06 呪われし









 とてもとても強い呪いがかかっている。だから君の身体は他の呪いを受け付けない。受け付けないかわりに、その呪いは二度と解くことはできない。もしもそれをむりやり君の身体から剥がそうとすると、今まで築いてきた記憶はすべて飛び散ってなくなってしまうよ。

 思い出さなくてもいいと思うのは、ぼくが昔のことを覚えていないからなんだろうか。もしも王に拾われてから今までの日々の記憶がなくなってしまったらと思うと、ぼくは阿鼻叫喚して涙を流し、なににも代え難いそれを必死になって取り返そうとするだろう。しかしそれはぼくが今のぼくを覚えているからこその思考で行動だ。もしも本当に記憶をなくしてしまったら、そしてその記憶に関わった人たちがぼくと再びの関わりを持つことがなくなってしまったら、また。

 繰り返す。

 何も知らない、なにも覚えていない、まっしろなのままで刻み付けられた皺すべてを隠してしまった恨みがましい脳はそしてまた新しい日々を刻み付けていく。

 トロデーン、ぼくを愛してくれた人たち、トロデ王、ミーティア姫、空、橋の元で出会ったヤンガス、トラペッタ、滝の中の水晶玉、リーザス、ゼシカ、兄と妹、サーベルトの魂、海、マイエラの修道院、マルチェロ、ドニの酒場、トランプゲーム、ククール、指輪、兄と弟、大地、アスカンタ、願いの丘のイシュマウリ、パルミド、盗賊のゲルダ、洞窟の中のビーナスの涙、約束、古代の船、失われた竪琴と歌声、ベルガラック、カジノ、絆、キラーパンサー、サザンビーク、アルゴリザード、太陽の鏡、闇の遺跡、それからそれからそれから。
 これらすべてを忘れてしまう。忘れてしまったことすらも忘れて、名に食わない顔でまた世界を生きていく。
 そんなこと。

 ぶわ、と 溢れるほどに涙がこぼれた。 しとどに零れる雫がぼくの記憶を洗い流してしまう。だめだ、泣くな。泣くな。



「エイト」
 すらりと伸びた、それでいて相応の太さを持った指が頬に触れた。心配そうに覗き込む顔が涙に滲んでいる。涙を拭わなければ。しかしその必要はなかった。ぽろぽろ零れた涙はその隙間から滲んでいた顔を曝け出させ、零れる涙のその人の指によって優しく拭われたから。
「どうして泣いてんだ」
 くしゃりと彼は顔を歪ませた、その彼こそが泣いているように見えたのは気のせいだったのか。ぼくは無表情のままに涙をこぼし、端整でシャープで誰もが一度は見惚れてしまう彼の顔を見つめた。
「怖い夢でもみたのか?」
 怖い夢、そういわれればそうなのかもしれない。あれは悪夢。すべてをなくしてしまうことを恐れるあまりに見た夢。
 ぼくはまるで子供がするみたくこっくりと頷き、眠りから覚めたばかりの回らぬ頭と舌で「うん」と言った。目の前にいる彼に腕を伸ばし、もっと近くに寄って抱きしめてもらうことを望みながら。
 案の定望みはすぐに叶った。彼は優しくぼくを抱きしめゆっくりと背中をさすった。まるで親が子供を慰めるようなそれに、いくつかの不満があるわけでもないが、今はとにかくそうされることでひどく安心できたのだ。頭を預けた胸から、彼が生きている証である心の臓の鼓動がくっきり力強く聞こえた。

「約束をして欲しい」
 求めるぼくはとても弱いいきものなのかもしれない。けれど求めざるを得なかった。ぼくが手にしたものは離しがたく、永遠にかわることなく胸の中に留るべき大切なものであった。
「はなれないで」
「わすれないで」
「あきらめないで」
 なにがあっても。なにが起きても。お願いと、ぼくは最後の涙をこぼして言った。零れた涙が君の服に落ちて吸い込まれていった。赤い服にもっと深い色を落とし、しばしの間の染みとなる。

「ああ」
 彼は言った。彼はぼくと約束をした。切れることのない繋がりが、深く結びついてくれればいいと、そう思った。

 いっそ、
 いっそその結びつきは、この身体に染み付いた呪いのように不動のものであればいいとも、
 思った。






最近のクク主がシリアスになってしまっているのでどうなのかしら、と思っています。
もっとラブラブしているのを書きたいと思ってるのにーーー!!

2005/7/14   ナミコ