※学園パラレル!!!ククール先生!!※
※前奏曲 第15番 変ニ長調 作品28-15の5年後のお話です※
浸透する桜
幾度何度と繰り返す季節は、いつまでも終わりなく永遠だと思っていた。悠久の時間が流れても、季節は一緒にぐるぐるまわっていくんだ。だってそうだ、有限の身体を与えられた生き物とは違うんだ。流れる時間、流れる季節、永久に。
けれどその巡りのなかで繰り返すのは四季だけで、ひとたちではなかった。ひとたちは生きている。ひとたちは、有限のいのちを与えられたものたちは、繰り返す季節の中ですごしながら、明日へ明日へと向かっていく。繰り返すことなく、ただまっすぐ、まっすぐと。
「はは、風流だ」
ひらひら桜舞い散る四月の折に、交流会と称した花見の酒盛りは盛大に行われた。よいよい注がれ注ぎながら酒はどんどん進んでいく。そりゃそうだ、こんなにも美しい景色の下で、時折散った花弁が酒の器にぽちゃんと浮かぶ。それだけでもう、酒を飲み進める理由は彼らにとって、充分だった。ふだんあまり酒を飲まない人までもが、そうしてついつい・と、進んでいる。
「桜酒ですね」
ほんのりと、頬を染めた男が横にやってきた。美しい桜はほら、ついついと誰もに酒の手を伸ばさせているのだろう、この酒に弱いと言う男、先週新任してきたばかりの国語教師を見ればわかる。
「飲みますか?」
「いいえ、もう…結構飲んでしまったので」
くらくらとおぼつかない足取りも、みればちゃんとわかっていた。すすめられる盃を、無下に断ることができないことも。まさかなあ・と、男は思う。黒髪黒目の真面目な努力家だった彼は、四季を四回巡らせて、そうしてここに戻ってきた。今度は生徒ではなく、教師として。
ククールはフン・と、桜の花弁の乗った盃を、ぐいと飲んで空にした。ほんの子供だった、余裕も何もない、あがいてもがいて毎日を送る子供の彼ばかりを見ていた。それがなんだ、今はこうしてきちんとスーツを着こなして、大人になりましたといわんばかりにいっちょまえに酒を飲んでいる。
「注ぎましょうか」
「おー」
とくとく、と注がれる盃に、また花弁が乗る。桜の気前のよさに嬉しくもなるが、けれどこれじゃあ入学式までもつかどうかがわからない。今年の春はあたたかい・というより少しあついくらいだった。
「オレはお前が、まさか教師になるなんて思わなかった」
「はは、オレはせんせーがいまだに教師やってられたとは思いませんでした」
にこり・と笑っている顔は皮肉に満ちて昔と変わらなかった。スーツを着こなすこいつにほんのちょっと前まで大人になったと思っていたのに、今はもう、かわんねぇなぁ・と、ククールはくつくつと笑う。変わらない。変わらずに恨んでいるのか・と、その執念に驚きながらもけれど嬉しくも感じる。
卒業して、いなくなって、きっともう二度とあわねぇんだろなと思ってそれでおしまいだった。どうしてだろうか、数いる生徒の中からこいつだけを見つけた。こいつだけにちょっかいをだした。それはもう、口にするにははばかるようなことを、何度も何度も繰り返して。それはある種の執着だったのかもしれない。
「なんだ、復讐か」
「そう…だよ。もうずっとあんたの後を付け回して、離れない。あんたがオレにしたことを盾にして、ずっと脅しつづけてやる。ずっと」
「そりゃあ―――」
執念の焔が瞳に灯っているのか。変わらないと思ったが、昔はあまりになかった余裕が生まれていた。にっこりと、談笑をするときそのままに笑っていうものだから、かえって真摯な思いが伝わった。そんな思いをさせるまでに思いつめさせてしまったか・と思うけれど、ククールは決して謝罪などする気はなかった。許してもらいたくなどない、ただ執着がまだあるというのなら、また。執着して欲しい・と、思って。
