夜の向こう






 駆け下りる、城の外へ繋ぐ橋。暗闇に紛れて、兵士達の目を盗んで、逃げるわけじゃない、ただ、ただ空が。世界が。

 恋しくて、泣きたくなるような郷愁。はやくはやくはやく走ってそして跳んだら、本当に飛べるんじゃないかって思って壊れそうに悲鳴をあげる心臓をぎゅうと押しつけ息さえ押し殺して大地を踏み切った。

 たん、と軽い踏切音に、空を駆ける瞬間。一歩二歩三歩、宙を歩く様な感覚、でも。
 足は大地に吸い寄せられ、着く。つんのめりそうになる身体を支えるみたいに反動が大地を駆けさせた。

 嗚呼。

 ずるずる大地を這う足。ぽつんと取り残される気持ちに、なんて名前をつけたらいいだろうか。孤独、なんて寂しすぎるから言わない。絶対言わない。

 肺が呼吸を取り戻して、それから痛む心臓は、ただたんにはち切れそうに今酷使したせいなのか、それともほかに痛む理由があるせいなのか。
 ゼイゼイハアハア、矢継ぎ早の息を。ゼイゼイハアハア、肺一杯に取り込んで。
 人並みの脈に戻ったら、立ち上がって明日を迎え入れなくっちゃあ、いつもみたいに。


「いたっ…」
 立ち上がり様、くきんと痛んでよろめいた。着地した瞬間に足を挫いたとでも言うのだろうか、痛い。弾ける心臓の
音が、熱をもって足に移動したみたいだった。
 片足這いずって来た道を戻ることのなんてもどかしいこと、いつだって、そう。来た道をくるりと戻ることはなんだか無性に切なかったっけ。

「なんて顔してんだ、お前」

 くつり、と声を潜めた笑い、なのにどうして、しょうがないと、まるで近しい人の言うように聞こえるんだろうか。月光を背に、同じ色の髪が右に流れた。風、と思ったのに、世界は凪いで無音の夜を紡いでいた。

「帰りたい、なんて思ってんの?帰る場所なんかひとつしかないって言い張ったくせに」
 責めるような、それでも責めきれないような物言い。近づいた身体は片足を這いずって立ち尽くしていた体躯を柔らかに抱き上げた。ふんわり光が挫いた足を包んではじけるように儚く消えた。心臓をうつしたみたいな足が口を噤んだのか、お前は誰。天使みたいな顔して笑う、お前は。

「お前にそんな顔させるモンなんか、なくなってく」
 ゆっくり、ゆっくりと。大切なものたちが心を埋めて、やわらかく抱きしめて、好きだと、言ってやれる。
「夢でも見てた?」
 額にくちづけが、優しく辿ったその名残に穏やかに胸は鳴る。夢を、見ていた、のか?
 子供のときの。

「まだあと2時間は眠れるぜ?」
「…うん…」
 夢を見ていたのか、それともまだ、夢を見ているのか。大切なものに心を埋めて眠るのなら、もう跳ばなくてもいいと思えるように、月明かりに貰った言葉を持って、もういちど。








九月八日計画名残、自作お題"時をかける少年K"

2005/9/8  ナミコ