっての方向を向いたままこちらを見向きもしない規則は破るためにあるのだと、こと他に行動であらわしている赤い騎士団制服に身を包んだ男は、少なくからずとも。

「仰ってる意味がよくわかりませんが」
ビシリ、と音を立てて青筋が立ったような、そんな憤りに似た苛立ちを組まれた手に顕著にあらわしながら、それでもマルチェロは薄く笑った(嘘をつけ、嘘を)。
目は口ほどにものを言うというが、それはどうも本当のことだったらしい。というか、そのくらいのことククールは知っていてそれでこんなことをしているのだからもしかしたら言葉なんかいらないのかもしれない。
ニヤと笑ったククールはおもむろに隣に立っていたエイトの肩を引き寄せる。瞬間ぴくりと寄せられたマルチェロの眉間の皺に満足そうに微笑み、そして口を開くのだ。

「もしかして団長の耳にも入りましたか?」オレたちの噂話、と続いた言葉にやっとエイトは気付き、赤くなったり青くなったりを繰り返してみせた。
その反応は、まさか。

「…すみません、団長。でもオレ…」
切なげに目を細めてエイトは絞るように声を出した。
それに煽られる心の動揺、不安、いいいいいいや!!!私は決して動揺なんかしていない、していないぞう!!!なんて普段のマルチェロからあるまじき心中に一番慌てふためき驚いているのは彼自身だ。冷静沈着、目的のための執着心と元来からの粘着性より一部の(というかククール)人間は辟易としているが、意志の強さは明確。

心乱されてたまるかっ!!!

とばかりにむりやり押さえつけたその労力といったらきっと世界の果てから果てまで汽車を走らせたような熱量だ。しかしながら湯気は出なかったようだ、ああよかった。
「団長、表情が律しきれていませんよ」
ニヤニヤ笑うククールはまるでなにもかも見透かしているんだというようなタイミングで追い討ちをかける。いい気になっているものだ、まあこんなときでないと私を追い詰めることもできまい…と年上と上に立つものの威厳というものを盾に受け流してみるが、たとえ外面に出さないにしても腹のうちは煮え繰り返っていることに変わりはない。
このやろう、と普段の自分からは考えられないような口汚い言葉を心にとどめつつマルチェロは魔法の呪文を唱えることにしたのだ。

「騎士団員間の恋愛は禁止だ!!」

ここぞとばかのに言い切ったマルチェロの言葉にこれでもかというくらいダメージを受けたのはどうやらエイトだったようだ。望むことならククールの、あの嫌味なくらい整った顔を歪ませてやりたい思いのほうが何倍も強かったというのに。
エイトは今にも泣きそうにこちらを見上げているのに(ええい、騙されないぞ!!)、何故この男はこうも冷静なのか(さてはエイトを騙しているのだな、こいつめ!!)。

「わかりました」とやっぱりことほかに落ち着き払った声を聞き、私は考えを核心に至らしめた。
やはりな、とエイトに目をやれば、今にも泣きそうに目を潤ませているのが見えたので、少々唇をかみ締めたいようなそんな気持ちにもなったがいかんせんククールの手前、それをぐっとこらえて後でお茶にでも誘ってやろうと考えた。そしてこんな軽薄な男などさっさと忘れさせてしまおうとか、はじめは全否定して目も向けなかった思いを真正面からとらえている自分に自嘲する。男というものは馬鹿な生き物でかなわないと思いながらも欲しい時に欲しいものを奪うときもあるし、むしろ絶対むりだと思ったらその考え自体認めないくせに手に入れられると知った途端猛ダッシュをかけるときもあるのだ。

今だ、猛ダッシュを……
「オレ、騎士団を辞めます!」

なっにいぃぃぃぃぃぃ!!!??
見開く目、開け広げられたままの目。いやいや眉目秀麗の男はそんな表情をしないでござるよ。いやいやいや、私は何を言っているんだ。こんなときこそ冷静に、冷静に…!!
そう思いながらも内面に渦巻く熱量は先ほどの比ではなく、かっかと上がっていく熱温に身体は正直に変化していく。ゆ、湯気が…!!それだけではない、掌に汗をにぎり、頬と背中は冷や汗を流し、しまった認めるのは早計すぎたとシャウトする心にとにかくマルチェロは引きつったような笑いを浮かべることしかできなかった。

「規則がオレ達を縛るなら、ここを出よう。そりゃあ世話になった院長には申し訳ないけど、オレはお前と離れるくらいなら……」
「……っ、ククールっ!!」

目の前で繰り広げられるフタリノセカイというものにやおら吐き気さえ感じるのはそもそも私がこういう馴れ合いを好まないせいでもあろうが、しかしそれとは裏腹のようにじんわりとこみ上げる熱い
涙のしずくとやら。
ああ、らしくない、らしくないぞぉ!!

