before






 いやー、それにしても驚きだったなあ。まさか、あの、ヤンガスにコレがいたとは!!!
 にやにやククールは笑いながら、小指を突き立ててウィスキーの入ったグラスを片手にヤンガスに絡み付いていた。無礼講だ・と王は言う。姫を取り戻して一息ついたエイトたちは、パルミドからごっそり調達した酒を手に野営を張って酒を酌み交わした。あれから、あの・姫の姿が消えた瞬間から、凍りついたように固まった心と焦りを溶かすために。もう安心なのだと、言い聞かせる。暗く悲しい旅の理由を紛らわすように和やかに楽しげに進んでいた旅はついさっき、姫が、戻ってくるまでは凍り付いてしまっていたから。いつもの憎まれ口も、笑い声もなくなって、ああでももうだいじょうぶなのだと、はしゃいで。

「さあ飲むでゲス、おっさんも、馬姫さんも、嬢ちゃんも!」

 アンバランスに肩を組んでハイペースでアルコールを飲み上げるヤンガスは、珍しくククールと組んで浴びせかけるような勢いで酒をすすめている。王も今日ばかりはとでも言わんばかりにその輪に加わって手放しに喜んでいた。
 よかった・と思う。本当に。そう、凍りついたように・だ。生きた心地のしないような不安をつきつけられた。失う・と。失ってしまう・と。

「お前も陰気なツラしてねぇで、姫さんは無事だったんだぜぇ」
 なーんも心配いらねぇよ、な。ちゃんと取り返してやったじゃねーか・と。エイトに近づいてククールはその頭を掻き撫ぜてまた、笑う。手にしたウィスキーのグラスを勢いよく煽って、ぷはあ・と似つかわしくない仕草で口を拭う。
「あったまるぜぇ」
 へらへら・と。その女の子が黙っていないくらい整った顔を情けないほどに緩めて。だらしないくらいだ。アルコールで大きくなった気をそのままあらわすように尊大にエイトの隣に座り込む。ぴゅう・と吹く口笛に、どうしようもないほど気分が高潮しているんだな・と思って、エイトは手にしていたグラスの、ちょこっと入っていたアルコールをちびり、ちびりと口にした。

「あによ、エイトったら。辛気くさぁい」
 頬を真っ赤にそめたゼシカは、陽気にからから笑いながら近づいた。手に持っているのは、苺の果実酒、だ。男らしくも瓶のままのそれを煽っては、今日ばかりは男も女もないのよう・と瓶をすっすりあけてしまった。
「ゼシカ、そーゆー飲み方はあんまりよくないよ?」
「うるさいわねぇ、だいたいエイトもエイトよぅ」
 そんな飲んでるか飲んでないかわかんないようなの、あんただってよかったって思ってるでしょ!!!だから飲みなさい!やおら据わりかけた目で、まるで飲まないことはいけないことだと言うようにゼシカは腰に手をあて眉を吊り上げた。

「ククール、お酒」
「あ?あー」
 頂戴と手を伸ばし、手から手と渡されたウィスキーの瓶・に。少しだけ嫌な予感をよぎらせてエイトは腰を引かせる。けれどゼシカの意図を知って知らずか、まるで示し合わせたように横から腕が伸びてつかまった。それはまるで抱き寄せられたような、そんな構図だったのに・だ。捕まった・と思った。それから逃れるにも、エイトの目の前にはゼシカがしたり顔で寄って来ていて。

 絡まれた。また。






「アルコールは凍った身体をあっためてくれるんだぜぇ」
 雪国にはかかせないわな・と、ウィスキーを煽る。山とあった酒も、みんな腹の中におさまって、そしてアルコール成分に浸透されやつらはみんな、草の上に転がっている。酒気にまみれてわからないけど、けれどここは恐ろしいほどに酒の匂いが充満しているんだろうなあ・とぼんやりククールは思った。そんな場所で無防備に醜態晒してとんでもねーパーティだ・と笑む。仰向けに大の字でいびきをかいて眠りこけてるヤンガスに、果実酒の瓶を抱えてまるまって寝てるゼシカ。ヤンガスと同じように眠りこけてる怪物王様だけどその隣には上品にうずくまった馬のお姫さん。いつまでも眠らないでなにをやっているんだろうか・と思う。飲むはずのアルコールは残りわずかに瓶の底にある限り、夜明け間近の空を映して。

