恋す蝶、春






春だ、春が来た。と思ったら春はあっという間に過ぎ去っていった(と思う)。
あたたかで穏やかな日はさっさと姿を消し、照りつける太陽の季節へと移り変わろうとしている。チョウはそこらじゅうをつがいとなって飛び回り、右方の草原ではプリズニャンが鬼ごっこともとれるじゃれあいをし、左方の木の上では小鳥がクチバシをついばみあっていた。
どこもかしこも春爛漫か!となかば恨みにも似た羨望の気持ちで水辺に目をやると、うっかりオス蛙がメス蛙に覆いかぶさって卵を吐き出しているところを目ざとくも見つけてしまって正直萎えた。
のも一瞬の出来事でムクムクと湧き上がる性欲は抑えようがないものだ。ククールの持つ性欲メーターは春でまわりもいちゃいちゃしててそういえばこの頃ご無沙汰なような気もしてとにかく上がりっぱなしだった。ちなみにこのメーターは振り切れることはあっても、おさまることはない。たぶんずっと、きっと、絶対に。よってそんなメーターは常に少しずつたまり、あがり、最上点へのぼりつめようとするのでちょっとくらい萎えの要素が加わったとしても、それは一瞬で取り戻されまた上昇していくのだ。
まあ男の性欲ってこんなもんだろ。
なんてよろしくエイトを引き寄せて林の方に連れ込んでキスをした。目を瞑ってくぐもった声をあげるエイトにひどくぞくぞくして外でするにはちょっと過剰なペッティングもしてしまった。しながらちらりと目を走らせた地面、草むらについた掌のすぐ横にいたバッタがよろしくしているのを見てちょっと萎えたけど、やっぱりメーターはぐんぐん伸びていく。エイトに触れてるし撫でてるしナニもしてるしまあ当たり前だよな!!



びくり、と一瞬身体が弛緩したのを合図にエイトはナニをほとばしらせくたりと力なく沈んでいった。ククールは口の中でほとばしらせられたそれをそっくり飲み込んでから、エイトをうまく抱きとめて草の上に寝転がした。
たんがからむようにイガイガと喉にまとわりつく精液に、なんとなくあと半日はこんな感じだなと思い、半日も喉に絡ませられたまま一日中エイトと行動を共にするのか、などとやや背徳的なような考え方にさらに煽らされるような感覚すら持ってククールはにやける笑みを必死でおさえた。

「……もう、サイアク……」
ぐったり目を開けることすら億劫なようにエイトは少しだけ荒い息を落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸をした。何度も何度も。
「なにが?」
ククールは悪びれずエイトの頬といわず唇やらこめかみやらにキスをして、汚れた箇所を拭い、素早くきれいにエイトの服装を整えていった。
おそらく実際ククールは悪いことをしているとは思っていないだろう。というか、彼にとって性欲や性欲によって性交を行うことは決して悪いことではなかった。それが少なくとも僧侶にとってはあるまじき思考だとしても。

「今朝からなに、お前」
エイトの目が恨みがましくククールをとらえた。丸みをおびたアーモンドのような目を鋭く細めて睨みつける様は正直そんなに迫力があるとはいえなかったけど、でもエイトにしてみれば充分すぎるくらい憤りに対する意思表示をしていた。
「朝勃ちついでとか言ってするし、なにげなく話しかけてきたかと思ったら触るし、目を盗んで…い、…ろ…いろなとこ触るし、小枝を拾いに行けばついてくるしまたするし、馬車の影でキスはするは、水くみにいけばこんなことするしっ……!!」
細い腕が伸ばされてくる。ククールの襟元をつかもうというのか、ククールはその腕をさっとつかんでひとまとめにしてエイトにキスをした。上からふるような花びらのように軽く触れようと思ったくせに、気がついたらそれはその後激しく執拗に求めるキスに変わってしまっていた。

「まあまあそのことについては帰り道ながらに話そうか。いつまでたっても戻らないとあいつら探しにきちまう」
離れがたく手放したくないそれから、ククールはちゅう、と吸い付くように名残惜しさを残して唇を離していった。伏目がちに熱い息を漏らすエイトにそのまま戻らず好きなだけもつれあいたいという気持ちが起きるけど、ククールはそれを紙一重で押しとどめる。手を伸ばして取るのは、そう、コトを始める前にあらかじめ汲んでおいた水の入っている袋。ひやりと冷たさが残るそれはとめどなく溢れる熱望を冷やし、落ち着かせる。