「ふたりでどこか遠くで暮らそう!!」

そんな戯言のような言葉を、本当に心から嬉しいと涙すら滲ませて頷くエイトに飲み込んだはずの涙を引っ張り戻されたり、ククールに苛々したり、引っ張り戻された涙をもう一度飲み込もうと物凄い形相で眉間に皺を寄せていたのをエイトに見られてすくなからず傷ついたり、とにかく散々でマルチェロは本当にもうなにもかも忘れて叫びだしたい気持ちになった。
ぽっかりあいた胸の内、その隙間を怒涛のように駆け巡る憤りのにも似た激流の思い。これは。
しゃべるだけしゃべり、フタリノセカイに浸っている愚か者たちはひしと抱き合っている。まるでこちらなんていないかのような振る舞い、というか完全に忘れ去っているとでもいうのだろうか。

「……ふっふっふ」

怒りやら憎しみやらやるせなさ、とにかくありとあらゆる負の感情がないまぜになるとどす黒い感情の塊が身体の周りを取り囲むような感じがする。そうなるとなぜだか態度はいつもより割り増して冷静になり、口は饒舌、フル回転している頭は最上の毒舌を相手にとっての最悪のタイミングで発することができる。
しかしおかしなことに今回は少しばかり私用の私情が介入しており、冷静さでは補えないほど冷静さが事欠いていた。

「駄目だ!!」
フタリノセカイに水と横やりをさして入れて引き離す。当然のように不服そうな顔をしたククールに、不安顔のエイト。騎士団を出て行こうがなにしようがもちろん勝手だし本人たちの意志を尊重すべきだとか神に仕えるお優しい者たちは言うかもしれない。そもそも同性愛に目覚めてしまったものは神に背くものでしかありえないので、事実が露見してしまえばいずれ追い出されるのがオチであろう。むしろ常日頃からこの不貞の弟を厭っていた私としては自分から出て行くと口にするのをどれほど待っていたことか。しかしエイトが出て行くのは忍びない、おおかた口八丁手八丁で騙して手篭めにしていいなりにしているのだろう(と思いたい)。

「兄としてお前たちの仲を認めるわけにはいかない」
「……ッ……」

一瞬の沈黙、苦しそうに下を俯くエイト…(ああ、可愛……なんて私は思っていないからな!!)。
はっはっは、そうして泣き謝りすがり、私のところへくればいいのだ。

「つーかてめえ今さら兄貴ヅラしてんじゃねーーーー!!!」

ぐぉん、と凄まじい風圧とともに怒声が響き渡る。ククールめっ、怒りに任せて魔法力をはじけさせおって!!と吹き飛ばされ不意打ちにイスの下に転げ落ちたマルチェロは慌てて立ち上がる。「貴様、兄に向かって…」「だから都合のいいときだけ兄貴ヅラをするんじゃねー!!」
こちらがどす黒いオーラというのならば、あちらは青い炎だ。深く地の底から這い上がる、マグマより熱い炎の色。しかしそれがとうしたといえよう、どう考えたって青より黒のほうが怨々としているではないか。

「なにを言うかククール、私は昔からお前のことを気にかけていた!無論弟としてとだ!!普段は団長として身内だけを気を使うわけにはいかなくてな、誤解を生んでしまったかもしれない…遺憾なことだ」
組んだ手は外さず、フッと思い込んだように寂しそうな顔をしてみせると、さすがにククールもまさか、という思いが生まれてくるわけで。

内心にやりと笑ったマルチェロは、それを確固たるものにかえるために追撃をかける。
「私たちの家系ももう2人しかいない。復興などとは言わないが、せめてお前だけは豊かで穏やかな生活を良いお嬢さんとさせていけたらいいと思っていた」

「兄貴……そんなこと…思っていたの、か…」
ククールは戸惑いがちにこちを見る。こくり、と頷けば衝撃を受けたように床へと目を泳がせる。その隣でエイトはきゅむと口を一文字に引き結び涙をこらえようと拳に力をためている。ぞくりとこみ上げるものをマルチェロは感じ、それと同時に焦燥感も芽生えた。
イケる、このままならイケる!!と思いながら早急に早急にと焦り逸る心を抑える。慌ててボロを出し、すべてが水の泡のなんてそれは間抜けで詰めの甘い愚か者がすることだ。ゆっくりじっくり慌てず真綿で首を絞めるようにじわじわと、この先に光が見えているのは確かなことなのだから。

「だから私はお前たちのことを認めるわけにはいか」「団長っ!!頼まれていたエイトさんのブロマイド買って来ましたあっ!!!」
バァンとドアの開く音は爽快に部屋の中を突き抜けていく。その中で、一瞬見事に時を止めた部屋ができた。
人を呪わば穴二つというやつだろうか、それとも策士策に溺れるとか、捕らぬ狸の皮算用とか、とにかくそんな言葉が時を止めた一瞬のうちに脳内を駆け抜け、ふと気が付いたときには鬼を見るような形相でククールに睨まれていて、正直怖気づいてしまったマルチェロだ。さすがは弟、血は争えないというかなんだ。
素質ありと。

