ピノッキオ






 暗闇の扉に手をかけて、うすぼんやりとランプの光が零れる部屋の前で立ち尽くす。触れただけで、勝手に開いていく扉の意味を成さない安っぽい扉。静かに金具が軋む音を立てて開かれていけば、こんなにも暗い中で本を読む、あいつの姿。何度も何度も、初めて与えたたった一冊の本だけをそうして毎日読んでいる。
 酷く苛々するのだ。と、なんの抑揚もない声は恐ろしく冷たい声で彼の名を呼ぶ。

「エイト」

 本に向けられていた視線は此方へ。じゃらり「おかえり」優しい声と柔らかな笑顔はまるでエイトそのものを表すメタファーのように愛しくて憎らしい。「ただいま」の言葉を待つエイトは従順に、それはさながら夫の帰りを待ち続けた貞淑な妻のようなものにさえ見える。
「ただいま」
 立ち上がるだけで近づけないエイトに、ククールは歩み寄って闇に溶け込みそうな黒髪を指で梳いた。硬い髪質は好ましいとはあんまり言えないけれど、嫌いではなかった。その髪にくちづけを施すのも、見上げるまぶたにキスを落としながら強く抱きしめることも。

「みんな元気だった」
 頷きときおり相槌を打ちながら、エイトは静かにククールの話に耳を傾ける。
「トロデーンは今、すごく栄え始めてる」
 ククールの言葉一つ一つ、真摯に心に刻みつけるように聞き入って。
「ヤンガスの野郎は兵士に志願したし、ゼシカは故郷でおふくろさんと仲良く暮らしてた」
 まるでそれを再現するみたいに事細かにククールは言葉を選んでいく。ひとつひとつのそれらを、知ることすべての術がククールを介して語られる。
「いつか会いにつれてってやるよ」
 エイトはひときわ嬉しそうに笑顔を作って「ありがとう」と言った。嘯いた嘘を信じ込み微笑む姿を見て、心が潰されるようだった。精神は酷くざわめいていたが、それでも表情だけは柔らかなまま微動だにせずにあった。
 ははは、と渇いた笑いをしてしまいたい。ははは

 じゃらん「好きだよ、エイト」耳障りな音。見ないふりをしていたのはどうしてかなんて、その、重々しい金属の触れ合う音、じゃらり、に突きつけられように責められるのが怖かったのか。ククールの言葉に微笑んで、「ククール」喜ぶ。そう、世界はすべて、彼だった。

 ぽつんと涙の雫がエイトの頬に伝った。それは悲しみのものではなかったけれど、エイトは悲しんでなんかいなかったけど、胸の中の心臓は、ちくりと痛んで怖くなった。

 しあわせにしてあげたかったのはずなのに。

 でも、エイトは「しあわせだよ」と、何度聞いても繰り返す。何度問うても繰り返す。
 きれいな涙に心奪われて、思い出す。ずっと一緒にって、それだけを願っていたあの頃を。じゃらん「……」また、心を痛める嫌な音。重々しい金属のこすれあう音が強く強く首を絞めた。

 哀れな嘘吐き、星空を見上げて願いをかける。とうに叶えられたことにも気付かぬまま。








マンガは無理だった。絵なんかかけない…(自己嫌悪) ウウ…もうなにも言うまい。

2005/9/25  ナミコ