十二時半の箱のなか








 気がつけば、いつも目が追っている。動作や仕草が様になっていてきれいだ・というのもひとつの理由であるかもしれない。けれどそれだけじゃなくて、例えば危なっかしい剣の扱い方だとか、戦闘における回復呪文のタイミングの合わなさ加減だとか、数え始めたらピンからキリまで、両手の指の数の二倍三倍じゃあ追いつかないほどの理由だってあげられる。ようは動作動作が心配でどうしようもいのだ、まるで小さな子供が目の前にいるみたいに、危なっかしい。「おかしいよね、君ってば僕より年上なのに」そう言ったら、ほろ酔い気分のククールは少し拗ねたようにそっぽを向いて、ブランデーを勢いよく飲み込んだ。エイトの飲んでいたグラスはとうに空っぽだった。グラスの底に少しだけ、琥珀色の液体が残っていたが、それを最後の一滴まで飲み干すほど飲みたいわけでもない。味自体はそんなに好きではないけれど、喉と肺に流し込めば熱を伴う飲みごしが、少し心地よくて、エイトはたまに飲みたいと思う。常に傍にあるものと考えているククールほどではない。けれどいつものククールにしては、ちょっと飲みすぎではないか・と思う量と勢いなのだけど、言うのもなんだかなあ・と思ってしまったのがエイトの敗因だ。別になにか競っていたわけではないけど、少なからずエイトはしまった・と思わされてしまったのだ。止めていればよかったな・と思い逡巡するかたわらで、ククールは少しずつ、少しずつと瓶をあけていった。

 そしてその果てがこうだ。エイトは溜め息をつきたい気持ちで自分の現状を振り返る。
 あんまりに飲みすぎていたククールに、「ちょっと、君。だいじょうぶ?」なんて声をかけて、その頬に触れてしまった。手に触れた温度は、ほのかに火照ってあたたかい。もう、あとは眠りに落ちてゆくばかりだろうと、思った。それはやっぱり的中して、触れた右手をククールの掌が重なってから、眠い、もう寝る・とふらふらした足取りでイスから立ち上がった。その足取りの、なんて危なっかしいことだ。これで本当に年上なのか・と、また何度も思ったことを思いながら、ふらふら、ふらり・と、大きく弧を描いてベッドに倒れこむククールにそっと、ベッドクロスをかけてやった。エイトも、もう寝よう・と思って。
 けれどけれど、だ。それなのに、まるで意思を持って動いているかのようにククールは倒れこんだベッドの中から腕を伸ばし、そうしてエイトを引きずり込んだ。驚きに思わず声は引っ込んでしまい、いざ抵抗の声を上げようにも、ククールはどうしても起きる気配がなかった。ただすうすうと、寝息と鼓動が耳に聞こえる。酒臭いでかい図体に抱きしめられ、ベッドの中。どうすべきか考えあぐねて結局、エイトはでかい子供にじゃれつかれた気持ちでその現状を受け入れる気になった。

(あつい…)

 酒臭いのは多分、もうじき慣れる。暑いのは多分、ムリかもしれないけど。少し離れられないか・と思っても、エイトを抱きしめるククールの腕の力は眠っているというのに、それでいて強い。

(あつい、けど。でも…)

 人の温度を感じるのは、とても。とても心地いい・と、感じる。
 だからエイトはその腕から逃れられないことをいいことに、そっと頭をすりよせて、まぶたをとじた。とじたまぶたの暗闇に、ひろがるのは抱きしめられる感覚と、静かな寝息、そして鼓動。その空間を切り取って、エイトも静かに眠りへと意識を沈めていった。






2006/10/28     ナミコ