とにかく時を違えてノックもせずに入り込んだ馬鹿ものはあとで拷問部屋送りにするにしても、今はククール、とにかくククール、そしてエイトだ。
ごほん、と小さく咳払いし「それでだな」と気を取り直し、というよりはなにもなかったかのように続けようとした。言うなればそれは願いに満ちたものだ、なにもなかったんだと。
しかしそうもいくはずもなくちゃんとあの言葉を耳に通し止まった一瞬の中で言葉をリフレインさせまくっていたククールはじとりとこちらを睨むのだ。ああ、エイトすら訝しげにこちらをみているなんて。

「ふう…なにか誤解をしているようだが私は断じてエイトに道ならぬ思いを抱えているというわけではないぞ。ただ、この頃そのようなものが出回っていると聞いたものだからな、もし本当にあるのなら取り締まらねばなるまいとな。――――我らが公正なる秩序溢れる騎士団の心身ともに健康であって欲しいのだ」
よくもまあそんな心にもないことをぺらぺら言えたものだと自分でも思う。この微塵すら嘘をついているとは見えない口達者振りには正直自分でも鳥肌が立つほど素晴らしいと思う。人生はいかに嘘を突き通すかによって決まるんじゃないか、などとも思っていた時期もあったが、しかしオディロ院長の元にいるならばそれも必要ないだろう。あの人は公正なお方だ、あの人に仕える限り、あの人の前では公正でありたいと思う。
「私とククールの分はこの間取り締まることができたのだが、エイトのは証拠不十分でな、言い逃れされてしまった」
やっと秩序が保てるというわけだ、と言葉を続ければエイトは訝しげにこちらを見ていた目を憧憬のような目に改めてこちらを見ていた。しかしククールはいまだ不信感を取り払われないようだ。
「まったく、嘆かわしい。僧であるがゆえに女を禁じているが、男ならいいと思っているのだろうか。神は我々を堕落させる性を禁じているというのに」
ふう、と息をつき、それからマルチェロはまっすぐククールを見る。
「私はお前たちもその延長ではないかと思っているのだ。ここを出て、外へ行ったらお前たちの間にあるものが仮初めのようなものだったら――――。そう思うと、余計に……」

「兄…貴、……!!」
「団長……!!」

マルチェロの言葉はひどくふたりの心に響いたのだろう、うっすら上気し、心なしか少しばかりの興奮を含んだエイトの顔はなかなかそそられるものがあった。しかし体裁を繕い信じ込ませるだけのために言葉をなしていたが、よくよく考えてみたらなにか違う、どうも違う、決定的にこれは…核心から遠く空回りしているような気がする。

「オレ達…兄貴が考えてるみたく軽い気持ちで言ってるわけじゃないんだ」
「団長、オレはククールじゃなきゃだめなんです、ククールがっ…!!」

そうだ、私はなんだかできてるっぽい噂の立っているこのふたりを呼び出し、引き裂こうとしていたのではないか。騎士団員の恋愛は駄目だとか、とにかく理論武装で引き裂いてしまいたかったのではないか。なのにどうして認める認めないとかそんな話題になったのか。そもそも初めから私もエイトが好きだからククールなんかやめて私のところへ来いとかなんとか言えばよかったのだろうか。いいや、まさか。そんなこと死んでも私の口から言えん!!!そうだ、そうなんだ。そうして私はエイトなんか好きじゃないように振る舞っていたからこんなことになったんだな、そうかそうか、く、ククールめぇぇぇ!!!ちょっとばかりエイトとラブラブしてるからっていい気になりおって!!私が言えるわけがない、言えるわけがないのだ、そんなこと。だからお前達が離れてひとりひとりになってくらいのときに、なにげなく優しく気遣い、心遣いし、その末にエイトが私に心を傾けてくれればいい。傾けてくれればと、そう、私は…!!
じわり、と今度こそ本当に涙がこみ上げ、熱くなる目頭を押さえながらマルチェロは俯き声を絞り出した。

「お前たちが、そこまで言うなら……」

なんだ、これでは私は本当にいい兄貴みたいじゃないか。いい兄貴みたいじゃないか。こんな…こんな……!!
私はふたりを引き裂きたかったのであって決して認めたかったわけじゃないんだ。なのに。

ありがとうありがとうと喜び笑いかけるふたりに私はなんでだか「絶対に、幸せに…なるんだ」などとのたうってしまった。
喜びひしめきながら部屋の外へ出て行くふたり、それとは裏腹に静かに静かーにしめられたドアの音。その一瞬後、マルチェロは崩れるように机にひれ伏し涙を滴らせた。

断じて、断じて、断じて。ククールの信頼を勝ち得たいわけではなかった、エイトのあの、ククールだけに向けられる柔らかな微笑みを手にしたかった。それだけだ。








2万ヒットありがとう記念リク第9弾。
「クク主←マル」「ギャグ調」でした。ギャグ?テンポのいいパロディ調の小説ってかけないです。ごめんね!
マルチェロさん悪ぶってるけど基本はいい人なんです、きっと。
っていうか遅いぜ自分!!と叱咤しています。本当にごめんなさい。

2005/4/26  ナミコ