「大丈夫かい?」
 エイトは努めて優しくふるまった。ククールはそれを少し顰めた眉と細めた目でエイトを見つめることで不服だという胸の内をチラリとみせる。つきとばされた彼を思うにはいささか理由がバカらしすぎていた。まさか牛に追いかけられ、挙句の果てに突き飛ばされるなんて。現にその後ろでゼシカは声を殺して笑い、ヤンガスとトロデ王にいたっては隠すことなく高らかな笑い声をあげている。大事はない。腐っても魔物とやりあう冒険者だ。たかが家畜につきとばされたぐらいで重傷を負っていたらたまらない。しかしそれだけでは腑に落ちないひっかかりがククールにはあった。
「ホラ、ホイミかけてやるよ」
 まるで子供のように頬を膨らませて拗ねるククールに苦笑して、エイトはその手を彼に向けた。エイトそのもののようなやわらかであたたかな光がククールを包み、傷を癒していく。
「そんな顔するくらいなら、倒しちまえばよかったんデガスよ」
 けらけらとヤンガスは笑った。「バーカ」
「家畜は魔物じゃねえんだよ」
 それは彼が修道士であったがゆえのことかどうかはわからなかったけれど、燃える赤に身を包みつつも冷たい容貌をしていたククールには意外である言葉に少なからずエイトは目を見開き、数回の瞬きをすることでそのおどろきをやんわりと消化させた。意外と優しい。頭によぎった言葉を見透かすようにククールはエイトに向かって微笑んだ。
「惚れるだろ?」
 蒼い目が珍しく真摯にエイトを捉える。いつもふざけたように洩らす囁きはこんなときばかりは言わないくせに。エイトの口から彼の望む言葉が出るのを待ち構えているのだ、きっと。
「…惚れないよ」
 受け流すように苦笑したエイトに彼は肩をすくめて苦笑し返した。
「残念」
「そういう言葉はゼシカに言ってやれよ」
 チラと話を振った彼女に目をやればくすくす笑いはピタリと止まり、気丈な顔は怪訝そうにエイトとククールとを行き来し、「冗談じゃないわ」とそっぽを向いた。ゼシカにとってそれは好ましくない話題だった。仲間としてならともかくとしても異性としてなんかもってのほかすぎる。あんな、女とくれば誰にでも愛を囁くことができる男の甘い虚言は戯言なのだから。
「クックックッ、百戦錬磨のオレにもゼシカは難攻不落の城壁だな」
 ククールは楽しそうに笑った。