「随分と熱烈なプロポーズだなあ」
「…………はあ?」
にっこり笑顔は瞬く間に崩れて、昔のままの顔になる。にやり・と、今度笑うのはククールだった。
「ずっと一緒にいてくれるんだろう、エイト君」
懐かしい呼び方だった。目の前に5年前の光景が重なった。あのときもまた、桜は盛大に散っていたっけ。
違う・と、子供みたいにエイトは首を振った。なにが違うというのだろうか、ククールにとってそれはなにも違わなかった。あらゆる形を知っているからこそ、どんな形でもいいのだと思っていた。けれどひとつの形しか知らないエイトは、思い描く形が違うことに苦しんでいたのだろう・か。
「すごいと思うぜ、だってお前。それだけのために、オレを追いかけてきてくれたんだろ」
忘れられてなにもなかった。なにかあったかなんて思わせないように振る舞われる。その方がよっぽど。
「あんた、なにも言わなかったじゃないか…」
俯いて小さく枯れてしまいそうな声でエイトは呟いた。ぽとんと肩を落としたエイトは、桜の中にいてひどく不似合いで浮いていた。その新しい姿こそは、ぴたりとあてはまるはずのものなのに。
「なあ、お前さ。どうして人はだれかにキスをすると思う?どうして人はだれかとセックスすると思う?」
率直な質問に、エイトは顔をあげてこちらを見る。全然覇気のない顔だった。ククールがエイトのそんな顔を見たことは、一度や二度ではなかった。食らいついて噛み付いかれた、あの3年間。時間を流れさせれば流れさせるほど、あの顔は多くなった。覇気なく、こちらを見る、儚い諦めのまなざし。知っていて、知らないふりをするククールだから、決して自分からはなにも言わなかったけれど。けれど今、そうして求めようとしてくれているから、ククールもそっと、返してやりたいと、思うから。
「好きだから、キスをする。愛しいから、セックスをする」
そういうことだろ・と。あの頃、伸ばしかけて伸ばすことのできなかった腕と、掌で、ククールはくしゃりとエイトの黒髪をなぜてやった。そういえば、こうして甘やかすように言葉をくれてやったのは、これが初めてかもしれない・と、思いながら。
散る散る桜。目の前に、ククールは妙にすがすがしい気持ちになる。ぽたん、と青いビニールシートの上にたれた雫の音を聞きながら、いとしい気持ちを再確認。もっと、甘やかしてやろう・と。
「どぉしたのー?」
へらへらと笑いながら上機嫌で近づいてきた教師に、ククールは苦笑しながらさらさらと言葉を作る。「あんまりはしゃいであんたたちが飲ませすぎるからだ」気分が悪いみたいだから・と、どさくさにまぎれて抱き寄せる。
「それはそれは…ごめんねぇ、エイト。でもみんな、嬉しくって」
覗きこむ顔から隠して、立ち上がる。不思議そうに揺れた目と、オレンジの髪。しまった・と思った。だって彼女は聡いから。でもまあいいか・と思う。ふんわり優しいものを抱くように、思い出す。昔はそうしてよく抱いた。これもまた、久しぶりの感覚だった。細い・子供を抱く背徳。けれど今は、桜の下、細いままに変わらない、けれど通じ合うものを抱く。決して通じ合うものはまっすぐではなく、紆余曲折としているけれども。
抱き上げればぎゅう・と、頼るようにしがみついた。あの頃にはなかったそれ。それだけでもう、なにか満たされたような気がして。
「今も昔も、やっぱりエイトはあんたにいちばん懐いてたわ」
フフ・と、彼女は笑う。まるでなにもかもを見通してしまっているかのように。たぶんそんなことはないと思うのだけれども。
「……本当に?」
小さく呟いた声は、エイトだけに聞こえればいい。エイトは答えを教えてくれないけれど、それを探し出す時間を与えられた。きっと。もうずっと、離れないでいてくれるのだから。
2006/9/13 ナミコ