「行こうか」
ククールが手を差し伸べると、エイトははあとため息をつき、気だるげにその掌に手をのせた。
事後の倦怠感か、恐らく腰にずんとくる重たさの感覚はぬぐいきれないのだろう。さきほどまで激しく濃厚に味あわされていた快楽の味のせいでにおぼつかない足取りでエイトは歩き始めた。


「遅かったわね」
エイトはゼシカの一言にひどく動揺した。「ええっと、その」もぞもぞ口ごもるエイトの言葉尻を遮るようにククールは前に出る。「途中でスライムに出くわしちまった」
へらへら笑い、先ほどの出来事を微塵も感じさせない。
ククールは嘘をつくことに慣れていた。修道院ではそうしなければ恐らくうまく生きてこれなかっただろうし、もろもろの事実に耐えることができなっただろうと思う。生きていくためにはしょうがなかったのさ、とどこでもなく空に投げかけた言葉は意味もなにもない。ククールは罪悪感なく嘘を舌に乗せることができる。それは嘘をつくことなどククールにとってなんでもないことだからだ。ひとりうまく生きるための嘘。だけど今日はひっかかりを喉に感じる。物質的に言えばそれはつい先ほど、ほんの少し前まで咥えていたものからのもので、当たり前の現象が喉に絡み付いているだけのもの。それ以外の何かであるとしたら、多分それが自分がうまく生きるためについた以外の嘘であるからだ。遅くなった本当の理由を、エイトは露見することを嫌がっている。それはまあ当たり前のことなのだけれど。

これでいい?と、ククールはひそやかに視線を送った。恨めしそうにこちらを見るエイトはたちまちあさってのほうを向き、足早に先へ進む。その背中を見て、ククールは小さく微笑んだ。
そんな逃げるように離れたって、近づこうと思えば近づけるし、今は近くにいたい気分なんだ。それはまあどちらかといえば、触れていたいに限りなく近い気持ちなのだけれど。
かっかっと熱を持つように、とめどなくあふれ出る気持ちはしばらく消えそうにない。
一歩一歩大股で離れていこうとするエイトに一歩半一歩半の足取りで追いかける、その腕を取る。
びくりと過剰に反応するエイトの、振り払おうとする腕をきつく、けれど壊れないように丁重に力を込めて笑いかける。

「もう今日はなにもしねぇって」
今日は、と釘を刺したように言う言葉に偽りはない。なんでもなく嘘をつくククールだけれど、初めから最後まで嘘をつきたくないと思ったのはエイトだけだ。エイトにはどんな小さな嘘もつかないと。
「……"今日"は?」
薄く細められた目で疑わしげに睨まれる。馬鹿だなあ、そんなことしたって逆効果なんだよ、なんて思っても、それは言わない。言ってしまったらこの、しっかりもので勇ましく強く仲間思いの愛しい人の自尊心を傷つけてしまうことを知っている。

「…………」
こそ、と耳元で小さく秘密を語るようにククールは囁いた。
できることならずっと、お前とセックスしていたい 抑えられないのはたぶんお前をどうしようもなく好きだから だけど今日はもうやんないって 本当に 本当 …明日からは外ではしないように気をつける
ククールの言葉にほのかに頬を染め上げていくエイトを見てひどくやわらかい気持ちを抱く。こうしてこんなふうな反応が見れることがとても幸せに思えるような。
嗚呼、しないって言ったばかりなのにと、ククールはため息をつきたくなるような思いでうまく逃がしきれないぽつぽつと発する情のことを考えた。

それはまるで獣のような。
獣であるようで、それは人の形をもっていて、際限がないのはそのせいで、大切にしたいと思っているのもそれで、ずっとそうしたいと思っているのもそれで、

一対のチョウが追いかけあうようにふたりの間を飛んでいった。
ククールはこらえきれそうにない衝動を抑え、それを目で追いかけた。









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2万ヒットありがとう記念リク第10弾。
「発情期でやたらエイトに触るククール」ということだったのですが、お触わりにとどまらず、さすが発情期…ってなもんです(殴
いや、スミマセ……!!っていうかこれでだいじょうぶですかー!?

2005/5/26   ナミコ