おかえりなさい






 船着場からマイエラに行くまでに、廃墟、みたいなのがあるだろ。あれって昔、オレが住んでたところ。
 小さく微かに微笑んでククールは言った。ぐ、と唇を噛み締めたくなるような気持ちになったのには、わかっていたからだ。ククールがそういうふうに、笑って穏やかに言うときは、泣きたいのをぐっと堪えるような。

 泣けばいいのに。弱くたっていいのに。

 だけどククールは泣かないかわりに、弱いことを隠すために、夜中に空に向かって祈ってる。馬鹿だな、そうやってぐじぐじ膿んだものは一度取り除いてやんないと腐ってしまうって、わかってるだろうに。僧侶でもある君なら、さ。
 だけどそんなことをオレに言ったのも、昔住んでいたっていうここにオレを連れてきたのも、考えたんだろう。ぐじぐじ膿んだもの抱えながら、必死に考えてその糸口をオレに見出してくれたんだろ?

「ククール」

 名前を呼べば、その気配に思い出したようにを見上げる。
 広い丘陵、そのひときわ羨望のいい場所。今はもう煉瓦の壁が残るばかり、強い草花達と雨に日々晒されてそしていつかなくなる。

「広いだろ、ここから見える殆どがオヤジの領地だった」
 船着場から左右に分かれる広い領地、左を領主の住まう場所に、右を民の住まう場所に。穏やかで豊かな人と土地に育まれて大きくなっていくと思っていたのに。
「もしオヤジ達が死なないで、今も生きてたとしたらお前と旅もできなかったんだろうなあ」

 くつり、と悪戯に笑った笑顔が唇を掠め取られた。「こんなふうに恋人になることも」

「…だけどオレは君に会ったらきっと恋をすると思うよ」
 瞬いた目が驚きを教えてくれる。そうだな、こんなふうに素直になにかを口にするなんて、とても珍しいと思うだろう。オレだって、恥ずかしくて死にそうなんだから。
 やわらかい、ククールを包む空気がやっとやわらかくオレを迎え入れた。
「オレもそう思う」
 だらけきった情けない顔をするんじゃない、この君の故郷で、家で、さ。

「………君がいたときのまま、ここに家を作ろうか?」
「……なにそれ、それってもしかしてプロポーズ?」
「バッ……!!!!!」
 バッカなに言ってんだ、なんて無粋な言葉は胸の中に。ずっと一緒にいたいって思うことは、つまりそういうことなんだってわかってるけどさ。
「君の、帰る場所だったんだろ?」
 潜めた微笑みが「ここは廃墟がお似合いだ」と呟いた。…オレは君の涙を拭えたのだろうか。


「オレの帰る場所はお前のいるとこだよ」

 ああ、泣いてるのはオレで、涙を拭ったのは君だったのか。








九月八日計画自作お題"森の廃墟"

2005/9/8  ナミコ