突き刺さったつめたい金のいろ








 薄々と徐々に白んだ世界の気配を感じながら、夜は明けていった。あまり、眠れなかったように思える。眠るように目を瞑ってはいたけれど、刻々と刻まれる時間や気配を、驚くほど鮮明に意識は確認できていたから。
 眠ったような気はしない・と、早々に身体を起き上がらせれば、やはり向こうもそうであったのだろう、そろそろと寝返りを打ったエイトは悪戯の見つかった子供のように笑って、そしてオレもその気持ちを共有した。なぁんだ・と。

「眠れなかったんなら、話でもしていたらよかった」
「そう…だな」

 ふあ・と、大きく自然にあいた口からは大きなあくび。涙が滲むのはどうしようもなかった、それほどに、眠い。起きたばかりなのにと、エイトは笑った。笑ったけど、終わった瞬間伝染してエイトも大きく口をあけた。

「2度寝でも?」

 まどろむまぶたをまだ。とおさえながらふありとエイトを抱き寄せる。温かな人肌の温もりが、深い深い眠りの淵へ誘ってくれているようだった。とけるように、意識をもっていく。微かに「うん」と聞こえた賛成の言葉は、深い深い底の奥で聞いたような気がした。





 すき・と声がきこえた。だれが言っているのだろう。それは聞き覚えのあるような声で、けれど思い出せなかった。すき。今度ははっきりと、聞こえた。聞いたことがある、絶対。誰だったか、澄んだ声、鈴がなるような声、美しいうたを唄いそうな―――、

 わたくし、エイトがすき。よ?

 ああ・と。なめらかに思考は理解して、それが誰だかを思い出す。ずっと一緒にいて、歩いてきた。その声を聞くことは稀で、なかなかに叶わなかったものだけれど。

 どうか、わたくしと一緒にいて欲しいの。

 これは夢・なんだろうか。夢、だとしたらずいぶんと自分は、あのオヒメサマを理解していたんだな・と思う。これは皮肉でも嫌味でもなく、ただ純粋に。
 ずっと、離れることなく、別れることなく、とこしえに。いのち尽きるまで。そのささやかな願いの告げ方はまさにお姫さまらしい、祈り・だと。

 ずっと。

 けれど純粋なお姫さまの願いは、現実には聞き届けられなかった。なぜ?あんなにも、エイトは彼女に焦がれていた筈なのに。

 ずっと。

 聞こえた声はもうお姫さまのものではなかった。少年期特有の、少し高めのテノールボイス。しっとりと落ち着いたこの音程が、とても心地いい。
 けれどその声は、どこか憂いているような気がしてならない。ぽつん・と、落ち込んだしみに頭をたれる子供みたいに単純で、しかし深刻な。

 ずっと、一緒にいれたのなら。

 くつり・と、笑う。それは自嘲にも似て。悲しげで、諦めの色を含んだ、切ない声だった。置いてゆかれるのは怖い・と、呟いた、あの夜のあの声と同じ。

 白んだ世界でもう声は聞こえなかった。ただなにもなく白い世界に、こころはいたむ。苦しい・と、見上げたその場所も、なにもかも白かった。なにも、なかった。





 きみはきっとボクを置いていったりなんてしない。


 高く高く太陽がのぼった頃、やっとまぶたが自然とあいていた。もう、眠くはない。く・と、縮こまった身体を伸ばしてやって、それからククールはベッドから降りた。ギシリ・とスプリングが軋んで揺れる。

(なにか、夢をみたような気が…)

 起きる直前までは覚えていた。ツキリ・と痛んだ胸がそれを覚えている・なのに夢から現実に引き戻されてみればもう、幻のように消えて記憶すらなにも掴めなかった。だだなにかあったのだと、名残だけを残して。

「おはよ、ククール」
「なんだ…も、シャワー浴びたのか」
「ん」

 鼻腔にふわり・と石鹸の香りが漂って身体がしあわせな気分に満たされた。ずいぶんとお手軽なしあわせだ・と思った瞬間なにか夢をみていたことすら忘れて「オレも」と、出てきたシャワールームに入れ替わり飛び込んだ。とびらを閉める、その直前。

「ね、ククール。ちゅう・して」

 差し込む太陽に照らされて、ねぇ・と、ねだるエイトの唇に、軽く合わせて笑いあった。太陽のいろをうつしとった目は、金のいろに光っていたような気がする。

 きみはきっとボクを置いていったりなんてしない。

 意識の向こうで声が聞こえて、そして。すぐに消えた。







2006/9/8     ナミコ