 空をうつしとった酒を飲めるのか・と、とても気分がたかぶった。そう、これはなんだか、世界を手玉に取ったような気分だった。気持ちいい・と思い切り空を仰いでくちずさむ。ククールはくちずさむ歌がなんの歌かはよく知らなかった。聖歌を覚えるもっと前、物心つく前の無意識の記憶に刻まれていた歌。歌詞も知らないその歌を、こうして世界の空気にのせて歌ってやったのははじめてだったけれど。

「・・・きれいな、うた」

 真っ赤な顔を、ゆるゆると顔を出す朝焼けにもっと赤く染めて、エイトは寝転げたままククールを見上げ、気の抜けるような顔で笑いかけた。
「そりゃーどーも」
 ちかちか光りはじめた朝日が痛いくらいに目に染みて、ククールは目を細めた。そんなことをしたって、気休め程度で太陽の光にしばらくはずっと痛い思いをさせられるのだろうに。だけどそれは条件反射のようなものなんだろう、きっと。

「きれいな、」

 まぶしくて、目を瞑る。すぐ、隣に寝転がっていたエイトの声が遠く聞こえて。ククールはまた、世界を見る。金色に染め上げられた大地を見るのは、はじめてだった。

 そうしてククールは、エイトにそっと、キス、をしたのだ。

 唖然・とした。したのはエイトだけではなかった。それを施したククールもまた、同じように唖然として。しばらく見詰め合ってさえいた。「えーと」先に口を開いたのはエイトだった。「なに?」ほとんど無表情に近い表情で、エイトは問う。「なんだろう」と、ククールは返した。本当に、なんだろうと。

「えーと…」

 俯いて考え込むエイトに、ククールはますます自分がわからなくなって、けれど肺、喉、鼻と順々に苦しくなっていく気管になぜだか唐突に理解しそうになった。しそうになっただけで、まだ、いやまさか・と逡巡している状態だったけれど。ゴト・と手にしていたウィスキーの瓶は草の上に転がり、大地に酒をばら撒いた。だけどそんなことはどうでもよかった。ただ苦しくて、つん・とこみ上げたものに目頭を押さえて、じっと堪えていたら肩にあたたかなぬくもりを感じた。
 小さな手・だ。男にしては小さくて、けれど女のものとは決して違う線を辿っている・それ。それを、たぶんククールは。

「、―――」

 声にならない声で呻いて、搾り出すように言葉を求めた・けれど出てこない。ククールは今、縋るような目でエイトを見ている。エイトはもうなにもいわなかった。ただそのかわりもう一歩ククールに近づいて、ぽんぽん・と肩を撫ぜてやった。
「―――めん。ごめんごめんごめん!!!」
 振り払うように身を引けば、ごめん・と声が喉からか細く落ちる。なにをやっているのだ・と。なにを考えているのだ・と。自問するばかりに躍起になった頭は熱く、頬を火照らせた。久しぶりの感覚に、慣れてない頭はますます混乱を呼び込むばかりだ。
 ぽんぽん・肩を撫ぜる手はゆっくり優しくあたたかく、まだ。

「いつだって明日はくるし、いつだってできる限り・は一緒にいるだろ」
 小さく、口端だけをあげて「オヤスミ」と、エイトは横に転がった。すぐに規則正しい寝息がククールの耳を掠めて、ただ呆然としているのはククールただひとりとなった。
「あー…?」
 これってなに、オッケーてこと?それとも、今までどおり?でも一緒にって。ククールの頭の中に、さきほどエイトが言った言葉も加わってさらにぐるぐると回り始めた。わからない、とエイトを見る。エイトはもう夢の中・だ。ククールはすっかり目は冴えてしまったので、眠るの難しい。

 ああ、でも・と。
(ゆっくり考えていいって、こと・か?)

 ゆっくり。有限の時間の中で、できる限りは一緒にいてくれるというのなら、たとえそれが友・であろうと。恋・であろうといいような気がした。急かずとも、ゆくゆく流れる未来の先で、心が答えをくれるような気がして。

「あー、もったいねぇ」

 霧が晴れてくように思考は晴れやかに、小さく俯いて先ほどのエイト同様にククールも笑い、大地に落としたウィスキーの瓶を拾い上げわずかに残る琥珀色の液体を飲み干した。








そして彼は恋をする。まるで病気のようにそのことしか考えず、一生懸命になって無様に、他の事は一切考えない。まるで、テロリストのように。

2006/6/14 ナミコ